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―1―




――朝。
南部の中央都市であるリエステールは、この日も晴天に恵まれていた。
それはいつもと変わらない平穏な光景で、町の人々はこの日もいつも通りの生活を始めるだろう。


「――んー…………」
ベッドから身体を起こして、いつものように両手をぐっと突き出すようにして身体を伸ばす。
壁にかかった時計を見れば時間もほぼいつも通りで、この日もそれなりに気分よく目を覚ます事が出来た。
……が、異変というものはいつどこでふりかかるか分からないもので……目を覚まして頭がはっきりとしてくるにつれて、今自分を包みこんでいる異変への認識もはっきりと意識の中に映りはじめていた。
―リスティの部屋……?―
ぱっと見回しただけでも、家具の配置も種類も自分の部屋のものと違う。
しかし、その一方で確実に身近なところで見た事のある光景。
……それらから考えても、この場所は同じ屋根の下に住む少女の部屋であることは明らかだった。
―……夜中に寝惚けて入っちゃったかな……―
リスティの性格なら、相手が間違って入ってきても、起こすに起こせずにそのまま寝かせたまま……という風に考えられる。
もしそうなら悪い事したな……などと考えつつも、過ぎた事は仕方ない、とベッドから立ち上がる。
とりあえず、自分の部屋に戻って着替えることにしよう。
そう思い、部屋のドアに向かっていったその時、ふと目を向けた先に、思わず目を疑いたくなるような光景が広がっていた。
「…………鏡……?」
その中に見慣れたいつもの姿は無く――代わりに、栗色の髪をした少女の姿が映っていた。





「――起きて! 早く起きるのじゃ!!」
言い知れぬ予感が脳裏を走り、大急ぎで廊下を駆け……途中で誰にも会わなかったことに少々の安堵を覚えながらも、現状はそれどころでは無いので、ノックする時間も省いて部屋の中に飛び込んでいく。
……そこで目に入ったものは案の定の光景で、ベッドの中ですやすやと寝息を立てて眠る、青紫色の髪をした少女の姿。
先程抱いた疑惑は、その瞬間から確信へと変わり、眠っている少女の肩をつかみ、強引に揺さぶるようにして必死に呼びかける。
「……あれ、エミィさん? おはようございます……なんだか、声おかしくないですか?」
「リスティ!! 寝惚けてないで私の顔よく見るのじゃ!!」
目は覚ましたものの、まだボーっとした気配を見せている少女に、強引にでも覚醒させようと、危機感に満ち溢れた声と表情と勢いで、さらに揺さぶりをかけていく。
先程見た光景と、いま目の前にいる少女の存在……それだけでも、現状かなりまずいことになっているというのは想像に堅くないのだろう。
「………あれ、鏡? ……それに……私の声も変な感じが……」
「……よーやく目が覚めたか。 いいからそこの鏡見て」
はぁー、と大きく溜息を突いて、部屋のクローゼットに据え置きされている鏡を指差す。
それは、自分――エミリアにとってはいつも寝起きに身だしなみを整えるために目にする馴染み深いもの。
しかし、今その中に映しこまれている姿には、大きな異変が起こっていた。
「……え?」
その中では、ベッドの中にいたリスティを起こしていたはずの自分がベッドの中にいて、たった今起こされ、まだ布団を半分被っているはずのリスティが、ベッドの前で腕を組み、少し不機嫌そうな表情を見せている。
……そう、鏡に映る二人の姿が、本来在るべき位置とは完全に逆の位置に立っていたのだ。


「えええええええええええええ!!!??」





「……エミィ、どうかしたのか?」
直後、閉じたドアの向こうからディンの声が聞こえてくる。
……流石に、最後にエミリア…もとい、リスティが出した叫び声は、周囲にわずかな危機感を与えるものだったのかもしれない。
「えっ、あっ……」
自分でも状況が飲み込みきれていないこのタイミングに声をかけられ、あせりだすリスティ。
考えるに、エミリア――つまり、『自分』が答えを返すべき状況なのだが……
「……私がでるから、落ち着いて」
いち早く復帰したリスティの姿をしたエミリアが、冷静にドアの方へと歩き出し、深呼吸をひとつしてから、がちゃりと開いた。
「あれ、リスティ? どうしたんだ」
「……いえ、なんでもないの………ないです。 ちょっとエミィさんとお話していただけなので……」
「そうか? ならいいんだが……」
「はい。 ごめんなさい、心配かけたみたいで」
「いや、いいよ。 もうすぐメシだから、はやく着替えといてくれよ」
「はい」
それだけ話をすると、ディンは何事も無かったかのようにリビングへ向かって廊下を歩いていった。
エミリアは安堵したように一息つけると、ぱたんとドアを閉じて、やや疲れたような顔で、ベッドのリスティの横に腰かけた。
「……エミィさん、すごいですね……わたしじゃ、あんなに機転ききませんよ……」
「……いや、まぁ……これはこれであせっておるのじゃが……」
あははは……と、苦し紛れに笑ってみるものの、それで状況が変わるはずも無い。
そもそも原因自体が不明であるし、こんなことがあったという前例も聞いた事が無い。
「……とにかく、これからどうするかじゃが……」
「……うぅ、なんだか自分の声が違ってたり自分に話しかけられてるみたいで、違和感だらけで変な気分です……」
「それは私も同じじゃ。 ……今日一日乗り切れるかどうかも怪しいというに……」
はぁ、と大きく溜息をついてそう答えるエミリア。
それ以前に、この異変が今日一日で済むかどうかも分かっていないのだが……
その一言は、どこかで区切りをつけるように考えないと、精神的にまいってしまうだろうという本能的回避なのかもしれない。
「……まぁ、極力外に出ないようにして部屋の中にいればなんとか……」
「今日一日? ……今日って、確か………ああ!!!」
エミリアがどうにかしてこの状況を乗り切ろうかという活路を探していると、突然リスティが思い出したかのように大声で叫ぶ。
さすがにその反応にはエミリアも思考を停止せざるを得ず、次の瞬間には何事かという表情をリスティに向けていた。
……それは、今この状況に置いてはあまりに条件が悪く……エミリアは、思わず耳を疑いたくなっていたかもしれない。
その内容とは……
「えっと……その……」
顔を赤らめて言い渋るリスティだったが、状況が状況だけに何があるのかくらいは把握しておかなければならない。
そう思ったエミリアが急かすように睨みつけると、リスティは恥ずかしそうな顔を浮かべ、呟くような小さな声でその内容を口にする。
「…………今日、ヴァイさんと……その、一緒にお出かけするって、約束を……」
「……え……? それって、あのー……で、デートというモノでは……」
「いえ、ですから一緒におでかけするだけで、デートというわけでは……」
「……世間一般的には、好き合ってる男女が二人きりで出かけるのは立派なデートじゃぞ……?」
まぁ支援士カップルが依頼で出るのは別にして……などと、デートの定義を議論している余地など無く、やや現実逃避しかけていたエミリアはとっさに現実に舞い戻り、そして自らが置かれた状況を瞬時に把握した。
そう、リスティが交わしたデートの約束ならば、『今』リスティの姿をしている自分が、それに臨まなければならないという現実を……
「どっ、ちょっ……!? で、でーとぉぉおおお!!?」
認めようとしたところで、見事に踏みとどまりそこねて逆に大きく取り乱してしまっていた。