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 僕は強くありたかった。
 亡くなった幼馴染の少女のためにも
 その少女を失い。自らの腕の未熟さに怯えた友人のためにも
 そしてなにより、
 尊敬と同時に、愛しさを覚えた師のためにも―――――



  ~大図書館~

 リエステールで一般公開されている大図書館。
 その静寂の中、一角で机に向かい本を読んでいる青年が居る。
 ケルトである。
 ただし、彼の広げているものはおおよそ教会の優等生が見るものとは思えない児童向けの絵本。
 歴史を物語りになぞらえた話や、童話の類まで机の上に乗っている。
 ただし、“占領する”。という事は無い。あくまで常識的な数である。
「あ」
 ふと、ケルトは聞きなれた声にそちらへ向き直り、微笑をかけた。
「やあ、リスティ。今日は聖術の勉強かい?」
「あ、はい!」
 リスティの抱えていたのは、図書館で管理されている本ではなく、ビショップ・カーディアルトに昇格した際に渡されている聖典。
 つまりまあ、ビショップ・カーディアルトの教科書みたいなものであった。
 ここで聖典について誤解されるといけないので注釈をいれさせてもらうが、
 そもそも「セントロザリオ・アリスキュア」のランクを卒業したから「ビショップ・カーディアルト」に慣れるワケではない。
 あくまで「セントロザリオ・アリスキュア」のランクを卒業したとすれば、「職としてのレベルは高いが転職はしていない」と言う事になる。
 また、ビショップやカーディアルトで無くなった際も、この聖典は教会に帰属するものとする。
 まあ、そんな書物もケルトは全て熟知している。懐かしさに彼は微笑んだ。
「例え、アルティア様の知識と技がこの身にあっても、わたしが強くならなきゃ」
「ほう・・・」
 “強くならなきゃ”。というリスティの言葉に―――いや、その言葉を言ったリスティの顔を見て
 ケルトは息を一つついた。
「どうして強くなりたいのですか?」
「それは・・・」
 さる事件の一端での事をリスティは思い出し、口にする。
 カーディアルトの数少ない攻撃聖光。“アルティレイ”
 アルティレイとは本来、聖光のごくごく基本となる攻撃呪文でしか無い。
 その由来は攻撃呪文に慣れなかったアルティアが唯一使えた“レイ”が、あまりにも小さく弱く
 ヴェイルが更に“レイ”を格下げして取ってつけた“アルティレイ”という名前になった事。
 まあそれだけ言うほどに“威力”よりも“牽制”をするために使うような呪文だと言っても過言ではない位に弱い。
 だが、あの事件の時に使ったエルナと対する恩師シアの放つアルティレイの強さに惹かれた。
「わたしもあれくらい強かったら、きっとヴァイさんの役に立てるって」
 その真剣で真っ直ぐな瞳にケルトは微笑み
 ・・・そして、ゆっくりと首を振った。
「リスティ。急いで力を求める必要はありません。そうした者はかえって己の力に溺れる」
「え・・」
 リスティは、きっと賛同してくれると思っていたケルトにそう言われ、言葉を呑んだ。
「強くなるな。とは言いません。しかし・・」
「で、でも!!!」
 言葉を続けたケルトを遮り、リスティは大声で立ち上がった。
 だが、ケルトは人差し指を自分の口の前で立ててシーっと言う。
 ハッと思い返せば、ここは図書館であった。
 リスティは周りを見ると、人々が非難そうに自分の方を見て居る事に気付いた。
「・・・」
 “図書館では静かに”と、職員の一人が言おうとしていたのだろうが、
 リスティが察して、顔を羞恥で赤らめ座った事に気付き、一つ頷いて立ち去っていく。
「でも、ティールさんはわたしと同じ位の年齢であんなに強くて・・・」
「彼女は少し特殊です。確かにああして急に強大な力を得れば普通はその力に堕落し溺れます。しかし、同時に彼女はそうした時の“怖さ”を知っている」
 そのケルトの言葉を聞いて、リスティは思った。
 彼女は、確か力を得る代わりに大切な者を失ったのだと言う事を
 つまり、闇の側面に陥れば、その大切な者を裏切る事になるから――――?
 それなら、自分もヴァイが大切だ。裏切る事なんて無い。
「そうですね」
 パタン。とケルトは読みかけの本を閉じてリスティに向き直る。
「リスティ。これは僕が教員として働くための資格。“教位”を得る為に受けた試験の話です」
 その語り始めに、ケルトは思い返しながらゆっくりと静かに語り始めた――――

        ※

「受験号1297番。ケルト・ジュピテンノーグ」
「はい」
「よくぞここまで学び。そして良く力をつけ、良く耐えてきた」
「はい」
 聖壇の前。大司教様に跪いてケルトは頭を垂れる。
 教会のセントロザリオを17歳で卒業後、一年。
 二月のこの教位試験の為に必死で勉強を続けた。
「そして、これが最後の試練だ。それに耐え。合格出来た時。お前に教位を授けよう」
「はい」
 どのような試験か。高まる緊張のなかケルトは覚悟を決める。
「そっと目を閉じ。そして力を抜きなさい」
 大司教様の言葉通り。ケルトは力を抜き、そっと目を閉じる。
 そして、教位を得るための試験が始まった。





「おかえり! ケルト!!」
 急に見慣れた影にいつものように抱きつかれ、それを受け止める為に二歩ほど後ろによろめく。
 そして、ハッとなってケルトはキョロキョロと周りを見る。
 ここは、教会の廊下。見慣れた通路。
 そして、自らの後ろには、先ほど居た“聖壇の間”であった。
「あれ・・・僕は・・・・?」
「何を寝ぼけてやがる。教位。手に入れたんだろ?」
「え!?」
 目の前に居る二人。エルナとヴァイ。
 はしゃいでケルトに抱きついている青髪の女性がエルナで、そっぽを向いているほうがヴァイ。
(僕は・・・試験中じゃなかったのか?)
 この二人が「受かった」と言っているのであれば、既にそれなりに情報がリークしてあると言う事だ。
 少なくとも、エルナがこの辺りの情報を間違えて掴むとは思い難い。
 そこまで考えをまとめるまでの間、目を白黒させていたケルトに不信を思ったのかエルナが心配そうにケルトの顔を覗き込む。
「ケルト・・・もしかして、ホントは落ちた? だったら、また勉強手伝ってあげるから隠さなくても良いのよ?」
 だけど――――
「ううん。ちょっと混乱してたみたいだ。これから同業ですね。エルナ先生」
 エルナの言葉に、ケルトは認めた。いいや、ここで判らないと言いたくはなかった。
「うん! もー、変な態度してんじゃないわよ!!」
 そう。
 強くありたかった。
 亡くなった幼馴染の少女のためにも
 その少女を失い。自らの腕の未熟さに怯えた友人のためにも
 そしてなにより、
 尊敬と同時に、愛しさを覚えた師のためにも―――――

   ※

「しかし、さすがケルトだな。一発合格かよ」
 酒場で食事を交わしながら、ヴァイは今までに無いくらい恐ろしく素直に褒めてきた。
 まあ、酒場を使ってはいるが教会職であるために気軽に酒は飲めない。
 あくまで食事の目的だ。
 ・・・話を戻して、ここまでヴァイが素直に褒める事は無かったために、やはりうれしく思う。
「ホントよねー。わたしなんて3回も落ちたって言うのに」
「はは・・みんなのおかげだよ」
 エルナの脇に首をロックされ、グイグイと絞められるも。
 そんな事もケルトは悪い気がしなかった。
「いいや。それはお前の力だ。流石だよケルト。お前になら背中を預けても大丈夫だ」
「そ、そうかな・・・?」
 頬を指でかいてケルトは照れる。
 支援士のお墨付きで、それに彼の冒険に役に立てるなら本望である。
「まっ、ケルトになら安心してウチの生徒まかせられるしね」
「先生・・・それは自分で面倒見てあげてくださいよ」
 アハハっと笑い。エルナは「判ってるわよー!」と言ってパスタを口に放り込んだ。
 それを飲み込んだ時、エルナは神妙に呟いた
「ケルト。ホントに強くなったわね」
 それに続けて、ヴァイも一つ頷いて呟いた。
「ああ。オレも負けてられないな」
 ああ。皆に頼られる。
 力になれる。
 弱かった自分とは違い。力を手にした。
(エルナ先生。ヴァイ。これからもよろしく。僕、頑張るから)

   ※

「シュバルツヴァルトの森最奥の魔女?」
 とある休日。ヴァイが一つの依頼を話してきた。
「ああ。魔系のヤツならエルナさんの聖光とお前のサポートで倒せるだろうって思う相手だ」
「ふぅん。それを討伐するのね。面白そうじゃない」
 エルナはそう言うも、ケルトは悩んだ。
 シュバルツヴァルトの奥に眠る魔女。それは、魔女と言うレベルではない。
 あれは、一つの魔王と言っても過言では無いだろう。
 ダメだ。あまりに危険すぎる。
「あの・・」
「まっ、あとはケルトの支援がありゃ怖い相手でも無いしな」
「そうね。頼りにしてるわよ」
 でも、言えなかった。
 言える訳が無かった。
 こんなにも二人は自分の事を頼っているのだから。
「うん。がんばろう」
 そうして、三人で北のシュバルツヴァルトを目指し、準備をし始める。

   ※

「襲破斬!!」
 ヴァイの剣技が決まり、魔物を地面に落とす。
 事は順調で大した危険も無かった。
 シュバルツヴァルトの魔物は当初の予測どおり、剣と聖光で十分になんとかなる。
 なにより、ケルトの支援がその二人の火力を最大限に上げていた。
「クイックリィ!!」
 ヴァイの回避力を上げ、彼の右から来ていた魔物の攻撃を避けさせる。
「準備おっけー!」
「インクリエンサー!!」
「いっくわよー! エンシェントブライト!」
 攻撃の隙が出来た魔物に光球をぶつけ、浄化される。
「いよっし!」
 エルナはガッツポーズを作って敵の討伐に喜んだ。
 そんな、シュバルツヴァルトに入ってからの幾度目かの戦い。
 まるで、導かれたように。三人は「この場」に来た。
「あれが・・・魔女」
 ケルトはポツリと呟く。
 眠れし妖艶の女性。人間としてみれば20代か?
「胸なら私の勝ちね!!」
「誰も聞いてない聞いてない」
 エルナとヴァイの漫才はさておいて
 女性の身をしているとはいえ、あれは魔。人を惑わし、堕落へを誘うと言われている存在。
「よし、行くぞ!!」
 ヴァイは、片刃剣を抜いて構え、エルナは詠唱の体勢に入る。
 それを確認したヴァイは掛け、それにケルトは支援を送る。
 刹那。魔女は眠りから目覚めた

  ※

「ふん。人間にしては頑張ったほうじゃない」
 軽く40分。前衛であるヴァイが腹部を裂かれ崩れ落ちたところで勝負はついた。
 魔女の戦い方は賢かった。
 まず、自らの最も脅威でなりえる聖光を使うエルナを集中的に狙い。ケルトの支援も追いつかずあえなく倒れる。
 残すはヴァイと速度合戦になったが・・・確かに、ヴァイの方が速かった。それこそ攻撃を仕掛ける余裕のあるくらい。
 だが、最終的にはヴァイの持久力が持たず倒れた。
 残るは、ケルトのみであった。
「ふふっ・・掛かって来ないの?」
「くっ・・・!!」
 しかし、ケルトは地に座り込む。
 動けない。恐ろしい。怖い。そんな思いが交錯する。
「だけど、貴方にはこの二人とは違う力を感じる。もしかすれば、アタシに勝てるかも知れないほどの強さが」
(え・・・?)
 力。・・・このバケモノじみた強さにも勝る
 そんなチカラ。
「・・・」
 本人自身がバラした上で余裕があると言うのか・・・
 覚悟を決めて、ケルトは聖書を持ち出し、その右手に術を集中させる。
 ・・・その時だった。
「ケ・・ルト・・・」
「あ・・・」
 地に伏すエルナ。ヴァイ。
 ・・・お互いに尊敬し、笑いあい、励ましあった仲間。
 その人たちが苦しむ姿。
 ケルトは、そっと手を下ろした。
「ふふっ・・アタシを倒さないの?」
 僕は強くありたかった。
 亡くなった幼馴染の少女のためにも
 その少女を失い。自らの腕の未熟さに怯えた友人のためにも
 そしてなにより、
 尊敬と同時に、愛しさを覚えた師のためにも―――――
 だけど、
「僕は・・・強くなんかない」
 グッと拳を作り、目元を拭う。
「何を言ってるの? 貴方には間違いなくアタシを倒すだけの力がある」
「だったらどうして僕は守れないんだ!!!」
 魔女の言葉を遮り、ケルトは叫んだ。
 息を荒くして苦しむエルナの身体を起こし、その温もりが残る身体を抱きしめる。
「大好きだったんだ・・・守りたかったんだ」
 知っていたのだ。
 皆の前では明るく楽しい雰囲気を作り。誰もが強い人だと思っていた。
 そんな師は、ひどく弱くて脆い不安定な存在だということを
「僕は、強くなんか無い・・・お前の脅威になるような大それた人物なんかじゃない!」


  「よろしい!」



「え・・・」
 その声のままに目を開ければ、そこは大司教様と聖壇。
 ここは、聖壇の間
「ケルト。おめでとう・・・君は、無事合格だ」
「だ、大司教様・・・これは?」
 混乱するケルトに、大司教様はにこやかに笑み。その答えを返す。
「試験が今終わったのだ。私は今の試験で君が教位を得てどのように動くのか。それを見させてもらった」
「あ・・は、はい!」
 ようやく今の言葉で納得し、理解した。
「ケルト」
「はい」
 それを確認した大司教様は一つ頷き、話を続ける。
「お前自身がそれを認めたように、お前は弱い」
「・・・はい」
 ここで、大司教様は一つ言葉を切り、咳払いをしてから話を続けた。
「しかし、勘違いをしてはいけない。何も弱いのはお前だけではない。人は皆弱いのだ」
「はい」
 大司教様の言葉を反芻し、汲み取る。
「だが、冒険者は魔女のように“お前は強い”と唆されると本当に自らの力を過信し、そしてその結果失敗をする。
 人は、弱い。己の出来る事と出来ぬことがある。
 まして、生徒というのは戦う事も知らぬ子ども達だ。それを守るためには、その教員自らが弱い事を理解しなければならない
 しかし、これだけは知っていてくれ。その弱き人間を支えているのも、また弱き人間だと言う事を」
「はい」
「しかしな」
 コホン。と大司教様は一つ咳払いをして苦笑いをしながら言った。
「数年前。この言葉にこんな事を言ってきた試験生が居た。“だけど、誰かを守る為に強くなる事もまた必然”と。
 だけども、私はこう言ったのだ。“聖勇者になってはいけない。急に強くなるなったり力を得れば、それはそれで寂しくなるものだ”と
 弱きであるからこそに誰かを頼り、また相手が弱きであるからこそに、誰かを助ける。
 聖勇者は強すぎたが故に、物語の序盤。常に“独り”という壁を作った。そうなってしまってはならないのだよ」
「はい!」
 こうして、教位を大司教様自らの手で渡されて、改めて本当に教員となれた。




「と、いうところでしょうか」
 話の終わりに、リスティはこくりと頭を下げた。
 強い力は魅力的だ。だけど・・・
「あんまり急いで強くなったりしたら、ヴァイが寂しがりますし」
「う・・はい・・」
 リスティは思う。
 強くなる事で自分の弱さを消せたのなら良いことだと思っていたけれど。
 弱さがあるからこそ、人は人と交じわえるのだということを。
「だから、貴女は貴女で。ヴァイと一緒に自分の力を手に入れていけば良いのですよ」
「・・・はい」
 聖書を置いて、リスティはケルトに向き直る。
「そういえば・・・・」
「はい?」
 「そういえば、」という聞き方をしているが、始めから聞く気でいた。
 やはりそこは、やはりリスティも女の子なのだ。
 興味が尽きず、やがて理性が興味に負けてケルトから問う
「ケルト先生のお話の中でも言ってましたけど・・・ひょっとして、エルナ先生の事、好きなんですか?」
「ええ。大好きですよ」
 即答。
 その答え方に、リスティはきょとんとなる。
「・・・・・えっと、それは」
「ええ。エルナさんの事は一人の女性として好きです」 
 『?』とリスティを見るケルトに対し、リスティは目を瞬かせる。
 普通。誰が好きとかいう話になれば、同級生なら「秘密~」とか隠したり、あえて告げたとしてもすっごく恥ずかしそうに言うモノであったが・・・
(ケルト先生・・大人すぎです・・・)
「昔は、エルナさん。ヴァイ。それに、ノアの為に強くありたかった。と思っていました」
「あ・・」
「だけど、そう思う事自体が傲慢で、僕は弱く、それ故に誰かから支えられ、そして誰かを支えているんです」
 その言葉の重みに、リスティは一つ真剣に頷いた。
「あの。今日は良い話しありがとうございました」
「いいえ。こうして二人で話すのも珍しいですから」
「あはは・・・」
 確かに、リスティの担任はエルナである以上。あまりケルトとは喋る機会は無かった。
 だけど、こうして話せたのは本当に良い機会だった。
「あ。そろそろ帰ります」
「ええ。リスティ、気をつけて」
 こうして、図書館の一角での昔話は終わりを告げる。
 ふと、ケルトは思った。
 もしも本当に自分が強くて、エルナを支えられたとしたなら・・・
(いいや。彼女がそれに甘え、ヒロイズムに浸った時・・・次に彼女にフロリア様の教えに近き『業』を背負う時、彼女が脆くなるのか・・・)
 ゆっくりと首を振って、自らの傲慢な考えを振り払う。
「さてと」
 席を立ち、本を戻す為に歩き出す。
 こうして、午後の図書館での時間は終わりを告げた