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<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「痛てぇ……まさか本気で殴りかかってくるとは思わなかった」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そりゃあどう考えてもおめぇが悪いだろライト」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　さっきよりもぼろぼろになったライトが、体のいたるところにできた痣を擦りながらぶ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ちぶちと愚痴をこぼすと、酒場のマスターは呆れた顔を向けてきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　その向かって右の席では、いまだ怒りの冷めやまぬといった様子のティラが不機嫌そう</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">な表情でジュースを飲んでいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　一方でライトを挟んだ反対の席では、オッドアイをキラキラと輝かせた少女が一心不乱</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">に注文したサンドイッチを頬張っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いや、でもマキアはないだろ。こいつ下手したらそこらへんのメイスよりも攻撃力ある</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">んだぜ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　マキアの尖端は全て金属で出来ており、しかも凹凸がやたらと多い攻撃的なデザインを</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">している。一応は魔術師の杖だが、たぶん騎士が使う撲殺用のメイスだと言われても誰も</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">疑問を持たないだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『私のパーツの中には、デリケートで破損しやすいパーツも多いので、できればああいっ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">た使用は控えて欲しいのですが』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　あんな使い方は不本意です。とティタノマキアが不服そうに呟くと、それを聞いていた</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ティラがキッ！とこちらを睨みつけてきた。相変わらずの見事なジト目だが、いつもより</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">も数段目つきが鋭くなっている様な気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふんだ！ライトが悪い！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　べっとこっちに向かって舌を出すと、再びそっぽを向いてしまう。いつもならここでぶ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ん殴っているところだが、いま下手なことをしたら今度は本当に目の前の鈍器で殴り殺さ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">れかねない。いや、もしかしたら魔法で消し飛ばされるかも。と内心すこし怖くて手が出</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">せないライトだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おう、そういやぁライト。おめぇに依頼が来てたぞ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うん？指名されるなんて珍しいな。どんなのだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「これだ。と言ってもおめぇだけじゃなくてティラの嬢ちゃんにも同じ依頼が来てるけどな」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「私にも？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　きょとんとティラが目を丸くする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　特定個人を指名してまで出される依頼なので、報酬は高額だが同時にかなりの難易度を</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誇ることが多い。断ることも可能だが、断ればいい評判の倍以上の速さで悪評が広まって</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しまう理不尽仕様だ。まさにハイリスク・ハイリターンと言っていい場合がほとんどだが、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな理由から余程のことがない限りは大人しく受けるのが常識だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　中にはパーティー会場の護衛なんていう貴族の見栄のためだけに呼び出されることもあ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">るが、そんな依頼は少ないし、なにより貴族の耳にも入るような有名な支援士たちしか呼</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ばれない。名も無き平凡な支援士にはまるで縁のない話だった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『マスターが教会以外から指名されるのは初めてですね。明日は雨でしょうか』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　意外と辛辣なティタノマキアのコメントに「ま、マキちゃん？それはどういった意味合</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
いで言ったの……？」と困惑の色を隠しきれないティラを尻目に、依頼の内容に目を通す。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　どうやらここより西方、モレク鉱山を超えたさらに先、大陸の西側に広がるオース海に</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">寄り添い、半ば浸食されている天然の洞窟、オース海岩礁洞窟というダンジョンで、洞窟</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">の深部に生息しているはずのゼルド・バオアクードという危険な魔物が、ダンジョンの浅</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">い場所で目撃されたという報告があったので自警団の中で編成された調査隊と連携して確</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">認してきてほしい。というものだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まぁ別に俺は構わないけど、なんでわざわざ俺なんだ？魔物の討伐を専門にしてる奴な</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">んて他にいるだろ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　むしろ無名の俺よりも遥かに有名な連中がいるんだから、魔物の討伐なら普通はそっち</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">に頼むと思うんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さあな。依頼主がぜひにってんでおめぇらを指名したらしいんだが、大方この前の無限</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">迷宮の探索の件が伝わったんじゃないか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えぇー、俺はマスターにしか話してないぞ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　しかもかなり端折って。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ここにいた誰かが聞いてたんじゃないか？だれそれがどこのダンジョンに行った。てい</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うのは意外とすぐ広まるもんだ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
　そんなもんかねぇ、とカウンターに肘をつく。まぁ金がないので受けない手はないのだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　まぁいいや。と深く考えるのをやめて、ライトは降って湧いたチャンスを前に頷いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おお！！依頼を受けた者たちか！！それでは一応確認のために君たちには名を名乗って</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もらおうか！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ライト・エバーデン」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ティラ・ミルリスです」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うむ！わたしは今回の調査で隊長を務めるゴーズ・ブライアンだ！よろしく頼む！！こ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">っちのジョンには副隊長として動いてもらうぞ！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　図体も大きければ声もやたら大きいオヤジに肩を抱かれた短髪の痩せた男が、軽く会釈</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">をする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……ジョン・ステイツ。よろしく」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　ボソボソと聞き取りずらい挨拶をして後ろに下がると、他の自警団たちもそれぞれ軽く</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自己紹介をした。それらが一通り終えるとまたゴーズがデカイ声を張り上げる。俺ですら</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その声を聞いていると耳が痛くなってくるのだ。人一倍音に敏感なティラには堪ったもの</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ではないだろう。実際、ゴーズがしゃべるたびに辛そうな顔をしているのには思わず同情</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">してしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　ちなみに一緒に連れている小さな少女については、物珍しさからかたまにチラチラと盗</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">み見る人間はいたがとくに言及されなかった。それでいいのか自警団。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うむ！！それでは己々の自己紹介も終わったところで、そろそろ行こうではないか！！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">調査隊、出発！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　ゴーズのデカイ声とともに、調査隊はリエステールの外壁の大門をくぐって出発する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">暑苦しいうえにうるさくて鬱陶しいおっさんを見てそっと溜息を吐きながら、前途多難と</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いう言葉が一瞬頭をよぎってげんなりした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　―――数日後、依頼を受けなければよかった。とライトはひどく後悔していた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　このゴーズ・ブライアンという男は自分の自慢話が好きなようで、旅の道中では頼んで</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もいないのに、いかに自分がいままで武勲を立てて街を守ってきたかという武勇伝を延々</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と聞かされる羽目になった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　しばらくは辛抱していたティラも、無駄にデカイ声に堪りかねて隊列の後ろに行ってし</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まった。気軽にそういうことができないゴーズの周りにいる調査隊員と、逃げようとして</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なぜか捕まってしまった俺は、まだダンジョンにも行っていないのにぐったりと辟易して</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　こんな目に合うなら街で悪評が流れた方が百倍マシだ。と半ば本気でそう思ったくらい</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だ。これでは肉体よりもさきに精神的に参ってしまう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　地獄の責め苦のような行進を続ける途中で、モレク鉱山の麓にある町モレクに立ち寄っ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">て物資を供給しながら移動すること数日。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　精神的に疲労困憊とした調査隊が、終わらないゴーズの武勇伝にうんざりしながらオー</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ス海岩礁洞窟へとたどり着いたのは、予定よりもずっと遅れた日も暮れようとしていた頃</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だった。間違いなく原因はおっさんにあるだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　ダンジョンの調査が終わったら帰りも同じ目に合うことは目に見えているが、いまは考</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">えないようにしたほうが精神衛生上よろしいだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　「よし！！それでは調査開始だ！！」とおっさんのウルサイ号令と共に岩礁洞窟に潜り</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">始めて少し経った頃、洞窟の通路が二股に分かれている場所にたどり着き、調査隊は足を</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">止めた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さて、どうするんだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　洞窟の濡れた壁に寄りかかりながら、俺はゴーズのおっさんではなくジョンに指示を求</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">めた。正直な話、この調査隊の指揮はおっさんではなくジョンがすべて執っているような</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ものだ。というか洞窟に入ってから数回戦闘があったが、おっさんはほとんど役に立って</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いない。何のために来たんだか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　ジョンは少し考えたあと答える。ボソボソと聞きとりずらい声も、ここ数日の旅で大分</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">慣れた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「隊を二手に分けるのはどうでしょうか。ライト殿はわたし達と一緒に右へ、魔術師であ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">るティラ殿はゴーズ隊長と共に目標が目撃されたという左側へ。……そこの小さな女の子</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">は、念のために我々と一緒にということでいかがですか」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　ジョンがぐるりと調査隊の面々を見回し、答えを待つ。俺は特に考えることもなく頷い</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺は別にそれでいいぜ。そもそも雇われの身だからな、よっぽどのことがなきゃ雇い主</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">に逆らう理由もない」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　俺に釣られるように、ティラもこくこくと頷く。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えーと、私もそれでいいですよ。お役に立てるか分かりませんが……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　少女はそれほど関心がないらしく、洞窟の天井を物珍しそうに眺めていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　それぞれの反応を見てジョンは頷く。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「では、そういうことで。ゴーズ隊長もそれでいいですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「む？……う、うむ……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　ジョンに聞かれたゴーズは妙に歯切れの悪い返事を返した。なんだよ、言いたいことが</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あるならはっきり言えよ。聞きたくもない武勇伝は延々と聞かせたクセに。とは、もちろ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ん口に出せば物凄く面倒なことになるので心の中で。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　ゴーズの態度に何かを察したらしいジョンは、まるで諭すように言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「実は、左の道は洞窟の奥へと繋がっている道なんです。そしてゼルド・バオアクードの</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">目撃情報も左の道から。ですから、隊長のような歴戦の戦士に遭遇する確率の高い危険な</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">道を調査してほしいんですが」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　どうでしょうか？とジョンに言われ、ゴーズは先ほどとは一変して満足げに鼻を鳴らす</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と胸を張った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……ふむ、そういうことなら仕方がない。このわたしに任せたまえ！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　こいつ、おっさんの扱いうまいな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ウム、よし。では出発！！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　調子を取り戻したゴーズの号令に従い、調査隊は二手に分かれて岩礁洞窟の奥を目指し</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">て歩き出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>