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―5―





翌日、午前四時を過ぎたかどうかという、太陽も昇っていない時間帯。
春先に差し掛かったとはいえ、まだまだ肌寒い早朝の空気の中で、少し厚着をしたアウロラはスケッチブック片手に一人の人物を待っていた。
「うー……寒いけど、目は覚めるよ……」
入れた飲み物が冷めにくい作りになっているという水筒の”魔法瓶”に入れてきたあったかい紅茶を啜りながら、そんな事を呟く。
こんな早朝に外を出歩くこと自体、今までほとんど無かったことで、あるとすれば、数年前に日の出を見に行った時くらいなものだろう。
その時は暖かい時期だったので厚着をする必要も無かったのだが……
「ソールちゃん、遅いなぁ……」
この時間にここで待っていて、と言っていた当人はいまだに顔を見せていない。
一日付き合った印象からなら、人を騙してからかうような人間には見えなかったが……
「やめたければ、やめればいい、か」
ふと、そんな彼女が言っていた言葉を思い出す。
確かに、美術家を続けているのは紛れも無く自分の意思で、やめようと思えばやめる事はできる。
そうすることで、自分の絵を楽しみにしてくれている人達の期待は裏切ることになるかもしれないけれど、そんなしがらみは時が洗い流してくれるだろう。
……それでも、”景色を見に行こう”という提案を受けて、律儀にスケッチブックと簡易ながらも絵具を持ってきている自分がいる。
結局、自分はどうしたいのか。
彼女が見せたいと言う景色を見て、何かわかればいいのだけれど……
「ねえ、あなた……アウロラさん?」
そう考えていると、聞き慣れない女性の声が耳に入ってきた。
「は、はぁ。 そうですけど……」
その声がした方へと目を向けると、そこに立っていたのはカーディアルトの僧服を見につけた一人の女性。
つまるところ、アウロラにとってはあまり快く思えない来訪者。
それでも、声をかけてきた相手に返答もしないのは失礼かと思い、とりあえず返事だけはしておくことにする。
「よかった、ソールちゃんから案内を頼まれたんだけど、ホントに日も出て無い朝っぱらから待ってる人なんかいるのかなーって思ってたのよ」
「…へ? ……えと……」
教会の人間にしては、やけにぶっちゃけた口調で話し始めるという調子に拍子抜けしてしまい、そのセリフの中にあった言葉に対する疑問を投げそこねてしまった。
―ソールちゃんが、教会の人間に道案内を頼んだって……―
「でも、まさかあのアウロラ・ピアレスティがこんなに可愛い女の子だったなんて、なんだかすっごく身近に感じるわねー」
疑問は尽きないが、とりあえずこのカーディアルトのペースは他の同職の人間より、一線を引いている、というのはよく分かった。
どんな世界にでも、型破りな人間の一人や二人はいるものらしい。
「……あの、ソールちゃんに頼まれて来たって……」
気を取り直して、一番の疑問を口にするアウロラ。
誘った以上、本人が来るのが筋というものだし、何故教会の人間を案内によこしたのかという点も腑に落ちない。
「ああ、ごめんなさい。 私はエルナ、ソールちゃんの友達よ」
「はあ、友達……」
えらく歳の離れた友達がいるんだなぁ、と素直にそんな印象を感じてしまったが、それを口にだしたらとりかえしがつかなくなるような予感を感じ、とりあえずお茶を濁すような返事でごまかしておく。
それよりも、今は教会の人間に案内を任せたというソールの意図の方が重要である。
あまり嫌そうな顔を見せるのも失礼なので、ひとまず表情を取り繕い、アウロラはそのあたりのことをエルナに尋ねることにした。
そして、その問いに対して返ってきた答えは……
「ソールちゃんの言った場所が、教会管理の場所だからよ。 外から見るならともかく、外部の人が中に入るのは教会の人間の同伴が必要だから」
「……教会管理……」
そこまで説明されると、これから連れて行かれる先はかなり絞られてくる。
確かに、教会の敷地内にはアルティアの像や、その他多くの”美術品”と呼べるようなものは多く存在している。
芸術家としてそのあたりに興味はなくもないが、ソールは確かに”景色”と言っていた。
調度品を観察しようと言うならば、景色を見に行くと言うのは無理があるだろう。
「あの子が私を選んだのも、貴方がクリエイターだからじゃないかしら? 教会には、クリエイターってだけでよく思わない人間も多くいるから」
そんなアウロラの思考も構わず、エルナは自分がここまで来た経緯を語っている。
が、その発言から、エルナが自分が嫌っているような『クリエイター否定派』の人間で無い事だけは確定できた。
でなければ、こんな物言いができるはずは無い。
「……それより、ソールちゃんはどうしたんですか? 一緒に行こうって言ってたのに……」
「あー……多分、目的地で待ってるんじゃないかしら」
「……あの、教会の人の同伴がないと行けないんですよね?」
「ええ。 ……でも、あの子には見張りの目をかいくぐるなんて造作も無い事なのよ」
「……?」
見張りの目をかいくぐる……そういった所業は、どちらかと言えば夜間の戦いを得意とするクレセントの分野だ。
日中に最大の力を発揮できる、セイクリッドとは真逆の特技。
最初から正体不明の感を拭いきれない少女ではあったが、話を聞けば聞くほど謎は深まっていく。
「とにかく、行きましょ。 早くしないと間に合わないし」
「え? ああ……そうですね」
”間に合わない”と言う事は、これから見に行こうとしているものは、目にする事のできる時間が限られているということ。
そして、それがこんな早朝の時間帯であるということから……アウロラは、細かい場所はまだわからないものの、”何を”見に行こうとしているのかはなんとなく理解できた。

ひだまりの少女が導くのは、ひだまりの世界……つまりは、そういうことだろう。

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