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―4―





――エルナの部屋。
先日に引き続きエルナとシアは、テーブルを挟んでその場所で話し合いを進めていた。
……ただ、それは以前のような気楽なものではなく、今後の事を話す少し重大な会話。
「昨日ユキが使っていたカードです。 一枚貰ってきました」
最初に話を切り出したのは、シアからだった。
透明な薄いケースの中に封入された、淡く白い輝きを発する無地のフルーカード……と、思われる物体。
しかしフルーカードは一般的に、込められた意味に応じてタロットカードのような模様が描かれているものであり、それゆえに無地ということは何の”意味”も”力”も持たないものなのである。
それが、昨日のあの時は―――
「ユキはリラを使えるといっても、本当に小さな切り傷かかすり傷を治せる程度です。 確かにアレン君の怪我は肌の表面をすりむいたのと軽い打撲だけでしたが、それでもユキの力ではその場で完治させる事は不可能でした」
「そうね、それは私も分かってるわ。 だからこそ、力が足りない分は私達が後で治そうって思ったのよね」
……そう、アレンの傷は、ユキのたった一回のリラで完治していたのだ。
その際に彼の傷口にかざしていたこのカード……名を、『祝福のひとひら(Chapel Piece)』というらしいが……
ユキのリラに呼応するかのように強く輝き、彼女の聖術の効果を目に見える勢いで増幅させていた。
「……その時使ったカードはその場で消滅。 普通、フルーカードは使ったところで消滅なんてしないわよね」
「そうですね。 ……なので、昨日のうちにユキにこのカードの事を聞いてみたんですが……」
「……なんて言ってた?」
「……これは、”カードの形をしているだけ”の聖術の効果を増幅させる触媒……聖光メンタルの塊」
「…………どういう意味?」
「あ、はい。 ユキが持ってるあのアタッシュケースには、大気中を漂っている微弱なメンタルを自動的に集める術式が組み込まれているらしくて……そうやって集めたメンタルを結晶化させて、カードの形に固定したものだそうです」
手元にある一枚をケースから取り出して、まじまじと観察するように目を向けながら説明するシア。
その言葉を口にした後に、二人は揃ってそのカードに対して感覚を研ぎ澄ませる。
そうして感じとれるものは、それなりに強力な聖光系のメンタルの波。
そしてそのメンタルは特定の宿主がいないために、手に持っている人間の聖術に自動的に反応して、結晶化されたメンタルを”上乗せ”する形でその聖術の効果を増幅するように作られている。
……後の説明は、ユキから聞いたものの受け売りである。
「……あの時ディンさん達が持っていた”エメトの欠片”を思い出しますね。 自動的に効力を増加させる触媒というのは……」
「エメトの欠片、ね。 詳しくは知らないけど、確かエメトってゴーレムの体の一部って話でしょ? ……でも、このカードはカバンで手軽に作れるんだから……便利よね」
「確かにそうかもしれませんが、一日一枚しか精製されないみたいですから、まとまった数を用意しようと思ったら、枚数と同じ日数待たなければいけないそうですけどね」
「それはそれでやっかいねぇ……  けどまぁ、アリスキュアのクラスで持ってていいものかどうかっていうと怪しいわね」
「ええまぁ……」
今一度説明するべきだろうか。
アリスキュアやセントロザリオの時代には『禁欲』の戒律が課せられ、その内の『物欲』の律に従い、必要以上の物品の所持は認められていない。
とはいえカバン等といった、本や筆記用具などを持ち運ぶ際に必要なものは容認されていて、あまり派手なものでなければ所持は認められている。
……が、さすがにそんな力を持つケースの所持は上も早々認めてはくれないだろう。
「……まぁ今回は私が上手くごまかしといたからなんとかなったけど、これからあまり持ち歩かないように注意しとかないといけないわね」
「そうですね。 必要外に部屋から出さないように、私から言っておきます……けどエルナ、よくあの場にいた全員を説得できましたね?」
あの場にいた全員――と言っても、実際に所持品について注意しなければいけないのは教会関係者で、一般人には知られたところで教会の細かい事情までは知り得ないものであるし、大した問題は無いだろう。
それでも、教会の教員やクリシュテなどそれなりに集まっていた状況であるし、一日で話が纏まるようには思えないのだが……
「え? あー……まぁ、細かい事は気にしないで♪ なんとなかったんだから」
フロリアの秘術の一つ、ブレインアウト。
その術の効果は記憶の消去で、エルナはあの場に居合わせた教員や関係者全員にカードに関する記憶をあの後すぐに消して回っていた。
あの時点ではカードの内容については自分もわからなかったので、未知数の存在を広めては後々面倒になると判断しての行動だったのだが……その行動は、正解だったのだろう。
このカードとあのケースの力は、下手に口外すれば混乱を招きかねない。
ユキがそれを使いこなせるだろうレベルまで成長した後ならば、どうとでもなるのかもしれないのだが。
「……そうですね、無粋な質問でした」
「あはは……だいじょぶ、気にしてないから」
エルナは、自分の事について深く追求はしないシアの態度を有り難く思っていた。
恐らく、ではあるけれども、シアは自分がフロリアの子孫……いや、関係者程度には感づいているように思える。
そして、感づいているからこそ追求はしないのだろう。
”知って”しまえば、二人とも不幸な目に合いかねないというのを分かっているだろうから。
「さて、そろそろ授業の時間ですね」
「あー、もうそんな時間か……今日は任せて休んでいいかしらー?」
壁にかかった時計を見ながら、二人はその時刻に対してそれぞれの反応を見せる。
こうなった後に続く展開も大体決まりきっていて、エルナもシアも、それを承知したようにもう一度口を開いた。
「仕方ありませんね、今日は代わってあげますので、今度お茶に誘ってください」
「おっけーおっけー。 インスタントでよければいくらでも誘ってあげるわよー」









「ゆーきちゃーん、おはよー」


――強盗との騒動から一夜が過ぎ、次の日の朝。
いつものように元気に手を振るリコに、自分もまたいつものように微笑んで応える。教会の教室では、何事も無かったかのようにいつも通りの風景が広がっていた。
……昨日ユキが使用したカードについては、あの場に関係者が数多くいたにもかかわらず、教会側からは何も言ってはこなかった。
少なくともあのカードに込められた能力は、聖術についてまだ未熟であるアリスキュア――それも教会入りして一年にも満たない者が持つには過ぎたものではあるのだが……
エルナとシアが、うまくごまかしてくれたのだろうか?
ユキは、まだ自分が幼い事は理解しているし、チャペルデックと名付けられたケースはまだ自分が持つには早いものだというのも理解している。
それでも、あの場でアレンの傷を今の自分の力で治すためには必要なものだったし、大切な人達からの贈り物だから、手放したくはない。
「ん? どったの?」
それだけ考えたところで、リコが自分の顔を覗きこんでいるのに気がついた。
何でもない、と言うように首をふり、もう一度笑顔を見せる。
……とはいえ、あの場にはシアもエルナもケルトいたので、ユキがやらなくてもなんの問題は無かっただろう。
それでも、あの場は自分の力でやらなければ、きっと悔いになる……なんとなくそう感じて、ただ必死にカードを引き出していた。
「それにしてもゆきちゃんってすごいねー。 まだ習ってないのにリラ使えるなんて」
教会入りした時点ですでに使えるようになっていたという事実は、当然の如くクラスメイト達にも知らされていない。
それも昨日の一件で知られることにはなったけれど、それが理由で何か関係性が変わるわけでもなく、皆素直に”すごい”と言う程度の反応を見せるだけだった。
「なんかズルしてるんじゃねーのか? 大体、口もきけないくせに魔法なんて使えないだろ」
「……アレン、助けてもらっといてなによその言い方は!!」
これもまあ、いつも通りの展開である。
度が過ぎてくると見るに耐えなくなるが、この段階ではまだ笑って眺めている事が出来るし、実際、この段階で終わる事の方が多いのだ。
昨日のようにユキ自身が止めに入る段階になる事は、3回か4回に1回程度の事である。
「うっさいな、俺が助けてくれなんて頼んだかよ」
「何よ、あのまま殺されたかったって言うの!? 人に心配させといてからに!!」
……なんだかんだと言って、こうしてケンカしてる間はリコとアレンは仲がいいと言えるのかもしれない。
確かに本心まで読み取る事は出来ないけれど、ユキはそれだけは分かる気がしていた。
「はー……あんた教会にいる意味ないんじゃない? ビショップもジャッジメントも向いてなさそーだし、クリシュテになってもリラなんて使ってる姿想像できないもん」
「ああそうさ、俺は最初から教会のジョブになる気なんかねーよ。 親父に行けって言われただけなんだからな」
そんな口ゲンカもどこかで一区切りついたのか――まだ続いている気配はするものの、互いの言葉から攻撃性が少し削げ落ちてきているように感じられる。
そういえば、アレンの両親は未だ現役の支援士で、あまり自宅に留まることは無いと本人がどこかで言っていた記憶がある。
そう考えると、彼がここにいる理由は容易に想像できる。要するに、普段の世話が出来ない親が預ただけなのだろう。
そして……ユキの所属するギルドのメンバーの一人――ヴァイも孤児院から教会の生徒になったが、ある年に教会を出てブレイザーとして支援士になったという。
それと同じく、彼もいつか教会を出て、一人の支援士として外の世界を冒険するのかもしれない。
「そーゆーおまえはどうなんだよ。 カーディアルトか?」
「おしい、私はジャッジメントかな。 でもエルナ先生みたいに攻撃型のカーディアルトってのも楽しいかも」
「なんだよそれ、俺のこと暴力的っつってるけど、お前もそうなんじゃないのか?」
「んー? だって、カーディアルトならゆきちゃんがいるんだもん。 どうせなら、友達同士で色々やってみたいじゃない?」
友達同士でジョブもおそろい、と考える子もたくさんいると思うけど。
なんとなくユキの脳裏にそんな一言がよぎったが、リコのその一言もまた一つの考え方。
それに、リコは根っから正義感の強い性格であるし、カーディアルトよりも”断罪者(ジャッジメント)”の方が向いているというのはなんとなく察している。
「じゃあ、そーいうアンタはなにになりたいの? ベルセルクとか似合いそうだけど、大人しいゆきちゃんに護られてるようじゃマージナルかネクロマンサじゃないの?」
あははは、と楽しそうに笑いながらそう口にするリコ。
話の中に上げられたユキは、何か横槍を入れる事もできずに、どこか引きつったような笑みを浮かべるしかなかった。
「ぐっ…… だったら、逆に護ってやるくらい強くなってやる! 誰にも負けない最強の支援士にな!!」
「あはは、ゆきちゃん聞いた? あなたの事護ってやるってさ。 このいじわる君が」
「なっ……そーじゃねぇだろ!!? そのくらい強くなって見返してやるって……」
「告白ーこくはくー爆弾発言ー♪」
「だーまーれー!!!」
いつもとは少し違った様相で、また教室中を駆けまわるように騒ぎ始める二人。
……ケンカして騒ぐよりも、こうして友達同士でじゃれ合うような大騒ぎの方が、見ていても気分がいい。

―Chapel Deck―
”祝福されし誓い”の名が込められたこのケース。
これを受け取った時自分は、そんな祝福(Chapel)の持ち主として、精一杯の幸せと、最高の友達(Deck)を作ろうと思った。
ギルドのみんなが、それを意図して名付けたのかは分からないけれど……ただ、そう誓ったのだ。
―これから、もっと楽しくなるだろうな―
授業が始まる鐘がなっても走り回る二人を眺めながら、ユキは確信めいた予感と共に、そう思っていた。