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―第一幕 月影の黒き流れ星― 堅苦しいのは、本当は苦手だった。 きれいなドレスを着たり、御茶会に参加したり……舞踏会で殿方と踊ったり。 そういうことは嫌いではなかったけど、礼儀とか、作法とかに縛られた中じゃ、本当の意味で楽しいなんて、とてもではないが感じられなかった。 貴族の娘として生まれた以上、それに従うのは仕方のないことだと思っているけれど…… 最近になって、そんな立場にも本当にお別れしたくなっていた。 逃げ出してしまいたい……けれど、外のことを何も知らない自分ひとりだけでは、きっと何もできやしない。 ……誰か、攫って逃げてくれるような人はいないかな……? その夜は、そんな事を流れ星に祈っていた。 窓の向こうには、明るい満月がくっきりとその姿を見せている。 無数の星達をお供に空で輝くその姿はまるで宝石のようで……いつも、時折見上げてはその輝きに見とれていた。 「……なんだかさわがしいな。 何かあったのかしら」 シャッとカーテンを引いて窓から目を離すと、廊下……いや、廊下も含めた屋敷中から、何か慌しく騒いでいるような声や足音が聞こえてきた。 普段ならば、この時間はとても静かで、こんなふうに大きく物音が聞こえてくるなんていう事はないというのに…… 「お嬢様、失礼いたします」 そうして部屋の外の喧騒に耳を傾けていると、扉の向こうから一人の男性の声。 それは、いつも耳にしている子の家の執事さんの一人のもの。 一声かけて入るように促すと、ガチャリと言う音と共に、考えていたとおりの姿の初老の男性がそこに立っていた。 「何かあったの?」 そう問いかけると、執事さんはいつものようにかしこまった姿勢で口を開いた。 「はい、現在屋敷内を不審者が徘徊している模様です」 「……どろぼうさん?」 「今のところ、物品が荒らされた形跡は在りませんので断定は出来ませんが……警備が総出で警戒にあたっておりますゆえ、お嬢様もご注意下さい」 「……わかりました。 では、もうカギをかけておきますので、下がってください」 「はい。 それでは私は警備に戻りますので、お休みなさいませ」 それだけ言ってもう一度頭を下げると、そのまま扉を閉めて行ってしまう執事さん。 そういえば、あの人は元ブレイブマスターの支援士さんで、現役の時代はそれなりに名を馳せていたというのを聞いた事がある。 ……じゃあ、現役で武器を持っている警備の人達の立場は? なんて思うこともあるけれど、このお屋敷も広いから、それなりの人数は必要なのかもしれない。 「……どろぼうさんじゃないのかな?」 家の物に手をつけた様子は無いと言っていたけど、貴族の屋敷に入り込むような理由は他には考えづらい。 ……もしかしたら、なんて思い当たるコトはあるけれど、それは物語の中で繰り広げられる空想のようなもので、そんな期待、持っていても仕方ない。 今日はもう、大人しく眠るコトにしよう……そう思って、ベッドに足を進めようとした…… 「――お嬢さん、寝る前に少し話せないか?」 ……その時、声が聞こえた。 お屋敷の中でも、数少ない外でも耳にした事のない、男の人の声。 きょろきょろと部屋中を見回してみても、その声の主の姿は無い……そう思った時だった。 クローゼットが静かに開いて、中にあった私のドレスをかきわけるようにして現れる、黒い服の男性―― 彼は、その脇に少し不気味な黒い羽をした妖精を従えていた。 「……もしかして、あなたがどろぼうさん?」 ふと、以前一度だけ聞いた事のある、フェアリーティアというジョブを思い出した。 それは妖精を従えたクレセントかセイクリッドの人がなれるもので……目の前にいるこの人は黒い服をしているし、きっとクレセントの支援士さんだと思う。 「なかなか気丈なお嬢さんだな。 普通は叫ぶなりするだろうに」 ははは、と口に出しそうな笑顔で、男の人はそう付け足していた。 そうか、執事さんが言っていた不審者っていうのがこの人だったら、警備の人達が捜しているのも、この人なんだ。 「叫ばれたら困るのはあたし達でしょーが。 言いたい事は分かるけど」 横に浮いている妖精さんが、呆れたような顔をしてこっちをじっと見ながらそう口にしている。 ……そう言われても、なんだかタイミングのようなものをはずしてしまった気がして、今更わざわざ大きな声を上げるような気分にはなれなかった。 なにより、そんなに悪いことしそうな人には見えないし…… 「……私とお話したいって……それが、この屋敷に入った理由なんですか?」 それよりもなによりも、なんとなく目の前のこの人に興味が出てきていた。 自分だって、本当なら早く逃げ出さないといけない立場なのに、わざわざお話しようなんて、変わった人だな~、と思ってしまったから。 「ま、そんなとこだな。 別に泥棒しにきたわけじゃないから安心しろ」 「不法侵入してる時点で軽く犯罪だけどね」 「……そうですか……ですが、私の事で話せるようなものは何もありません。 ずっとお屋敷の中で、ただ過ぎていく時を想い、日々を過ごしているだけなのですから……」 望めるのなら、外の世界へ出てしまいたい。 過ぎ行く日々には不自由こそないけれど、胸を躍らせるような物語もないのだから…… 「貴族というのは、なに不自由のない贅沢な暮らしをしているんだろう? そんな話を聞きたいと言うのは、庶民には許されないのか?」 「……それは……そんなことは、ありませんが……」 私のような退屈な日々を送る人の話なんて、聞いても面白い事などないというのに。 支援士の方々の、聞くも勇ましい冒険譚には、どんなに脚色しても敵う筈がないのに…… 「……でしたら、あなたのお話も聞かせてください。 私は町の外へ出た事のない身、支援士の方ならば、他の町や色々な場所を見てきているでしょう」 そう考えていると、自然とそんな言葉が口からこもれ出ていた。 「だってさ? そんなに時間とれるわけもないんだけど、どうする気?」 妖精さんが、なんだか面倒そうな表情を見せながら男の人によう呼びかけていた。 確かに、今は警備の人達もこの部屋の近くから離れているけど……いつ戻ってくるともわからないから…… 「……いざともなれば、私の客人と説明させていただきます」 「結婚間近の御令嬢が、こんな時間に男呼ぶって思われる方が危ない気がするけどな」 「え? ……あっ、はい……言われてみれば、そうかもしれませんね……」 男性とそういった意味で付き会うことは無かったけれど、男女の仲について、そこまで無知と言うことは無い。 こんな時間に、女性の部屋に押しいる男性が、良い目で見られる事は絶対にありえないだろう。 ましてや、婚約の決まっている女性になど…… 「……お待ちください、なぜ私が婚約しているとご存知なのですか?」 疑問は浮かぶ。 この場で、結婚や婚約などと言う話は一度もしていない。 それなのに、この人は結婚”間近”の女、と確かに口にしていた。 「ああ、セレスタイトとレヴァーディアの婚約は結構有名な噂だ。 お嬢さんの17歳の誕生日に、レヴァーディアの一人息子と結婚するって、もう3年くらい前から町で流れてるぜ」 「知らぬは本人ばかりなりってね。 ま、アンタ見るからに箱入りだし、仕方ないわよねー」 少し小馬鹿にするように笑う妖精さん。 ……さすがにムッとしてしまうけれど、それは確かに仕方のないことだった。 実際、この屋敷から出た事そのものが、数える程しかないのだから。 「……私だって、外へ出られるものなら出てみたいのに……」 思わず、敬語も忘れて口に出していた。 今まで生きてきた中で、リエステールから出た事なんて一度も無くて、ダンジョンやフィールドどころか、他の町ですらも夢の世界。 ……お父様やお母様に言っても『必要ない』『危ない』とだけで、認めてくれはしない。 「ふーん。 ま、そういうことなら話してもいい。 これでも5年は支援士をやってるんでね、お嬢様を楽しませるくらいの武勇伝はあるつもりだ」 「……あーもう、最初の目的はどうなったのよ……」 少し楽しそうに微笑んでくれる男の人と、疲れたような表情でその頭の上にふらふらと落ちる妖精さん。 「ご安心下さい、お約束通りわたしの事もお話しますから」 つまらない話一つで、見る事も叶わない世界の話が聞けるのだから…… そのくらいは、別にいいかもしれない……そう思っていた。 ―それから、半月ほど時間が過ぎていった。 あの後、男の人は自分の名はルディ・レビオといい、連れている妖精さんはベル・リリスという名前である事から語り始め、その二人の出会いから、少しづつ旅の道程を語ってくれていた。 ……驚いたのは、ベルは妖精さんではなくて、人からは悪魔と呼ばれる種族であったということ。 シュヴァルの森の奥で宝石に大昔から封印されていた者で、偶然ルディが解放してしまってからついて歩いている。 今の姿は、長年の封印で単に弱っているだけで、本当はもっと体つきとかも大人の女性のもので、身体のサイズも人間並みだったという話だけど、今の姿からはかわいい妖精の少女、という感想以外は出せなかった。 ……本人はそこまで気にしていなかった様子だけど、訂正をしてきたと言う事は少しは気にしているのかもしれない。 「よっ、また来たぜ」 「……はー、まったく物好きなんだから……」 あれから二人は、毎日のように顔を出してくれ、最初の日に教えた避難用の隠し通路からこの部屋へと入ってきてくれる。 ベルはいつも不機嫌そうだけど、それでも来てくれているのが嬉しかった。 あの時の騒ぎは、結局何も盗まれなかったし、なんの被害もなかったから、見張りの誰かが見間違いをしたのでは無いか、とまで言われてしまう始末。 本当のことを知っているのは自分達だけで…… 今日も私の部屋に訪れては、時間の許す間に少しづつ語ってくれる冒険譚。 時に、見ず知らずの支援士さんの噂も織り交ぜてくれて、心の中に広がる世界は、どんどん広がっていくように感じていた。 ……なんで、こうまでして会いに来てくれるのかはまだ教えてくれないけれど…… 最近になって、私は一つの決心をしていた。 「何を言い出すのかと思えば……」 「……信頼してくれるのは有り難いが、こんな夜中に結婚を前にした女性の部屋に押しいるような男に、身を預けるつもりか?」 外の事を何も知らず、いくら憧れようとも一人で出てしまっては何も出来ない…… それなら、と、思いきって考えていた事をルディに打ち明けていた。 「お金ならいくらでも払います、私、外の世界をこの目で見てみたいんです!」 ……もちろん、最初は話を聞いているだけで満足だった。 けれど、日が経つにつれてたくさんの話を耳にして……この大陸には、いろんなものがあるんだと知って、外への憧れは、どんどん強くなっていくのがわかった。 「結婚はいいのか? 親の立場も潰す事になるし、なにより心配もかける」 「……この結婚は、お父様が勝手に決めた事で私は望んでいません。 お父様達だって、私の言葉を聞こうともせずに、強引に進めたのです!!」 ……思っていたよりも、この心は追いつめられていたのかもしれない。 外の世界への強い憧れと、見も知らぬ人との結婚への恐れ…… 今まで必死に隠していたけれど、目の前に、それを叶えてくれるかもしれない人がいる。 もう止められないほどに、強くなった想いがある。 「夜になるたびに月に祈り、星が流れれば願いをかけた……この退屈な日々を、変えてくださいと」 「………」 それだけをただ必死に口にすると、二人には黙り込まれてしまった。 ただ、呆れられたとか、一笑に伏されたとかではなくて、真剣な表情で考えてくれているのはわかる。 「……だめでしょうか…?」 「……家を捨てて、それでも行きたいとでも?」 「はい!」 迷いは……あったかもしれないけれど、もう決めていた。 今行かなければ、一生後悔する事になるだろうと、分かっていたから。 もう、家の事なんて考えるつもりも無かったから。 「…………」 ……答えを待つ時間が、ひどく長く感じられた。 目の前の彼は、どう思っているのだろう。 ついていくことを、認めてくれるのかな……? 「……どうなっても、知らないからな」 [[<<開幕>開幕:ありふれた小さな悲愴]]     [[第二幕>第二幕:夜の街、悪魔戯れて]]
―第一幕 月影の黒き流れ星― 堅苦しいのは、本当は苦手だった。 きれいなドレスを着たり、御茶会に参加したり……舞踏会で殿方と踊ったり。 そういうことは嫌いではなかったけど、礼儀とか、作法とかに縛られた中じゃ、本当の意味で楽しいなんて、とてもではないが感じられなかった。 貴族の娘として生まれた以上、それに従うのは仕方のないことだと思っているけれど…… 最近になって、そんな立場にも本当にお別れしたくなっていた。 逃げ出してしまいたい……けれど、外のことを何も知らない自分ひとりだけでは、きっと何もできやしない。 ……誰か、攫って逃げてくれるような人はいないかな……? その夜は、そんな事を流れ星に祈っていた。 窓の向こうには、明るい満月がくっきりとその姿を見せている。 無数の星達をお供に空で輝くその姿はまるで宝石のようで……いつも、時折見上げてはその輝きに見とれていた。 「……なんだかさわがしいな。 何かあったのかしら」 シャッとカーテンを引いて窓から目を離すと、廊下……いや、廊下も含めた屋敷中から、何か慌しく騒いでいるような声や足音が聞こえてきた。 普段ならば、この時間はとても静かで、こんなふうに大きく物音が聞こえてくるなんていう事はないというのに…… 「お嬢様、失礼いたします」 そうして部屋の外の喧騒に耳を傾けていると、扉の向こうから一人の男性の声。 それは、いつも耳にしている子の家の執事さんの一人のもの。 一声かけて入るように促すと、ガチャリと言う音と共に、考えていたとおりの姿の初老の男性がそこに立っていた。 「何かあったの?」 そう問いかけると、執事さんはいつものようにかしこまった姿勢で口を開いた。 「はい、現在屋敷内を不審者が徘徊している模様です」 「……どろぼうさん?」 「今のところ、物品が荒らされた形跡は在りませんので断定は出来ませんが……警備が総出で警戒にあたっておりますゆえ、お嬢様もご注意下さい」 「……わかりました。 では、もうカギをかけておきますので、下がってください」 「はい。 それでは私は警備に戻りますので、お休みなさいませ」 それだけ言ってもう一度頭を下げると、そのまま扉を閉めて行ってしまう執事さん。 そういえば、あの人は元ブレイブマスターの支援士さんで、現役の時代はそれなりに名を馳せていたというのを聞いた事がある。 ……じゃあ、現役で武器を持っている警備の人達の立場は? なんて思うこともあるけれど、このお屋敷も広いから、それなりの人数は必要なのかもしれない。 「……どろぼうさんじゃないのかな?」 家の物に手をつけた様子は無いと言っていたけど、貴族の屋敷に入り込むような理由は他には考えづらい。 ……もしかしたら、なんて思い当たるコトはあるけれど、それは物語の中で繰り広げられる空想のようなもので、そんな期待、持っていても仕方ない。 今日はもう、大人しく眠るコトにしよう……そう思って、ベッドに足を進めようとした…… 「――お嬢さん、寝る前に少し話せないか?」 ……その時、声が聞こえた。 お屋敷の中でも、数少ない外でも耳にした事のない、男の人の声。 きょろきょろと部屋中を見回してみても、その声の主の姿は無い……そう思った時だった。 クローゼットが静かに開いて、中にあった私のドレスをかきわけるようにして現れる、黒い服の男性―― 彼は、その脇に少し不気味な黒い羽をした妖精を従えていた。 「……もしかして、あなたがどろぼうさん?」 ふと、以前一度だけ聞いた事のある、フェアリーティアというジョブを思い出した。 それは妖精を従えたクレセントかセイクリッドの人がなれるもので……目の前にいるこの人は黒い服をしているし、きっとクレセントの支援士さんだと思う。 「なかなか気丈なお嬢さんだな。 普通は叫ぶなりするだろうに」 ははは、と口に出しそうな笑顔で、男の人はそう付け足していた。 そうか、執事さんが言っていた不審者っていうのがこの人だったら、警備の人達が捜しているのも、この人なんだ。 「叫ばれたら困るのはあたし達でしょーが。 言いたい事は分かるけど」 横に浮いている妖精さんが、呆れたような顔をしてこっちをじっと見ながらそう口にしている。 ……そう言われても、なんだかタイミングのようなものをはずしてしまった気がして、今更わざわざ大きな声を上げるような気分にはなれなかった。 なにより、そんなに悪いことしそうな人には見えないし…… 「……私とお話したいって……それが、この屋敷に入った理由なんですか?」 それよりもなによりも、なんとなく目の前のこの人に興味が出てきていた。 自分だって、本当なら早く逃げ出さないといけない立場なのに、わざわざお話しようなんて、変わった人だな~、と思ってしまったから。 「ま、そんなとこだな。 別に泥棒しにきたわけじゃないから安心しろ」 「不法侵入してる時点で軽く犯罪だけどね」 「……そうですか……ですが、私の事で話せるようなものは何もありません。 ずっとお屋敷の中で、ただ過ぎていく時を想い、日々を過ごしているだけなのですから……」 望めるのなら、外の世界へ出てしまいたい。 過ぎ行く日々には不自由こそないけれど、胸を躍らせるような物語もないのだから…… 「貴族というのは、なに不自由のない贅沢な暮らしをしているんだろう? そんな話を聞きたいと言うのは、庶民には許されないのか?」 「……それは……そんなことは、ありませんが……」 私のような退屈な日々を送る人の話なんて、聞いても面白い事などないというのに。 支援士の方々の、聞くも勇ましい冒険譚には、どんなに脚色しても敵う筈がないのに…… 「……でしたら、あなたのお話も聞かせてください。 私は町の外へ出た事のない身、支援士の方ならば、他の町や色々な場所を見てきているでしょう」 そう考えていると、自然とそんな言葉が口からこもれ出ていた。 「だってさ? そんなに時間とれるわけもないんだけど、どうする気?」 妖精さんが、なんだか面倒そうな表情を見せながら男の人によう呼びかけていた。 確かに、今は警備の人達もこの部屋の近くから離れているけど……いつ戻ってくるともわからないから…… 「……いざともなれば、私の客人と説明させていただきます」 「結婚間近の御令嬢が、こんな時間に男呼ぶって思われる方が危ない気がするけどな」 「え? ……あっ、はい……言われてみれば、そうかもしれませんね……」 男性とそういった意味で付き会うことは無かったけれど、男女の仲について、そこまで無知と言うことは無い。 こんな時間に、女性の部屋に押しいる男性が、良い目で見られる事は絶対にありえないだろう。 ましてや、婚約の決まっている女性になど…… 「……お待ちください、なぜ私が婚約しているとご存知なのですか?」 疑問は浮かぶ。 この場で、結婚や婚約などと言う話は一度もしていない。 それなのに、この人は結婚”間近”の女、と確かに口にしていた。 「ああ、セレスタイトとレヴァーディアの婚約は結構有名な噂だ。 お嬢さんの17歳の誕生日に、レヴァーディアの一人息子と結婚するって、もう3年くらい前から町で流れてるぜ」 「知らぬは本人ばかりなりってね。 ま、アンタ見るからに箱入りだし、仕方ないわよねー」 少し小馬鹿にするように笑う妖精さん。 ……さすがにムッとしてしまうけれど、それは確かに仕方のないことだった。 実際、この屋敷から出た事そのものが、数える程しかないのだから。 「……私だって、外へ出られるものなら出てみたいのに……」 思わず、敬語も忘れて口に出していた。 今まで生きてきた中で、リエステールから出た事なんて一度も無くて、ダンジョンやフィールドどころか、他の町ですらも夢の世界。 ……お父様やお母様に言っても『必要ない』『危ない』とだけで、認めてくれはしない。 「ふーん。 ま、そういうことなら話してもいい。 これでも5年は支援士をやってるんでね、お嬢様を楽しませるくらいの武勇伝はあるつもりだ」 「……あーもう、最初の目的はどうなったのよ……」 少し楽しそうに微笑んでくれる男の人と、疲れたような表情でその頭の上にふらふらと落ちる妖精さん。 「ご安心下さい、お約束通りわたしの事もお話しますから」 つまらない話一つで、見る事も叶わない世界の話が聞けるのだから…… そのくらいは、別にいいかもしれない……そう思っていた。 ―それから、半月ほど時間が過ぎていった。 あの後、男の人は自分の名はルディ・レビオといい、連れている妖精さんはベル・リリスという名前である事から語り始め、その二人の出会いから、少しづつ旅の道程を語ってくれていた。 ……驚いたのは、ベルは妖精さんではなくて、人からは悪魔と呼ばれる種族であったということ。 シュヴァルの森の奥で宝石に大昔から封印されていた者で、偶然ルディが解放してしまってからついて歩いている。 今の姿は、長年の封印で単に弱っているだけで、本当はもっと体つきとかも大人の女性のもので、身体のサイズも人間並みだったという話だけど、今の姿からはかわいい妖精の少女、という感想以外は出せなかった。 ……本人はそこまで気にしていなかった様子だけど、訂正をしてきたと言う事は少しは気にしているのかもしれない。 「よっ、また来たぜ」 「……はー、まったく物好きなんだから……」 あれから二人は、毎日のように顔を出してくれ、最初の日に教えた避難用の隠し通路からこの部屋へと入ってきてくれる。 ベルはいつも不機嫌そうだけど、それでも来てくれているのが嬉しかった。 あの時の騒ぎは、結局何も盗まれなかったし、なんの被害もなかったから、見張りの誰かが見間違いをしたのでは無いか、とまで言われてしまう始末。 本当のことを知っているのは自分達だけで…… 今日も私の部屋に訪れては、時間の許す間に少しづつ語ってくれる冒険譚。 時に、見ず知らずの支援士さんの噂も織り交ぜてくれて、心の中に広がる世界は、どんどん広がっていくように感じていた。 ……なんで、こうまでして会いに来てくれるのかはまだ教えてくれないけれど…… 最近になって、私は一つの決心をしていた。 「何を言い出すのかと思えば……」 「……信頼してくれるのは有り難いが、こんな夜中に結婚を前にした女性の部屋に押しいるような男に、身を預けるつもりか?」 外の事を何も知らず、いくら憧れようとも一人で出てしまっては何も出来ない…… それなら、と、思いきって考えていた事をルディに打ち明けていた。 「お金ならいくらでも払います、私、外の世界をこの目で見てみたいんです!」 ……もちろん、最初は話を聞いているだけで満足だった。 けれど、日が経つにつれてたくさんの話を耳にして……この大陸には、いろんなものがあるんだと知って、外への憧れは、どんどん強くなっていくのがわかった。 「結婚はいいのか? 親の立場も潰す事になるし、なにより心配もかける」 「……この結婚は、お父様が勝手に決めた事で私は望んでいません。 お父様達だって、私の言葉を聞こうともせずに、強引に進めたのです!!」 ……思っていたよりも、この心は追いつめられていたのかもしれない。 外の世界への強い憧れと、見も知らぬ人との結婚への恐れ…… 今まで必死に隠していたけれど、目の前に、それを叶えてくれるかもしれない人がいる。 もう止められないほどに、強くなった想いがある。 「夜になるたびに月に祈り、星が流れれば願いをかけた……この退屈な日々を、変えてくださいと」 「………」 それだけをただ必死に口にすると、二人には黙り込まれてしまった。 ただ、呆れられたとか、一笑に伏されたとかではなくて、真剣な表情で考えてくれているのはわかる。 「……だめでしょうか…?」 「……家を捨てて、それでも行きたいとでも?」 「はい!」 迷いは……あったかもしれないけれど、もう決めていた。 今行かなければ、一生後悔する事になるだろうと、分かっていたから。 もう、家の事なんて考えるつもりも無かったから。 「…………」 ……答えを待つ時間が、ひどく長く感じられた。 目の前の彼は、どう思っているのだろう。 ついていくことを、認めてくれるのかな……? 「……どうなっても、知らないからな」 [[<<開幕>開幕:ありふれた小さな悲愴]]     [[第二幕>>>第二幕:夜の街、悪魔戯れて]]

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