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第六幕     夢と現の狭間で





「はぁ……」
一人の支援士として外の世界を回るようになってから、もう半月はすぎた。
こうして今まで暮らしてきた世界を出てみれば、今まで自分はどれだけ平和で護られた場所にいたのかがよく分かる。
そして、夢にまで見ていた外の世界が、どれだけ危険で大変なところであるのかも。
……だからといって、後悔はしていない。
ただ家の中で日々をすごすより、ちょっと大変でも冒険する事は楽しいから。
…………でも――
「――ひゃあん!!?」
突然、頭と首筋のあたりにものすごく冷たい何かが貼り付いたような感覚がして、思わず声を上げてしまう。
「べ、ベル! いきなりなにするんですか!!?」
ざばっと小波を作る勢いで、桶に張った湯に使っているベルに怒鳴り込む。
――なんで彼女が犯人だと分かったのか?
単に、今お風呂やさんには私とベル……ついでに言うなら、男湯にはルディしかいないからだ。
「別にー、なんかぐだぐだと考えてたみたいだし、クールダウンさせよーかなって」
「……物理的に冷ますのは違うでしょう、もう……」
ちゃぽん、と一度頭まで水面の下まで潜らせて、十数秒程度してから浮上する。
さっき張り付いてきた冷たい何かの正体はベルの氷魔法。お風呂場の湯気を身体の表面で凍らせたらしい。
「ホームシックかしら? まだ半月しかたってないのに」
「……そんなこと…」
ない、とは言いきれない。
いろいろ不満も抱えていた場所だけれど、産まれてからずっと過ごして来た世界だし……
いざはなれてみると、自分がどれだけあの家を大切に思っていたのかもわかってしまった。
なんだかんだ言っても、未練がないはずがない。
「……そんなアンタに朗報よ。 わざわざ家に帰らなくても、貴族の世界の空気にくらいは触れられるっていう、ね」
「……え?」
基本的に、貴族の世界に足を踏み入れられる人なんて、本人達をのぞけば少し力のある商人……それこそ、エルクリオ家のような人くらいだ。
一介の支援士がいったいどうしてそんなところに行けるのか――この時は、それがどういうことなのか全く想像がつかなかった。







「警備の依頼を受けた者だ。 受理証もある」
リエステールノ高級邸宅地区にあるお屋敷の一つ。
その家の敷地内に用意されているのは、二百人超くらいなら軽く入る事ができそうなダンスホールで、そこは主として他の貴族の方々をまねいた、少し規模の大きめのパーティーなどで使われるホールになっている。
……幼い頃からこういった空間の中に連れられた事は何度もあった。
優雅に舞う大人の方々の姿に幼心にも憧れて、ダンスのレッスンは特に真剣にしていた記憶がある。
「……パーティーにまぎれて、警備に支援士の方が入ってたんですね……」
そんな風にすごしてきたのに、知らなかった事実。
……舞踏界の警備には、それぞれの家の警備だけでなく、支援士の人達も呼ばれていたということ。
「舞踏会とかで多くの貴族が集まる時に、その主催者が有名な支援士を雇う事や、いかに多くの人数をそろえるかというのは貴族のステータス的な側面もある。 ”我が家はそれだけの力が在る”ってな」
「……それって……」
「私から言わせりゃくだらない話ね。 ただの見栄のためにそこまでするなんてさ」
一応場が場なので二人とも周りには聞こえないような小さな声で話している。
……仮にも貴族と呼ばれる立場にいた以上、なんとなくその行為の意味も分かる気がするけど、正直な感想はベルと同じだ。
見栄と体裁、確かに少しは必要かも知れないけれど、持ちすぎても見苦しく感じられる。
「ま、でも気にするこたーない。 雇い主が貴族だけに、俺ら支援士にしたら実入りのいい依頼だからな」
「そーそー、これはこれで世の中うまく回ってんだしねー」
二人は二人で、そんな貴族の形式に不満があるわけでもないようだけど……
一見華やかな世界でも、裏を返せば思わず首をかしげたくなるような部分もあると言う事実は、正直複雑な気分だった。
「で、久々の盛装はどうだ? さすがに着なれてるようにゃ見えるが」
――それを察してくれたのか、ルディはにこりと微笑んで話題を変えてくれた。
盛装……といっても、やっぱり家から持ち出してきて、今だにトランクの中にあるドレスを使わせてはくれなかった。
理由はもう聞かなくてもわかる。できるだけ元々の特徴から遠ざけようという事だ。
だからこの服は、依頼人が用意してくれた貸衣装で、この警備が終わったら返さなくてはならないもの。
舞踏会の主催者となる貴族は、こういった警備のためにそれ用の衣装を様々なサイズで用意しているとか。
……ちなみに警備にまで盛装をさせるのは、会場にボロい服を着た人がいればの景観が悪いというだけの問題らしい。
「そうですね……なんだか変な気分です。 少し前まで、何度でも着ていたものなのに……」
「ま、そんなもんだろうな。 それでもサマになってるのは大したもんだ」
「でも、ルディもなんだか着なれてる感じですね、そのスーツ」
ルディのスーツは、自前で用意していたものだったらしくて、昨日部屋から取り出してきているのが目にはいったのを覚えている。
なんで持っているのかと聞けば、会場警備の依頼にはよく顔を出すから、持ってた方が手間が省けるという理由らしい。
そう考えると、着なれてるのもうなづける。
「ベルもかわいいですね、お人形さんみたいです」
「……あとの一言は余計だっつーに」
ベルが着ているのは、いつもの服のように黒を基調にしたドレスで、彼女の身体に合わせた特注品だとか。
……最初は、玩具店に並んでいるようなお人形のドレスでいいんじゃないかとルディともめた事もあったらしいけど……
まぁ、こればっかりは雇い主だって用意してないだろうから、仕方ないよね。
「ま、とにかく今日はこの舞踏会場警備が仕事なわけだが、そこまで構える必要もない」
「え、そうなんですか?」
そうして会場に入り、落ち着いてきたあたりでルディがそう口に出していた。
仮にも依頼を受けているのに、それはなにかが違うような……
「実際に舞踏会に族がまぎれこむなんてのはほとんど無いのよ。 建物自体の場所が街のど真ん中だし、貴族の邸宅だけに警備も厳しくて、入り込むにしてもリスクが高すぎる」
「で、加えていうなら、そこまでして入り込んだところで、族がするべき事なんて別に無いんだよ。 会場は広く使うから、余計な物はほとんど置いてないしな」
「う、うーん……」
まぁ確かに、この会場のなかにそこまでの危険をおかしてまで盗んでいく価値のあるものは見当たらない。
せいぜい、食事の乗ったテーブルの上にあるブランドの花瓶くらいだろう。
他に置いてある調度品も、大きめの時計など、重いものがほとんどで……はっきり言って、あんなものを持っていこうとすれば重さに負けて脱出する前に捕まってしまう。
「だからといって、そこまで軽く考えられるのも困りますわね」
「…っ!?」
……その時、ふと聞き覚えのある声が耳にはいる。
どこかゆったりとしているようで、その実しっかりと芯の通った声……
間違いない、この人は――
「こういった場では、物品の盗難よりも”要人の暗殺”という事件の方が可能性としては大きいですわよ」
「クっ……」
クローディアさん!!? と声に出しかけてなんとか思いとどまる。
プレスコット家の御令嬢……家が纏めているプレスコット騎士団を束ねる『白麗の戦姫』
さすがに、この方には何度かお会いした事がある。
今日みたいな舞踏会の時は勿論の事、普段でもありうるなんらかの小さな交流の時とかにも。
……ここは貴族の交流の場。 誰かしら知り合いに会う事もあるだろうとは考えていたけれど、こうもうまく鉢合わせるなんて……
「クローディアさん、久しぶり」
「あらルディ君。 今回も警備ごくろうさまですわ。 でも、緊張感はもう少し持って欲しいかしら」
クスッと笑いながらそう口にするクローディアさん。
この方は……一応、槍を背に持っているみたいだから、警備の側でここにいるのだろう。
一応ドレスっぽい衣装ではあるけれど、よく見れば防具としての加工がされているみたいだし、この舞踏会に踊りにきているようには見えない。
「……ところであなたは……なんだか会った事がある気がするのですが、気のせいかしら?」
「えっ、あっ……えっと……」
などとこっちからじっと見つめていると、クローディアさんもルディからこちらに目を移して話しかけてきた。
気付かれてる……ワケじゃないようにも感じられるけど、実際はどうなのかよく分からない。
「ああ……俺と同じでこーいうとこに顔出したことあるらしいからな、その時に見かけたんじゃ?」
「……ふぅん。 ”ルディ君と同じ”ね、わかりましたわ」
そう何かに納得したようにうんうんと頷くクローディアさん。
なんだかよくわからないけど、上手くごまかしてくれた……のかな?
「……で、一つ確認したいんだが、今回レヴァーディアとセレスタイトは来てないのか?」
……などというこっちの心配もよそに、別の話に入り込むルディ。
それが気になるのはこっちも同じだけど、レヴァーディアとウチの名前って、この場であんまり出さない方がいいんじゃ……
というか、今回の依頼ってそれを確認するために請けたのかな?
でもなんでクローディアさんにわざわざ直接……
「そうですわね……式が近いということもあって、今回を利用して顔合わせを……という事だったとはきいていましたけど、互いに事情が変わったということらしく……」
「ま、そりゃそうだろうな」
「ですわね……と、言いますかルディ君。 念のため確認しておきますが……あなた達、その当事者では?」
「――っ!!?」
ドキリ、と自分でも分かるほどに胸が強くなるのを感じた。
もしかしなくても、正体もう分かっている?
でもルディもベルも平然としているし、クローディアさんもそんなに深刻そうな顔してないし……
というか、むしろ笑ってる?
「まったく、予定調和とでも言うのでしょうか……皮肉な運命ですわね」
「俺もこーなるとまで思っちゃいなかったけどな。 ま、おかげで俺はどうするか決まったよ」
「そうですか。 では、誓いウチに帰るということですの?」
「それはコイツしだいだな」
……えっと、なんだかよくわからないことを話しているみたいだけど……
クローディアさんはなんとなくこっちの事情をわかっているようなことを言っているし、ルディもなんだか普通に答えているみたいだし……
一体、何が起こっているというのだろう。
「ふふーん、何がなんだか分からないって顔してるわね」
と、そこにきて横を飛んでいたベルが、ニヤニヤとした笑みを浮かべて声をかけてきた。
何の話をしているのか全部理解しているような口ぶりだけど……
「今は知る必要ないわ。 とりあえず言える事は、クローディアは味方……言いかえれば、協力者といったところかしら」
「……」
それは、今の会話からなんとなく察する事が出来たけど、それだけでは何かがおかしい。
ルディとクローディアさんが知り合いなのは確かで、それなりに親しい関係である事も明白。
でも、今回の事を面と向かって他の人に話すのはこれが初めてのはずだし、この件について”最初から”協力者の位置にいるというのは一体……
「……ふむ、じゃああと二つほど確認いいか?」
「ええ、答えられる範囲なら大丈夫ですわよ」
……そうこう考えている間に、二人の会話は終わりへと向かっているようだった。
「一つ目。 クローディアさんは『セレスタイトの娘』の捜索を依頼されているな?」
「――ええ、ただ結婚の日が近いだけに、周囲に知られると騒ぎが大きくなりますから……可能な限り外部に行方不明という事実を伏せてくれということです」
そっか、あんまり大事になると、セレスタイトの家そのものが立場の上で大変な事になりかねないんだ。
もうすこし冷静に考えてみれば、婚約した相手である娘が”逃げた”なんてことになれば、それで婚約を破棄されたレヴァーディアとの関係はよくなるはずがない。
だからこそ、街で噂がたたないように気を配っているんだろう。
「なるほど。 ……じゃあもう一つだ。 セレスタイトの親父さんの様子はどうだった?」
「……」
それは、今一番気になること。
お父様は、今この状況をどう受け止めているのか――
「相当ご傷心のようでしたわね。 まぁ娘さんが行方不明とあれば仕方ないとは思いますが……」
「……本当に?」
これまで開こうともしなかった口が、勝手に動き出したかのようだった。
自分は、結局何を求めて家を出たのか……その瞬間に、それがわかったような気がしたから。
「本当に、”娘の家出”に悲しいと思っていたの……? ”婚約が果たせなくなるから”じゃなくて…?」
お父様もお母様も家の事ばかりで、かまってくれたことなんてほとんど無いから……
ただ寂しくて、それが怒りになって……こまらせてやろうと思った。
きっとそれだけの事だったんじゃないかと、今になって思わされる。
「……子供が消えて悲しまない親は、いません。 ……少なくとも、セレスタイトの当主様は『親の立場にいるだけの誰か』ではないですわね」
「……でも、二人とも家の事ばかりでめったにかまってもくれないし、結婚まで勝手に決めて、他の家との交流の道具みたいに……」
「ご両親は、家の安定を守る事で娘さんの在る場所を守ろうとしていた。 それに、婚約相手であるルークさんは、ちょっとヤンチャという話ですけど、優しくて誰かを護れるだけの器量もある……”娘を任せるに足る男をようやく見つけた”なんて当主様が言っていたのを思い出しますわね」
「……」
「肝心の娘さんには、色々と空回りしているのか伝わってはいなかったみたいだけど……当主様なりに、必死でしたのよ。 娘さんの未来を守るために」
……それが全部本当のことだとしたら、なんでそんなに不器用なやりかたしか出来なかったのか問いつめたくなった。
でも、それは自分も同じ。
言いたい事を口にすることなく、嫌だということもできずに……ずっと何もせずに、ただ受身の日々を送っている。
結局、お互いに言葉も交わせなかったという事実が、今という現実を呼びこんでしまっただけなんだ。
「お父様……」
「なにやら美談のようじゃが、このばで話すべき内容ではないのではないか?」
一つつぶやいたその時、自分やクローディアさんのものとは違う香水のかおりがくすぶり、視界の端にどこかで目にした綺麗な蒼紫色の髪が映る。
少し驚いて振り返ってみると、ダークブルーのドレスに身を包んだ女性が一人と、シンプルなスーツを身につけた男性が一人……
「エミィさん!!? ディンさん!!?」
「あらエミィ、ディン。 あなた達も来ていたんですの?」
こっちの声とほぼ同時に、クローディアさんの声が重なるように発せられていた。
……さすがと言うべきなのかどうかはわからないけど、クローディアさんとまで知りあいだったなんて……
それにこんなところにいるということは、エミィさん達も警備の依頼で…?
「ああ、例によって名指しで、じゃがな」
「名指しで!? あ、あの、貴族の方からなざしなんてそれって……」
依頼人の方から指名してくるというのは、それだけ信用されているということの裏返しに他ならない。
しかも、貴族と言う立場にある人からともなれば、それが意味する価値は相当なもののはず……
というのはルディの受け売りだけど、まさかそんなすごいひとだったなんて……
「……はぁ……」
……あ、あれ? なんだか急に不機嫌な感じに……
ディンさんも溜息ついてるし、もしかしてまた地雷踏んじゃったんじゃ……
「結局、貴族様の損得感情につきあわされてるだけってことだよ」
「え?」
また別の方向から、聞いた事もない女の人の声。
いや、女性……というよりは少女と言った方がしっくりときそうな声の感じだけど、不思議と大人びた雰囲気も合わせ持っているかのような響きを感じさせられる。
「あなたは……?」
見ていると吸い込まれそうな錯覚すら覚える闇夜の黒……そんな色をした衣装を身につけたその人に、ただそう一言声をかけてみる。
すると、少女は軽く微笑んで口を開いた。
「ティール・エインフィード。 エミィのつきあいで来たってところかな」
「個人的に人がいた方が助かるのでな。 ついてきてもらったのじゃ」
対して、どこか疲れたような表情をみせながらそう口にするエミィさん。
あんまり考えたくないような事があったみたいだけど、一体なにが……
「”エルクリオの娘”となにかしら関係を持とうとする人が多いってことだよ」
などと思っていると、yはれやれ、と言うかのような調子でティールさんがそう答えてくれた。
……そんなに気になってるみたいな顔しちゃってたかな…?
「関係っつーと、見合いしろとか言ってくるのか?」
「む、お主は……?」
「ああ、コイツの連れのルディだ。 エミリアとディンだったか? ミナルでは世話になったみたいだな」
「構わんよ。 ああいった出会いもまた、支援士の楽しみの一つじゃからな」
お互いに笑って挨拶を交わすルディとエミリアさん達。
三人とも結構きさくな性格みたいだから、打ちとけるのも早い見たい。
「……ま、正直言ってこういう催しは私は気に入らないな。 エミィみたいなこともあるし」
と思っていると、ふぅと溜息をつくようにしてティールさんが何かを口にしはじめる。
……あんまり周囲に聞かれては具合がわるいのか、少し小声のようだったけど。
「親は子を引き連れて、他の家の人に子の良い部分ばかりを見せびらかす。 結婚やらなんやらで家の持つ力を大きくするのは分かるけど、これじゃ舞踏会というより人間展覧会だよ」
「…………えっと……」
否定したい気持ちもあるけれど、よくよく考えてみればそう言われても仕方の無い空気は確かにある気がする。
小さい頃はそんな事も知らずに参加していたけど……考えてみれば、そんな一面は少し注意して見てみればすぐにわかってしまうものだから。
「……ま、つまりはそういうことじゃよ。 私の家と関係を持ちたいって目的が見え見えの連中ばかりでな。 見合いなど興味がないと言うに……」
……えっと、つまりパーティーに乗じてエミィさんを警備依頼の名目で呼んで、そのままお見合いの話を持ち出して、エルクリオと血縁関係を持とう……という理由なのかな……
本人が無関係と口にしても、周囲にしてみれば商家の娘さんと言う肩書きには変わりない、か。
自由に生きたくても、其れを縛る何かがある人なんていっぱいいるんだな……
「……って、ティールさん、何か?」
ふと気が付くと、なぜかティールさんがこっちの顔をじっと見つめているのが目に入った。
……なんだろう、この目……全てを、見透かされているような……
「不安も迷いも、気付いて見れば簡単にはらえるものだよ」
「!?」
「貴女は今、何に気がついたのかな?」
最後に”ふふっ”と微笑むと、それだけを口にしてこっちの答えも待たずに、食事の置いてあるテーブルの方へと行ってしまった。
……本当に、心を見透かされていたような感覚すらも覚えてしまった。
世の中には、表情一つで相手の心を察する事が出来る人が入るって聞いた事があるけど……
「あやつは表情の変化から感情を読むことは天才的じゃからな。 私達くらい親しくなると、考えてることも読まれてそうで恐ろしいよ」
エミィさんは笑ってそう口にしていたけど、とても冗談には聞こえなかった。








――それから
「……ルディ、ベル……私、帰ってみようと思います」
ルディの家に帰るその中で、そう一言口にしてみる。
この言葉は、軽い気持ちじゃない。
クローディアさんの話を聞いてから、お父様とお母様の気持ちを考えて、家を飛び出した自分の行動が、なんだか恥ずかしくなって……
ちゃんと、帰って謝ろうと思った。 そして、自分の気持ちを口にしようとも。
「結婚する覚悟でも出来たのか?」
「……いえ。 でも、それもいいかなって思い始めたのはあります」
もちろんそれには不安もあるけれど、クローディアさんの話だと、相手になるルークさんはとてもいい人だと言っていた。
……愛せるかどうかはわからないけど、その言葉のおかげで以前よりは気持ちが楽になっている。
「でも、式の前に一度ルークさんに合わせてもらうようにお願いするつもりです。 一度お話してみれば、どんな人かも分かると思いますし……」
「……婚約が決まった後にお見合い? それも妙な話ねぇ」
「あはは、確かにそうかもしれませんね」
でも、結婚式の当日に初めて顔を合わせるよりは、まだ気が楽なはず。
せめてもの覚悟をする時間ができるはずだから。
「……ルークさんが、ルディみたいな人だったらいいのにな……」
そうかんがえていると、自然とそんな言葉が口から漏れ出していた。
……ああそうか、いつのまにか、ルディの事好きになっていたんだ……
一月にも満たない、短い支援士生活だったけど、その間ずっと支えて暮れていた彼を……
「泣いてるのか?」
「え? ……あ、あれ……」
声をかけられて、ようやく自分が涙を浮かべている事に気がついた。
そう、悲しくないわけがない。 でも変に諦めがついちゃった今だから……もう、これ以上逃げる気に離れなかった。
「……大丈夫、明日にはもう帰ります」
後に伸ばせばそれだけ、別れが辛くなるだろうから。
もうこれ以上、彼に心を近付けたくなかったから。
……今この瞬間だけでも、壊れてしまいそうに辛いのに……
「そうか、ならそうしてくれ」
「よーやく肩の荷が下りるのね。 やれやれだわ」
「……」
二人は、こんな瞬間にまでマイペースみたいだった。
でも、それでよかっんだと思う。 下手に別れを惜しまれるよりは、気が楽だもの。
あっさりとした別れが口惜しいのは、本当のことだけど。