空は雲一つ無い青天。天気は快晴。
鳥達が青空を舞い、太陽がの光が燦々と降り注ぐ。
そんな気持ちのいい青空の下で、
「お腹空いた・・・」
「いきなりだな。オイ」
キュルルル・・・とお腹を切なそうに鳴らしながら、少女の放った第一声がそれだった。
「だって・・・昨日から何も食べてないもん・・・」
キュルル~と鳴り続けるお腹を押さえながら、力無く抗議するティラ。
「ほぅ・・・キサマにそのような言動を言う権利があると思っているのか?」
対してライトは、今にも『ブチ切れるぞ』と言わんばかりに額に青筋を浮かべ、拳を震わせていた。
「うぅ・・・っ、ごめんなさいごめんなさい・・・・」
反省してます許して下さい。と泣きながら謝り続ける。その間にも腹の音が鳴り続けているので今一つ緊張感に欠けるが、まぁそこは気にしないでおこう。
簡単に説明すると、昨日ティラによって行われたガラス破壊による弁償で無一文になってしまい、当然その中には食費も入っていた訳で、まー簡単に言うと昨日は2人仲良く野宿&飯抜きだったわけだ。野宿はいつものことだが。
「それに腹減った腹減った言うがなぁ、・・・オレだって・・・そろそろ限界なんだ・・・」
よくよく見るとライトの顔色も悪い。少女の手前、何か意地でもあるのか強がってはいるものの、こちらは生活費が少しでも持つようにと、実はもう3日もなにも食べていないのだ。
加えて、昨日の人1人抱えての逃走劇にガラスの弁償による生活費のパーによって、体力的にも精神的にもそろそろ限界が近い。
というか未だ普通に動いているのが不思議なくらいだ。
「うう・・・ご迷惑をおかけしてます・・・」
それを知ってか知らずか、たぶん後者だろうが、ティラはただただ頭を下げて謝り続ける。相変わらず腹の音が鳴り続いているのでやっぱり緊迫感は皆無に等しいが。
「ああもうっ、謝るくらいなら空腹ぐらい我慢できるだろ?」
「う、うん・・・」
しかし、きゅるるるる~~~~~~。と腹の虫は容赦なく鳴き続ける。
「あうぅぅぅ・・・・・」
「や、やめろ・・・眩暈がしてくる・・・」
限界寸前。最早(いろんな意味で)危ない境界線に片足突っ込んだ状態のライトにとって、腹の音は破壊音波にも匹敵する威力を発揮していた。
「で、でも止まらな―――」
ぐるるるる~~~~~~。
「ああぁぁぁぁ~・・・」
加えて、この妙に気の抜けた相方が、気の抜けるような腹の虫を鳴らし、これまた気の抜けるよーな声を上げるために、ストレスも2割増だ。
わざとじゃ無いわざとじゃ無い。こいつは素でこうだからしかたがない。しかたがないのだが・・・。ハハッ、なんでだろうな。今はどうしても腹が立って仕方がない。
っつーか腹の虫用の殺虫剤とか発売されないだろうか?きっと凄く売れるぞ。
人間、限界を超えるとよくわからない思考に走り始めるようだ。
「だーっ!もう我慢できねえ!さっさと行くぞ!!」
「ああっ!まってーーー!」
ティラを置いてさっさと街中を歩きだすが、さて、これからどうするか・・・
「とは言っても、支援士なんだからやることは1つしか無いか・・・」
そうと決まればこんな所でのんびりしている訳にはいかない。急に歩みを止めた為、後ろから追いかけていたティラが背中にぶつかって「わぷっ」とかなんとか言ったが、もう何も言うまい。言ったらそろそろ倒れそうだ。
「ティラ、すぐに準備しろ」
オレの言葉に「え?」と首をかしげる相方に、二ヤリと口を歪ませてさらに一言。
「金が無いなら依頼を受けるしかないだろ。が、その前に腹ごしらえな」
―――で、フィールド。
「本当にやるの?気が進まないなぁ・・・」
「いやならしなくてもいいぞ。そのかわり飯は食えないけどな」
「うぐっ」
痛いところを突かれて呻いたティラをほっぽり、辺りの気配を探り始める
「(・・・左方、レムリナム6体。・・・前方、ウェアウルフ12体ってところか。ここからだとレムリナムの方が近いな)ティラ、行くぞ」
「あ・・了解です」
それから数分後、街道から少し外れたところに、レムリナムが6体たむろしていた。
リエステール街道に生息するこのトカゲ剣士は魔物の中でも雑魚の部類に入るが、新人支援士にとっては最初の難関でもあるモンスターだ。
とは言っても、ティラはBランク。ライトに至ってはAランクの実力者なので、そう苦戦することもないだろう。
「ノルマとしてはそうだな・・・、お前どうせ魔法外すだろうから、2匹でいい」
いまだ2人の存在に気がついていないレムリナム達を遠目で見ながら、ライトは言った。
その言葉にティラは少しむっとして、バツの悪そうな顔をする。
「むーっ、外さないもん!私1人でも十分ですよーっ!」
「へぇ、それじゃ、お手並み拝見しましょうか」
明らかにせせら笑っているライトを上目使いで睨みつけ、レムリナムに近付く。
(何時も馬鹿にしてー!私だって成長するところを見せて、絶対に見返してやるんだから!見てろこんちくしょー!)
「ティタノマキア起動!!」
宣言するようにそう呟き構えた途端、ティタノマキアから声が響いた。
『現在メンテナンス中です。安全の為に起動できません』
・・・・・・・え?
「え・・えぇ?ちょ、ちょっとマキちゃん!?」
いまなんと!?と言いたげな情けない表情になる。さっきの意気込みが台無しだ。
『何ですかマスター』
「いやいや!何ですかじゃなくてですね、起動できないって・・・」
『先ほど言った通りです。先日のメンテナンスがまだ終わっていませんので、安全の為にメンテナンスが終了するまで起動はできません』
ティラの表情が、まるでこの世の終わりを見たかのように青ざめた。そして、後ろから異様な気が放出されている。
見てはいけない。見たらきっと後悔すると体が、心が、第六感が警告を発する。だが、見なかったらもっと恐ろしいことが起こる気がする。否、確実に起こる。
ティラは勇気を振り絞り、恐る恐る後ろを振り向くと・・・・。
「・・・・・・・・・」
そこには満面の笑みを浮かべた――――鬼がいた。
「え・・・ええと、これはその・・あの・・・」
滝のようにだらだらと冷や汗を流すティラに、ライトは笑顔のまま(目は笑っていないが)言った。
「いや、いい。お前が言いたい事はわかってる。でもさっさと終わらせないと、お前の分の飯が無いとだけ言っておこう」
「―――――――ッ!!!???」
ティラの目が恐怖に見開かれる。
―――空腹の者にとって、それがどれだけ恐ろしいことか。その死刑宣告にも相当することを、この男はあっけらかんと言ってみせた。―――いや、まぁ言った本人自身が空腹で死にかけているのだが。
「―――じゃ、先に行かせてもらうぞ」
そう言うや否や、ライトはレムリナムの群れに突っ込んだ。
人間の接近に気が付いたレムリナム達も、ボロボロのロングソードを振りかざしながら向かってくる。
ライトは腰の両側に下げた双剣を抜き放ち、抜刀した動作から、いきなり右手のそれを投げ放った。
投擲された剣は一直線に飛びながら中央にいたレムリナムの眉間にズブリと突き刺さり、レムリナムは絶叫を上げながら絶命する。
そして怯んだレムリナムの群れの中に一気に潜りこみ、加速した勢いに乗せてさらに左手で持っていた剣を振り下ろすと、その刃は近くにいたレムリナムの左肩から胸までを両断した。
再び響き渡る、絶叫。
「う、うわわわ!マ、マキちゃん!!メンテナンスモード解除できないの!?このままじゃご飯抜きだよ!?」
『申し訳ありませんが、1度メンテナンスモードに入ると、一通りのメンテナンスを終えるまで他のモードは機動できません』
ティタノマキアはそれから一息吐くように間を空けた後、やや冷めた声色で言った。
『そもそも、昨日の時点でメンテナンスを終わらせなかったマスターが悪いでしょう?』
「や・・・、それはあんな事があった後ですっかり忘れてて・・・」
『自業自得です』
「うぅぅ・・・」
反論できないのか、ティラが悔しそうに頬を膨らませた。
「そうだな。マキアの言う通りだ。・・・で?メンテナンスはどれくらい終わったんだ?」
――――その瞬間、ティラの表情が凍りつく。
背後から感じるうすら寒い気配に振り向けないまま、ティラの顔がみるみるうちに青くなっていく。
気がつけば、先程まで続いていた絶叫はパッタリと止んでいた。
「ら、ライトさん・・・。いつからそこに・・・」
「今。で?どれくらい終わった?」
「・・・ま、まだです・・・」
「そうか。覚悟はできてるな?」
無論、覚悟など出来ていなくともまったく容赦しないのがライトなのだが・・・。
正直、あれはもの凄く痛いのだ。できれば痛いのはいやだ。もの凄くいやだ。
「・・・み、見逃してはいただけないでしょうか・・・」
「頷くとでも?」
「・・・ですよね」
振り下ろされる拳にティラはびくりと身を縮める・・・が、いつまで経っても鉄拳制裁が落ちてこない。不思議に思い、恐る恐るといった感じで顔を上げると、腕を組んだライトが「やれやれ」といった感じに苦笑していた。
「・・・ま、今回はいいか。次から気をつけろよ」
ライトはそう言うと、ぽかんと口をあけているティラの頭をくしゃくしゃと撫でた。
触り心地の良い茶髪をくしゃくしゃと撫でられていたティラも、ようやく状況が理解できたのか、嬉しそうに頭を撫でられている。
しかし突然、撫でるライトの手にぬるりとした感触が伝わった。
「・・・ん?」
怪訝な顔をしてティラの顔を覗き込む。
突然覗きこまれて不思議そうにしているティラの顔を、一筋の赤いものが伝った。
「・・・その傷、どうした?」
ティラの額にパックリとできた切り傷を見ながらライトが尋ねる。
「え・・?あれ?」
どうやら気づいていなかったらしい。ティラは自分の傷を触って手に付いた血を、目を丸くして見ていた。
そういえば、昨日ティラがぶつかって壊したガラスの破片にも、赤いものがついていた気がする。まさか・・・
「あの時怪我したのか?」
「えっ!?い、いや、そんなことないですよ!?これはその、ちょっとさっき転んじゃって・・・」
オレの言葉をティラは怒られると勘違いしたらしく、慌ててよくわからない言い訳をし始めた。
まぁ、さすがに怒られた後にまた怒られるのは嫌だろう。
わたわたとそう言っている間にも、傷から血が流れ続け、その血はやがて顎を伝ってそのまま滴り落ち始めた。
「下手な言い訳はしなくていい。顔をこっちに近づけろ」
「え、ええ!?や・・い、いいですよ、こんなの。唾つければ治りますですよ!?」
「アホか。いいから大人しくしてろ」
ライトはそう言うと、問答無用といった感じでティラの顔を引き寄せ、持っていた消毒薬でティラの額にある傷を消毒して、その上から包帯を巻きつけた。
「これでよしっと」
「も・・もうしわけないです・・・」
「そう思うなら今度から気をつけろ」
シュンと落ち込むティラにぶっきらぼうにそう言い放つと、ライトは「さーて、飯にするかー」と言いながら背を向けて歩きだした。少しして、ティラもライトの後を追いかけ始める。
しかし、ふと立ち止まると、ティラは額に巻かれた包帯にそっと触れた。しっかりと、そして優しく巻かれたそれにティラは幸せそうな笑顔を浮かべ、再びライトを追いかけ始めたのだった。