仕事が一通り終わり、酒場へと報告に向かう。
朝一なのは癖だ。昨日の残りと新しい依頼でも更新されているだろう。
天駆(エアレイド)として、出来る事をやって来た。
そして、これからもそれは変わらないだろう。
ふと、酒場に入る時。
朝一だと言うのに、酒場にも入らず、その出入り口で人影が立っていた。
自分の獲物は幸い投げ武器だ。何か良からぬ輩でも切り返した後に距離を置いて得意のジャンプで逃げ切る自信はある。
警戒しつつ近付いたが・・・・その姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
その姿は、ブロンドの長い髪をウェーブさせた一人の少女。
獲物は杖。きっと、マージナル・・・いや。まだウィッチのレベルかも知れない。
そんな少女が自分を見て、あろうことか声を掛けてきたのだ。
「ねぇ。ちょっと宜しいかしら?」
「なにかね?」
相手は少女だ。出来る限り紳士に行こうと思った。
・・・ま、ボロい衣服に無精髭のおっさんである事は自分でも判っているから、ロマンスなど期待の欠片も無いが
「人探しをしているの」
少女の声が、朝靄に溶けて消える。
リックテール。その酒場の一角の不思議なやり取り。
何てことは無い。ただの情報収集だ。だが、不思議と自分は幻想的なこの状況に惹かれていた。
強気な目である。彼女はきっとまだまだ成長するのだろう。
そう思っていると、少女はもう一つ言葉を発した。
人の名前だ。
一瞬、ハッとなって何の話か思い返した。
そうだ。人探しだった。なら、この名前の人を探しているのだろう。
・・・再び、少女の声は朝靄に溶けた。
「いや、知らないな」
「そう」
自分の言葉に少女はさして興味が無いように声を発す。
だが、その顔は多少気落ちの色が見えてきた。
同時に、「そう簡単には行かないか・・・」という呟きも。
しかし、彼女は直ぐにその強気な目をして顔を上げ、自分に言葉を返した。
「手間をかけさせてしまったわね。これからお仕事? 頑張って」
「ああ。アンタも探し人が見つかると良いな」
にべもなく言って返した言葉に、少女は柔らかく笑み。それが少し微笑ましく思えた。
自分は一つ頷いて、手を振って酒場へと入ろうとした。
・・・ふと、自分は「どうせなら」と思い、少女へと振り返って提案をした。
「なあ。なんなら、オレも旅先で情報探ってみるか? 酒場にその情報を預けておけば良いしよ」
「そう? 助かるわ」
少女は思っても見なかったのだろう。その予想外の言葉に安堵の表情を浮かべる。
「あ~・・アンタの探し人の名前メモっとくから、もう一回教えてくれねーか? あと、情報を預ける際にアンタの名前も指名する必要があるからそっちもな」
「いいわよ」
メモを取り出すオレを待って、少女は口を開く。
「私は“リア”。リア・スティレット。探しているのは・・・そうね。私と同じ年の女の子よ。
私が覚えている特長は・・・髪が茶色かった事と、愛称が“クリス”だったわね。そして、名前が――――」
少女“リア・スティレット”はここで一回息を吸い、
自分はその特徴と彼女の名をメモする。
そして、彼女が口にした名前をシッカリとメモし、その手帳を閉じた。
その時に、自分はもう一度その名前に目を落とした。
――――クリスティ・
R・ティサイア。
朝方に一通りの聞き込みをした後で、リアはリックテールの中での聞き込みは数日間に分けようと決め、
エアレイドの青年と会話をした酒場へと戻ってきた。
彼女はC級支援士のウィッチである。将来的にはマージナルだろうか?
その彼女が酒場に入る理由。それは、やはり仕事をする為である。
(・・・焦っても成果は出ないわ。それでお金が尽きたならお話にならない)
そう考えながら歩き、酒場へと入る。
ふと、その酒場へ入る際、出入り口でマスターとすれ違った気がした。
振り返っても既に人混みだ。考え事をしていたとは言え、少々注意が散漫していたかも知れない。
案の定、カウンターに立っているのは客にお酒を出すバーテンのみであった。
「おや?」
バーテンがリアの姿に気付いて、ゆっくりと歩み寄り、カウンター越しに一つ頭を下げる。
「申し訳ありません。只今マスターは席を空けております」
「そうみたいね」
リアの言葉に、バーテンは一つ頷いて、オリジナルブレンドのカクテルを造り始める。
ここの酒場のバーテンをリアは気に入っている。
作るカクテルは、爽やかな淡い色合いで目で楽しめる。そして、味も良くサッパリとしているのだ。
それに、相手の職を考えた上でのアルコール濃度を作るので、支援士の自分も安心して飲むことが出来る。
何より、こうした待ち時間の時はタダでお酒を一杯振舞ってくれる気前の良さが好きなのだ。
「お待たせしました」
「ありがとう」
グラスに淡青色の液が入っている。
シェイクされた泡が、グラスの内側の縁にはじけて消える。
「今回はミナルから水を取り寄せてみまして・・・」
「相変わらず良い仕事ね」
口に少し含み、その味わいを楽しむ。
・・・マスターは、まだ戻ってこない。
「バーテンさん。先に依頼を見積もっておくわ。ファイルを貸して頂戴」
「畏まりました」
差し出された依頼ファイルをぱらぱらとめくり、C級以下の依頼を見る。
正直言えば、BやAの大きな依頼をやってみたい。そういった人たちはきっと色んな情報を持っているはずだ。
だけども、自分のランクが追いついて無い以上、こうした手近な依頼をこなして行くしかない。
・・・それが、少し悔しい。
依頼を探している間に、この酒場について説明しておくべきか。
ここはリックテールの一角にある。バーテンのバーである。
マスターは、そのバーテンから支援士の依頼を取引するスペースを借り、仕事をしているのだ。
その為、直接依頼の取引は出来無いが、こうしてバーテンを通して依頼を見たり、キープしたりする事が常連になると出来るようになるのだ。
「・・・は?」
依頼が売れる時間が過ぎたというのもあるだろうが、少ない依頼の中、最新のE級依頼に目が留まった。
『なくした財布を見つけてください』
詳細には、財布の中には自分の全財産があるんだとか、なくしたら大変困るという事が書かれていた。
・・・だが、その報酬は『400フィズ』なのだ。
リアは、一瞬自分の目を疑ってマッサージした後、もう一度見直した。ゼロが一つ足りてない?
だが、報酬はやはり『400フィズ』であった。
それに、マスターが確認のサインをしており、依頼として通っているのだ。
「お? 依頼を受けに来たのか?」
「ええ。そうよ」
壮年の人物がリアに声を掛け、カウンターの中へと入る。
彼がマスターである。
その彼が、リアの開いているページを見て、「ほう」と呟いた。
「この依頼は、さっき席を離れた時にね。その依頼主をバイト先に連れて行ったんだよ。
まあ、無一文じゃ依頼として通すのは難しい。かといって放り捨てるのも可哀想だったからね」
そこでマスターに言われ、リアは「そういえば、女の子が居たかしら?」と思い返した。
・・・確かに財布を落とした不幸は可哀想だ。マスターの対応も適切と言える。
だけども、リアはこの依頼に対して現実的な意見をのべる。
「でも、ダメでしょうね。こんなちっぽけな報酬じゃ誰も見向きしない。
探し物は1000フィズでもボランティアの気持ち程度だってのに、その半分以下じゃね」
「オレだってそう思うさ。だけど、これ以上は無理なんだとよ」
そのマスターの言葉に、リアはため息をついた。
・・・なんだか、激しく疲れる予感がする。そう、ただの予感だが、確かにそんな気がしたのだ。
そして、そんな考えを持つ一方で、「仕方ないわね」と一つ思う。・・・これも、何かの縁なのだ。
「わかったわ。マスター、この依頼処理してくるから、勝手に契約とか書いといて」
「お? さんざん文句言ってた割には受けるんだな」
笑いながらマスターは書類にサインをしていくが、
リアはそっぽを向いてその言葉を返した。
「べ、べつに・・・探しものなら、私の得意ジャンルじゃない。だから受けただけよ」
「確かにな! んじゃあ、早速『羽衣』の実力拝見ってトコかね」
ホラよ。と、サインされた依頼用紙を見やる。
特に問題も無く・・・まあ、ある訳が無いのだが、リアは酒場を後にした。
・・・まあ、報酬云々よりも、こういう日があっても良いだろうと思いつつ。
(考えられるのはスリか本当に落としたかの二通り。依頼にはリックテールで一度買い物を行っている以上、この街で落としたのは間違いない。
・・・ま、どっちにしても現場に残っている可能性は限りなくゼロね)
リックテールで財布を拾った場合。自警団に届けるか、ネコババするかの二通りだ。
非常に残念では有るが、後者の方が多い事も頭に入れておかなければならない。と、リアは確認をする。
とにかく、自警団であろうがネコババであろうがスリであろうが、持っているのは人・・・あるいは、確立として低いが、動物だということだ。
「テオ! ピピ!」
カッと靴音を鳴らして歩みを止め、リアは上空へと名を叫んだ。
その急な声に、道行くヒトはぎょっとリアの方を振り向いたが、彼女は気にしない。
彼女は空から降りてきた“二匹”を見ていたのである。
二匹のつがいである白き鳥が、バサッと羽ばたいて、リアの肩に止まる。
「さっきマスターと一緒に居た女の子を知ってるわね? その女の子が落とした財布よ。上から見てたならそれを思い出して。それを探すの。判ったわね?」
リアはそう二匹の白い鳥―――シロリックバルト―――の喉を人差し指で撫でながら、ポッケから取り出したフードを食べさせる。
そのリアの声に対し、二匹は“チィ”と小さく一つ鳴いて、くちばしで羽づくろいをした。
それをまるでサインのように受けてリアは頷き、
「よし、行きなさい!」
パン! と、一つ両手を叩いて鳴らす。
すると、二匹はバサッと再び羽ばたいて上空へと飛び立っていった。
――――通行人は、そんなリアの姿に見とれていた。
二匹の鳥が飛び立った後に空を見上げる少女の姿。
そして、その二匹の羽ばたいた時に残した羽がひらひらと舞う。
光が差し、輝くブロンドの髪。白い羽衣。
改めて思わせてくれる。その姿こそ、彼女が“羽衣”と呼ばれる所以であった。
シロリックバルト。
体長は3~5cmの小型の鳥で、特徴はとにかく白い体毛をして居る事だ。
リックテール側、シュバルツバルトに生息している事からこの名前がついた。
また、非常に賢く、しつけを行えばそれを覚える。
その為に、伝書鳥として利用される事も多く、
また、その順応さから貴族のペットとして飼われる事も多い。
「くそっ・・!! どうなってやがるんだ!!」
リアは、テオとピピの追う一人の男を走って追いかけていた。
案の定、スリであった。
テオとピピの示した男に声を掛けると、走って逃げ出したのである。
「氷の刃よ・・蒼刃と化して敵を討て! コールドビット!」
ガチッ!! と、男の足元で氷が張る。
走りながらの詠唱で息切れ気味だが、追いかけっこも此処までである。
「とうとう、追い詰めたわよ」
息を一つ大きく吐き、念のために術を構成する。
それで脅しつけながら、リアは男へと言葉を告げた。
「さあ! 出すもん出してとっとと失せなさい!」
だが、そのリアの言葉に対し、男はニヤリと笑い、
「ひゃっ!!」
筒状のものを口に当てたかと思えば、リアは腕にチクリと痛みが入ったことで驚きを上げた。
それに対し、男は笑いを収めない。
「くっくっ・・・!! それは痺れ薬が含まれている・・・その腕では魔法を構成できても狙えまい」
「・・・っ」
バキンッ! と、男の脚の氷が溶けて砕け、ゆっくりとリアへ近付く。
「ふふ・・美しい髪ですね。これは高く売れそうです」
「アンタっ・・・!!」
腕からの痺れが全身へと広がりつつあり、立つのもやっとな状態で、
自分の迂闊さを呪いながら、リアはギュッと目を閉じた。
「―――散空・・・」
刹那
「斬双剣!!!」
ぶわっ!! と、空破が二連。リアの真横を通り過ぎ、目の前の男が向こうの壁まで激突する姿が見えた。
直後、疾風が横を通り過ぎ、目の前の男に向かい、剣技をぶつけていた。
「これでトドメだ・・・襲破斬!!」
「ぐげべっ!!!」
ただし、剣は抜かれて居ない。鞘のままぶっ叩いた感じであった。
直後、そっと肩を触られ、ジンと痺れが広がりリアは呻く
「ぅっ・・」
「大丈夫ですか? ・・・ノーマライズ」
ほわんと。ゆっくり痺れが引いて行き、落ち着いた気持ちになった。
ブレイブマスターと、カーディアルト。
スリの男を締め上げたブレイブマスターが、リアの方へとやって来た
「スマンな。でも、なんでコイツを追っかけてたんだ?」
その男の疑問に、リアはにべもなく答える。
「・・・依頼よ。コイツが財布を盗んだらしくてね」
「へぇ・・」
ブレイブマスターがガサゴソとスリの懐を探ると、
明らかに女物の財布が出てきて、これだと確信した。
「オレ達はコッチに用があってな」
ブレイブマスターは、気絶しているスリを指してそう言って返す。
「依頼で、悪事が酷いスリを捕らえるのがあったんです。丁度重なってしまいましたね」
ほわわんと微笑むカーディアルトの少女に、リアは息を付いた。
「まあ・・これで私の依頼は達成だから、財布は貰うわね」
「ああ。気をつけてな」
リアはブレイブマスターの男から財布を受け取ると、テオとピピを連れて、酒場へと戻っていった。
・・・今日は、修行不足を改めて確認させられた。
クリスを見つける日は遠いだろう。力もつけなければ、その前に自分が倒れては元も子も無いのだ。
リアはそれを反省し、顔を上げて気合を入れなおした。
「さて、行くわよ」
テオとピピにそう告げて、再び歩き出す。
・・・・だが、奪還した財布の中身が865フィズというのを確認して、リアは物凄く脱力した事は内緒
最終更新:2007年06月07日 21:52