「デス・スピネル!!」
アルの掛け声と同時に、床から闇に包まれた『死の槍』が、凄まじいまでの衝撃波を伴いつつ召喚される。
パラディンナイトの使う『グランスピネル』によく似た技ではあるが、その規模と威力は生半可なレベルではない。
直撃をかわしたものの、発生した衝撃波に吹き飛ばされて体制を崩す一同。
「ブレイドフォース・スプレッド!!」
その一瞬の隙をつくかのように大剣を降り、最初に見せたそれよりも若干弱く見えるものの、閃光を纏った衝撃波を同時に五発撃ち出してきた。
「――水の精霊・ウンディーネよ 我に守りの盾与う可し! 防御水盾《アクア・シールド》」
身構える一同だったが、一瞬早くカネモリの呪文詠唱が完成し、味方全体を包みこむような水の防御壁が発動する。
――だが……
「ぐぁああ!!?」
一瞬衝撃波を防いだように見えたものの、直後には水壁を貫き、先頭で盾を構えていた従騎士団兵が三人、爆散する衝撃波に吹き飛ばされる。
それでも、少し威力を弱める程度の効果はあったのか、吹き飛ばされた三人はなんとか踏みとどまり、各々の武器を構えなおす。
……とは言っても、かろうじて武器を振るだけで精一杯、といった様子ではあるが。

『―太古より鳴動せしは誉高き大地―』

ふと、ここにきて遠くから呪文を唱える声が耳に飛びこんできた。
「アリス!?」
とっさに声のする方角へと目を向けると、その先にいたのはアルの主、アリス。
意識を集中しているのか、目を閉じたままの状態で高位呪文の詠唱をしている。
「まずい、止めろ!」
「―!」
ディンのその叫びに誰かが答えるその前に、ティールが真っ直ぐにアリスに向かって走り出す。

『―汝は万物を支え万物は汝に還らん―』

「甘い―」
「私は早々捕まらないよ」
その行動を確認したアルは一瞬早く正面に回りこみ大上段から振り下ろすが、ティールは半歩右へと飛び、軽々とその一撃をすり抜ける。
「―!」
「……”避ける事だけ”に集中すれば、貴方の攻撃も見切る事はできる」
―ただ、”避けた上で攻撃しようとする”なら、結果は簡単に予測できるけど―
後に付け加えようとした言葉を飲み込み、心の中だけで答えることにする。
……それを認めてしまえば、本当に反撃の余地もなくなってしまうだろう、と。
「くらえー!!」
その拳を突き出すことに、ほんの少し心が痛む。
罪も無い子を殴るというのは、彼女が最も嫌う行為だから……
―ロイヤルガード―
「―っ!!?」
「なんだ!!?」
ティールの声にならない驚きと、後方から飛んでくる露骨な驚愕。
振りかざしたティールの拳は、アリスの身体に到達する直前、見えない壁にでもぶつかったかのように止められていた。

『―其は何人も逃れ得ぬ摂理―』

予測もしない位置で止められ、一瞬戸惑うティールだったが、直後にはっと気がつきその顔をアルの方へと向けた。
「この壁、あなたの力なの!?」
「……ええ、『ロイヤルガード』という私の力、私の契約者に対する攻撃は、私がこの姿でいるかぎり全て無効化されます」
「……そんなっ……」

『―我が前に在りし者に其の時を送らん―』

「って、しまっ……」
その直後、アリスの目が見開かれ、同時に呪文の詠唱は終わりを告げていた。
……だが、発動のキーワードとなる呪文名は、また意外なところから発せられる。
「いきますよ…… ガイア・インパクト!!」
「な!!?」
その声が響いた直後、ティール以外の全員が密集していた地点の床が足元から大きく破壊され、そのまま生き埋めにするような勢いで撃ち上げられた床の欠片が降り注いでいく。
「なんであなたが唱えて……発動するの……?」
離れていたために無事だったティールは、唖然とした様子で爆砕された床を眺めている。
下の階まで貫くようにも思えた威力だったが、どうやらこのホールの床は特別厚く頑丈に作られているらしく、そこまで大きな穴には発展していないようだった。
「……あえて言葉にするなら『代理詠唱』でしょうか」
「だ、代理詠唱……?」
「ティールさん、私自身はアルカナ召喚以外の魔法はつかえないの」
聞いた事も無い言葉に疑問を隠せないティールだったが、そのすぐ後に、背後から聞きなれてきた声で答えが返ってこようとしていた。
「…でも、私とアルは『契約』で繋がっていて、アルの力は私のメンタルを還元したものだから……メンタルのつながりを強める事で、アルの魔法詠唱を”肩代わり”できるの」
「つまり、私の魔法を止めようと思うのでしたら、アリス様と私、両方の口を塞がなければいけないということです」
「――!!」
……強すぎる……
その答えを受けた瞬間、自分達に勝つ術は無い……否応無しに、それを思い知らされたように感じていた。
そもそも基本能力が自分達と差がありすぎる上に、魔法を止める手立ても無い。
そして、『代理詠唱』という能力は、その気になれば”アルとアリスが同時に別の呪文を詠唱する”ことで、二種類の高位呪文を連発できる事にも繋がる。
「……貴方の仲間方はまだ生きています。 死なない程度に撃たせていただきましたから」
「……」
後ろを振り返り、崩れた床に紛れるようにして見えるディン達に目を向けるアル。
確かに、かすかに身体が動いている様子はあるが、虫の息といったところだろう。
もはや、彼らに戦う余裕などはない。
「……できれば、貴方達の命を奪いたくありません。 投降するのなら、命は助けられるかもしれませんが……」
「くっ……」
さすがに、目の前の敵が一対一で勝てる相手では無い事くらいは分かる。
今までも攻撃を何度か当てることには成功していたが、そのそばから傷が治って行くような”自動回復能力”ももっている。
もう、なす術はないか……そう思いつつ、再びアリスの方へと目を向けた時だった。
「…ん?」


「……ふぅ……はぁ………ぅ……」


ほんの僅かに、しかし確実に、苦しげに息を乱れさせるアリスの姿が目に入った。
さらによく見れば最初より顔色も悪く、足も少し震えている。
「……なるほど、それが『JOKER』の力の代価ってわけね」
「――!」
……先ほど、アリス自身が”アルの力は私のメンタルを還元したものだから”と言っていた。
それはつまり、ジョーカーの力に覚醒したアルがなにか行動するたびに……いや、覚醒状態を続けているだけで、アリスのメンタルを膨大に消費し続ける事を示している。
それは彼女が使う魔法にも適用され……最後に放った上位魔法で、ほぼ限界に達していたのだろう。
恐らくではあるが、今は覚醒状態を維持するだけで精一杯に違いは無い。
「……そうとわかれば、降参する理由は無いよ。 さっき言ったよね、”避けることだけに集中すれば貴方の攻撃も避けられる”」
「…………」
「こっちから攻撃したら、当たらない上に隙をつかれて反撃されるけど……」
「……ティールさん、貴方はホントに、他人を見る術に長けているのですね」
ガランガラン……と音を立てて、アルの手に持っていた黒十字の大剣は床に落ち、空気に溶けて行くように消え去って行った。
同時に、その身体を覆っていた黒色の鎧も煙のように溶けていき、その下から最初に見につけていたトランプ模様のメイド服が姿を現す。
「……最初から大技を連発していたのも、私達を屈服させるため……でしょ?」
その様子を見ながら、ティールは表情を変えずに問いただすように言葉を口にする。
ただでさえ力の消耗が激しい状態なのに、はっきり言うと無駄撃ちに見える攻撃も数多くあった。
覚醒した彼女の力なら、本当に殺す気でこられていたらこれほど時間もかけずに全滅させられていただろう。
「……ティールさん……降参だよ。 ……もう、私……兵士も……だせない……から……」
とさっという音と共に、その場に倒れこみそうになったアリスの身体を、ティールが支える。
アルはその様子をみて少し微笑むと、愛しそうに二人の身体を抱きしめていた。
最終更新:2007年04月10日 09:06