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「白いつばさの旅日記・３」(2011/10/13 (木) 19:53:18) の最新版変更点
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<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 鈍色に光る剣尖が、鼻先を掠める。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 一度おおきく後ろへ跳んで息をつくと、再び対峙している敵を見据えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
その頭部は山羊のように長く伸び、後頭部から湾曲した太い角が伸びている。赤褐色の肌</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">に包まれた上半身はごつごつとした筋肉が盛り上がり、腰からは鞭のようにしなる尾。２</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ｍ以上はありそうな筋肉隆々の体躯から繋がっている腕には一振りの武骨な大剣が握られ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ており、そこから繰り出される一撃は掠っただけでも致命傷を負ってしまいそうな迫力が</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
禍々しいその姿を表現する言葉は悪魔以外にはなさそうなそいつは、牙の覗く口から熱い</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">息を零し、ギラギラと赤い目をたぎらせている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ゴァアアアアッ！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
身の毛もよだつような咆哮をあげて悪魔が突進してきた。大剣を大きく振り上げながら突</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">進してくる様は、それだけでも相手の戦意を挫くには十分な迫力に溢れている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> そこへ俺も両手にそれぞれ剣を握り、同じように相手へ向けて駈け出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
身構えず、剣は手にぶら下げたままだ。そんな無防備にも見える態勢のまま突進してくる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺に、悪魔は先ほどと同じくらいの音量で吠えながら、振り上げた大剣を一線させた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
当たれば即死。そんな攻撃を直視しながら、俺は正面からまともに受けるのではなく、大</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">きく真横にステップした。急激な動きに全身が軋むのを感じながらも、悪魔の振った大剣</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">が俺の真横を通り過ぎる。その大剣の面の部分を握っていた剣の柄頭で思い切り殴りつけ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ると、金属と金属がぶつかり合う不協和音と共に、悪魔が大きくバランスをくずした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> その首元へ、剣が吸い込まれるように突き立てられる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だが、首元への一撃は悪魔の頑丈な筋繊維や骨によって阻まれ、刃は首の半分も達せずに</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">止まった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
悪魔が態勢を整え直して反撃してくる前に、押し倒した態勢のまま刃を入れる角度を変え、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">足も使って力ずくで首に刃を埋めていく。ゴリゴリと骨を削るような音と共にどんどんと</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
剣は沈んでいき、悪魔が絶叫を迸らせようとした時には既にその頭と胴体は分離していた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しばらくは痙攣するように震えていた胴体を一瞥し、俺は大量の返り血をあびた顔を拭い</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ながら、同じく血塗れた二振りの剣の血を布で拭って鞘へと収め、後ろを振り返った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さて……ちょっと潜ればお宝だったんじゃなかったのか？ティラさんよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そう皮肉を向けられたティラは返す言葉が思いつかないのか、微妙な苦笑いをしながら視</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">線を逸らした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あそこには行きたくないと冒険者に評判の無限迷宮に潜り始めて、もう数時間は経つだろ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うか。度重なる戦闘やトラップの発見・解除などにも時間を使ったのでどれくらい進んだ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">のかは分からないが、もうかなりの距離を進んだのではないだろうかと思う。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
にも関わらず、成果といえば当初の予想通り、延々と悪魔達と戦い、トラップを解除する</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけで、宝のたの字もない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
早く帰りたい。というのが正直なところの感想だが、ここまでくると何も手に入れれない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">のも癪だった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「くそっ、本当にこのままだと損しかしねぇぞ……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
一人でぶつぶつというライトだが、彼の仲間である少女は狭い通路での戦闘が苦手どころ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">か、下手に手を出したら彼の邪魔にしかならないので、もう黙ってついて行くしかない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">というか、潜り始めて最初の戦闘で手を出してあやうく彼を殺しかけたので、以降は彼が</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言うまで手を出すなと厳命されてしまった肩身の狭い身だった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『止まってください』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
通路を慎重に進んでいると突然、彼女が手に持つ杖ティタノマキアが声を上げた。その声</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">にティラはもちろん、彼も歩みを止めて彼女のもつ杖を注視する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……トラップか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
『はい。―――解析完了。危険度A・種類は毒霧。特定範囲内に足を踏み入れたら発動し、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">通路に毒を充満させるタイプのトラップです。解呪を開始します。……解呪完了。指定魔</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">術の無力化に成功しました』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ティタノマキアが言い終わると同時に先の通路が一瞬ブレるように緑色に発光すると、立</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">て続けにガラスを踏むような甲高い破砕音とともに緑の光も消え去った。設置されていた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">魔法がなくなった、ということだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやぁ、助かるぜマキア。さすがに俺でも魔法のトラップは苦手でな」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
物理的なトラップなら得意分野なのだが、専門じゃない魔法タイプのトラップはどうして</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">も発見・解除が難しくなってしまう。この無限迷宮は物理的なトラップばかりじゃなく、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">魔法によるトラップも嫌というほど仕掛けられているので、恐らく俺が一人で入ったら死</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
にはしなくてもとっくの昔に逃げ帰っていただろう。マキアがいてくれて本当によかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それに比べて……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ちらり、と本来は魔法が専門であるはずの少女を白い目で見ると、少女はこれ以上ないく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
らいに顔を逸らした。いざとなったら結構頼りになる……とはお世辞にも言いづらいが、そ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">れでもそれなりに実力を持つはずの彼女も、今のところはただのマキアの運び人だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
本人も自覚していたのだろう、申し訳なさそうに俯いていたティラが、突然なにかに気づ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いたように顔を上げた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ライト」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……お前も気づいたか」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
今来た道を振り返る。先ほどの戦いの血のにおいに引かれてきたのか、大勢の多種多様な</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">悪魔達が、至る所にある通路からこちらに向かって集まってきていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さすがにこの数はやばそうだな……。よし、逃げるぞ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そう言い踵を返して奥へと走ろうとした俺の腕を少女が掴む。振り返ると少女は顔を強張</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">らせたまま首を横に振った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちがう…、この先に、なにかいる！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なに？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 少女が気づいたものは、やがて音としてライトにも感じられるようになった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ズルズルとなにかを引きずるような不気味な音が通路の四方から聞こえてくる。そしてそ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">れはこちらに近づいてくるように徐々に大きくなっていった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 後方から迫る悪魔の大軍のことも忘れ、二人は固唾を呑んで前方を注視する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 通路の曲がり角から、そいつが姿を現した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「き―――むぐぅッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 悲鳴を上げようとしたティラの口を咄嗟に塞ぐ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「む―――ッ！むぐーーーッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……マジかよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
目を白黒させて手の中でもがくティラのことも気づかずに、ライトは嫌そうに顔をゆがめ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">て呟いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
赤黒い、様々な生物の肉片を混ぜ合わせたようなグロテスクな姿の巨大な芋虫のようなも</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
のが、体を引きずるようにしてこちらに向かってくる。「むーーー！！」ふくれた体は通路</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">を塞ぐようにうめつくしていて、その皮膚からは、ネトネト油ぎった液体が流れ落ち、そ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
れが通路の壁や床にべったりと汚していった。「む…むぐ……」体を不気味に波打たせ、正</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">面についた、目と思われる七つの濁った水晶体を光らせながら迫ってくる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『ライト。マスターの顔色がおかしなことになっています』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ティタノマキアの言葉で、はっと我に返って手の中を見ると、赤色を通り越して真っ青に</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なってぐったりしているティラの姿があった。おっと、と手を離すと、ぜいぜいと荒い呼</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">吸を繰り返して、ティラは涙目のまま俺を睨みつけてきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そんなことをしている間にも、芋虫の化け物は体表から分泌された粘液を壁にこすりつけ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ながら、通路を塞ぐほどの巨体でこちらに向かって進んでくる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 前は巨大な芋虫の化け物。後ろは悪魔の大軍。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
さてどうする。と一瞬なやむと、そこへ悪魔が俺達を狙ったと思われる魔法の光が、体の</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">横を掠めてそのさらに奥、巨大な芋虫に命中した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
芋虫の体は魔法の光を受けて所々の肉が焼けただれるも、大したダメージを受けた様子は</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ない。一瞬動きを止めた芋虫はぶるる、と一度身震いすると、真っ赤な大顎を開き、不快</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">な鳴き声で吠えながら、悪魔の一団に襲いかかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> その途中にいる、ライト達を無視して。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ティラ、壁に張りつけ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
自分達が怪物の眼中にないことはうすうす分かったが、だからといって安心はできなかっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">た。自分達は怪物の進路のど真ん中にいるのだ。このままでは轢き殺されかねない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
一か八か、言いながら通路の壁に背を預けるライトに習い、ティラも慌ててべたりと壁に</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">身を預ける。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
不気味な芋虫の巨体が猛然と目の前まで迫っていた。「絶対に声を出すなよ」と怯えた視線</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">を送ってくるティラにアイコンタクトで伝えてじっと待つ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> そして、ライトたちは壁と芋虫の間に挟まれるようなかたちで芋虫と接触した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
化け物の皮膚から染み出ているどろどろとした粘液が全身を舐めていく感覚に鳥肌が立つ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
怪物の皮膚越しに、怪物の中からゴクゴクというスープを飲みこむような不気味な音が聞</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そして気持ち悪い肉と粘液の感触にしばらく耐えると、ようやく肉の壁が目の前を通過し</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">た。迷宮内の濁った空気ですら、いまの二人にはとてつもなくありがたく感じる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
肉の壁の向こう側から聞こえる悪魔たちの悲鳴をバックに、芋虫でベトベトになった気持</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ち悪い感触を我慢しながら、芋虫に勘づかれないように忍び足でその場から逃げだした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うえぇ、ベトベトー……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
芋虫の粘液でドロドロになったブラウスをつまみながら、ティラが気持ち悪そうに情けな</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">い声を漏らす。遠くからは、まだ悪魔達の悲鳴や絶叫が聞こえてくる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
帰ったあとのクリーニング代のことを考えると頭が痛いが、何よりまともに服も洗えない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この状況下で、この粘液にまみれた不快な状態が当分のあいだ続くことを考えると、げん</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なりとした気分になってきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……これは帰ったら馬車馬決定だな。ティラ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うぇえー…そんなぁー……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「自業自得だろ。っと……？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ピタリ、とライトの動きが止まる。それに釣られて動きを止めたティラが「？」と首を傾</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">げたが、それに「静かに」というジェスチャーのみを返すと、今度は壁に手を置き、耳を</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">押しつけるようにして壁に顔をつけた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…これは……、マキア、トラップの気配はあるか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『いいえ、魔法によるトラップは感知できません』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ふむ、と頷くと、壁から一歩ほど離れて剣を抜く。「ライト……？」と所在なさげに立つテ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ィラをちらりと一瞥してから一応周囲を警戒するように言うと、剣の柄頭を思い切り壁に</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">叩きつけた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ……！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> ティラが驚きの声をあげる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
剣を打ちつけられた壁は金属質な音を返すと、どんな仕掛けなのか壁の一部が切り取られ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たように音もなく消滅した。その先には、いままでの回廊とは全く異なる雰囲気を持つ通</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">路が続いている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「敵の気配はなし。見たところトラップもなしっと……。よし、いくぞ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
返事も待たずに通路にライトは足を踏み入れる。少し進んでからティラが来るのを待って</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いると、少女が通路に入った瞬間、通路の入り口となっていた壁が突然音もなく閉じた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
壁が閉じたことで周囲が闇に閉ざされるのではないかと懸念したが、杞憂だったようだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うす暗くはあるが、通路にはいままで歩いてきた迷宮の明かりとは異なる蒼い光で満たさ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">れていて、視界は十分に確保できた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
蒼い薄明かりに照らされながら改めて見ると、通路は一本道で左右に伸びているらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もしかしたら、この場所以外にもここへと繋がっている入り口があるのかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…ふつう、返事を聞いてから入るものだと思うんですが」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あってないようなものだろ。さっさと進むぞ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
口を尖らせて非難の視線を浴びせるティラを軽くあしらい、とりあえず直感に従って左側</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">の通路へ足を伸ばそうとした時、おや、と思った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 通路全体に、埃が積もっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
それは始終怪物や悪魔が闊歩する迷宮ではまず見ることのないような光景だった。まるで</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長年放置されていたような有り様だ。よくよく考えてみると、無限迷宮でこんなにまっす</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぐで整えられた通路は見たことがない。さらにトラップもなく魔物の気配、いやそれ以前</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">にダンジョンで感じるはずの様々な事象がここでは欠落している。まるで、迷宮とは別の</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">意図で作られたような……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…これはもしかすると……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…ライト、進まないの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ん？ああ、悪い」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> ティラに促され、埃の積もった通路に足跡を残しながら歩き出す。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> もしかすると、これは当たりか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 鈍色に光る剣尖が、鼻先を掠める。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 一度おおきく後ろへ跳んで息をつくと、再び対峙している敵を見据えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
その頭部は山羊のように長く伸び、後頭部から湾曲した太い角が伸びている。赤褐色の肌</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">に包まれた上半身はごつごつとした筋肉が盛り上がり、腰からは鞭のようにしなる尾。２</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ｍ以上はありそうな筋肉隆々の体躯から繋がっている腕には一振りの武骨な大剣が握られ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ており、そこから繰り出される一撃は掠っただけでも致命傷を負ってしまいそうな迫力が</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
禍々しいその姿を表現する言葉は悪魔以外にはなさそうなそいつは、牙の覗く口から熱い</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">息を零し、ギラギラと赤い目をたぎらせている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ゴァアアアアッ！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
身の毛もよだつような咆哮をあげて悪魔が突進してきた。大剣を大きく振り上げながら突</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">進してくる様は、それだけでも相手の戦意を挫くには十分な迫力に溢れている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> そこへ俺も両手にそれぞれ剣を握り、同じように相手へ向けて駈け出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
身構えず、剣は手にぶら下げたままだ。そんな無防備にも見える態勢のまま突進してくる</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺に、悪魔は先ほどと同じくらいの音量で吠えながら、振り上げた大剣を一線させた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
当たれば即死。そんな攻撃を直視しながら、俺は正面からまともに受けるのではなく、大</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">きく真横にステップした。急激な動きに全身が軋むのを感じながらも、悪魔の振った大剣</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">が俺の真横を通り過ぎる。その大剣の面の部分を握っていた剣の柄頭で思い切り殴りつけ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ると、金属と金属がぶつかり合う不協和音と共に、悪魔が大きくバランスをくずした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> その首元へ、剣が吸い込まれるように突き立てられる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だが、首元への一撃は悪魔の頑丈な筋繊維や骨によって阻まれ、刃は首の半分も達せずに</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">止まった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
悪魔が態勢を整え直して反撃してくる前に、押し倒した態勢のまま刃を入れる角度を変え、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">足も使って力ずくで首に刃を埋めていく。ゴリゴリと骨を削るような音と共にどんどんと</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
剣は沈んでいき、悪魔が絶叫を迸らせようとした時には既にその頭と胴体は分離していた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しばらくは痙攣するように震えていた胴体を一瞥し、俺は大量の返り血をあびた顔を拭い</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ながら、同じく血塗れた二振りの剣の血を布で拭って鞘へと収め、後ろを振り返った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さて……ちょっと潜ればお宝だったんじゃなかったのか？ティラさんよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そう皮肉を向けられたティラは返す言葉が思いつかないのか、微妙な苦笑いをしながら視</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">線を逸らした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あそこには行きたくないと冒険者に評判の無限迷宮に潜り始めて、もう数時間は経つだろ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うか。度重なる戦闘やトラップの発見・解除などにも時間を使ったのでどれくらい進んだ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">のかは分からないが、もうかなりの距離を進んだのではないだろうかと思う。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
にも関わらず、成果といえば当初の予想通り、延々と悪魔達と戦い、トラップを解除する</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけで、宝のたの字もない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
早く帰りたい。というのが正直なところの感想だが、ここまでくると何も手に入れれない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">のも癪だった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「くそっ、本当にこのままだと損しかしねぇぞ……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
一人でぶつぶつというライトだが、彼の仲間である少女は狭い通路での戦闘が苦手どころ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">か、下手に手を出したら彼の邪魔にしかならないので、もう黙ってついて行くしかない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
というか、潜り始めて最初の戦闘で手を出してあやうく彼を殺しかけたので、以降は彼が</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言うまで手を出すなと厳命されてしまった肩身の狭い身だった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『止まってください』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
通路を慎重に進んでいると突然、彼女が手に持つ杖ティタノマキアが声を上げた。その声</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">にティラはもちろん、彼も歩みを止めて彼女のもつ杖を注視する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……トラップか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
『はい。―――解析完了。危険度A・種類は毒霧。特定範囲内に足を踏み入れたら発動し、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">通路に毒を充満させるタイプのトラップです。解呪を開始します。……解呪完了。指定魔</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">術の無力化に成功しました』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ティタノマキアが言い終わると同時に先の通路が一瞬ブレるように緑色に発光すると、立</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">て続けにガラスを踏むような甲高い破砕音とともに緑の光も消え去った。設置されていた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">魔法がなくなった、ということだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやぁ、助かるぜマキア。さすがに俺でも魔法のトラップは苦手でな」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
物理的なトラップなら得意分野なのだが、専門じゃない魔法タイプのトラップはどうして</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">も発見・解除が難しくなってしまう。この無限迷宮は物理的なトラップばかりじゃなく、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">魔法によるトラップも嫌というほど仕掛けられているので、恐らく俺が一人で入ったら死</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
にはしなくてもとっくの昔に逃げ帰っていただろう。マキアがいてくれて本当によかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それに比べて……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ちらり、と本来は魔法が専門であるはずの少女を白い目で見ると、少女はこれ以上ないく</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
らいに顔を逸らした。いざとなったら結構頼りになる……とはお世辞にも言いづらいが、そ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">れでもそれなりに実力を持つはずの彼女も、今のところはただのマキアの運び人だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
本人も自覚していたのだろう、申し訳なさそうに俯いていたティラが、突然なにかに気づ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いたように顔を上げた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ライト」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……お前も気づいたか」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
今来た道を振り返る。先ほどの戦いの血のにおいに引かれてきたのか、大勢の多種多様な</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">悪魔達が、至る所にある通路からこちらに向かって集まってきていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さすがにこの数はやばそうだな……。よし、逃げるぞ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そう言い踵を返して奥へと走ろうとした俺の腕を少女が掴む。振り返ると少女は顔を強張</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">らせたまま首を横に振った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちがう…、この先に、なにかいる！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なに？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 少女が気づいたものは、やがて音としてライトにも感じられるようになった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ズルズルとなにかを引きずるような不気味な音が通路の四方から聞こえてくる。そしてそ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">れはこちらに近づいてくるように徐々に大きくなっていった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 後方から迫る悪魔の大軍のことも忘れ、二人は固唾を呑んで前方を注視する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 通路の曲がり角から、そいつが姿を現した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「き―――むぐぅッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 悲鳴を上げようとしたティラの口を咄嗟に塞ぐ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「む―――ッ！むぐーーーッ！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……マジかよ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
目を白黒させて手の中でもがくティラのことも気づかずに、ライトは嫌そうに顔をゆがめ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">て呟いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
赤黒い、様々な生物の肉片を混ぜ合わせたようなグロテスクな姿の巨大な芋虫のようなも</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
のが、体を引きずるようにしてこちらに向かってくる。「むーーー！！」ふくれた体は通路</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">を塞ぐようにうめつくしていて、その皮膚からは、ネトネト油ぎった液体が流れ落ち、そ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
れが通路の壁や床にべったりと汚していった。「む…むぐ……」体を不気味に波打たせ、正</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">面についた、目と思われる七つの濁った水晶体を光らせながら迫ってくる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『ライト。マスターの顔色がおかしなことになっています』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ティタノマキアの言葉で、はっと我に返って手の中を見ると、赤色を通り越して真っ青に</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なってぐったりしているティラの姿があった。おっと、と手を離すと、ぜいぜいと荒い呼</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">吸を繰り返して、ティラは涙目のまま俺を睨みつけてきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そんなことをしている間にも、芋虫の化け物は体表から分泌された粘液を壁にこすりつけ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ながら、通路を塞ぐほどの巨体でこちらに向かって進んでくる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 前は巨大な芋虫の化け物。後ろは悪魔の大軍。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
さてどうする。と一瞬なやむと、そこへ悪魔が俺達を狙ったと思われる魔法の光が、体の</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">横を掠めてそのさらに奥、巨大な芋虫に命中した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
芋虫の体は魔法の光を受けて所々の肉が焼けただれるも、大したダメージを受けた様子は</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ない。一瞬動きを止めた芋虫はぶるる、と一度身震いすると、真っ赤な大顎を開き、不快</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">な鳴き声で吠えながら、悪魔の一団に襲いかかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> その途中にいる、ライト達を無視して。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ティラ、壁に張りつけ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
自分達が怪物の眼中にないことはうすうす分かったが、だからといって安心はできなかっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">た。自分達は怪物の進路のど真ん中にいるのだ。このままでは轢き殺されかねない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
一か八か、言いながら通路の壁に背を預けるライトに習い、ティラも慌ててべたりと壁に</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">身を預ける。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
不気味な芋虫の巨体が猛然と目の前まで迫っていた。「絶対に声を出すなよ」と怯えた視線</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">を送ってくるティラにアイコンタクトで伝えてじっと待つ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> そして、ライトたちは壁と芋虫の間に挟まれるようなかたちで芋虫と接触した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
化け物の皮膚から染み出ているどろどろとした粘液が全身を舐めていく感覚に鳥肌が立つ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
怪物の皮膚越しに、怪物の中からゴクゴクというスープを飲みこむような不気味な音が聞</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そして気持ち悪い肉と粘液の感触にしばらく耐えると、ようやく肉の壁が目の前を通過し</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">た。迷宮内の濁った空気ですら、いまの二人にはとてつもなくありがたく感じる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
肉の壁の向こう側から聞こえる悪魔たちの悲鳴をバックに、芋虫でベトベトになった気持</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ち悪い感触を我慢しながら、芋虫に勘づかれないように忍び足でその場から逃げだした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うえぇ、ベトベトー……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
芋虫の粘液でドロドロになったブラウスをつまみながら、ティラが気持ち悪そうに情けな</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">い声を漏らす。遠くからは、まだ悪魔達の悲鳴や絶叫が聞こえてくる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
帰ったあとのクリーニング代のことを考えると頭が痛いが、何よりまともに服も洗えない</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この状況下で、この粘液にまみれた不快な状態が当分のあいだ続くことを考えると、げん</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なりとした気分になってきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……これは帰ったら馬車馬決定だな。ティラ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うぇえー…そんなぁー……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「自業自得だろ。っと……？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ピタリ、とライトの動きが止まる。それに釣られて動きを止めたティラが「？」と首を傾</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">げたが、それに「静かに」というジェスチャーのみを返すと、今度は壁に手を置き、耳を</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">押しつけるようにして壁に顔をつけた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…これは……、マキア、トラップの気配はあるか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『いいえ、魔法によるトラップは感知できません』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ふむ、と頷くと、壁から一歩ほど離れて剣を抜く。「ライト……？」と所在なさげに立つテ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ィラをちらりと一瞥してから一応周囲を警戒するように言うと、剣の柄頭を思い切り壁に</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">叩きつけた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ……！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> ティラが驚きの声をあげる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
剣を打ちつけられた壁は金属質な音を返すと、どんな仕掛けなのか壁の一部が切り取られ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たように音もなく消滅した。その先には、いままでの回廊とは全く異なる雰囲気を持つ通</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">路が続いている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「敵の気配はなし。見たところトラップもなしっと……。よし、いくぞ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
返事も待たずに通路にライトは足を踏み入れる。少し進んでからティラが来るのを待って</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いると、少女が通路に入った瞬間、通路の入り口となっていた壁が突然音もなく閉じた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
壁が閉じたことで周囲が闇に閉ざされるのではないかと懸念したが、杞憂だったようだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うす暗くはあるが、通路にはいままで歩いてきた迷宮の明かりとは異なる蒼い光で満たさ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">れていて、視界は十分に確保できた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
蒼い薄明かりに照らされながら改めて見ると、通路は一本道で左右に伸びているらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もしかしたら、この場所以外にもここへと繋がっている入り口があるのかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…ふつう、返事を聞いてから入るものだと思うんですが」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あってないようなものだろ。さっさと進むぞ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
口を尖らせて非難の視線を浴びせるティラを軽くあしらい、とりあえず直感に従って左側</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">の通路へ足を伸ばそうとした時、おや、と思った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> 通路全体に、埃が積もっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
それは始終怪物や悪魔が闊歩する迷宮ではまず見ることのないような光景だった。まるで</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長年放置されていたような有り様だ。よくよく考えてみると、無限迷宮でこんなにまっす</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぐで整えられた通路は見たことがない。さらにトラップもなく魔物の気配、いやそれ以前</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">にダンジョンで感じるはずの様々な事象がここでは欠落している。まるで、迷宮とは別の</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">意図で作られたような……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…これはもしかすると……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…ライト、進まないの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ん？ああ、悪い」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> ティラに促され、埃の積もった通路に足跡を残しながら歩き出す。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> もしかすると、これは当たりか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
