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青年は走っていた。羽織った黒いコートを風になびかせながら、青年は走っていた。

―――後ろに、大量の魔物を引き連れて。

「だーっもうちくしょう!しつこいぞあいつ等!」

後ろに目を走らせながら青年―――ライトは全力で走っていた。

彼が走っている場所はヴァーグパーク水族館の館内。

だがしかし、それは決して水族館の中心に向かっている訳では無い。

寧ろ逆で、彼は水族館から脱出しようとしていた。

 

ライトは水族館のバイトが終わり、ようやく腹を空かせた少女の待つ家に帰ろうと思い、中央ウォーターステージのフロアを横切ろうとしたのだが、その時彼は見てしまったのだ。

本来は自分に水飛沫を飛ばしてくる生意気なイルカのいるウォーターステージに、ファンタジーに出て来るような巨大な海蛇が咆哮しているところを。

 

海蛇はこちらに気付かずに悠々と泳ぎ出したのを見て、ライトはこっそりとその場を離れたのだが、その後は、いきなり周りにいたはずの人が消えるは、切り取られた世界がどーのこーのといった訳のわからないメールは来るは、これまたファンタジーの世界にしか出ないような魔物に追いかけ回されるはで散々なのだ(現在進行形)。

 

「しかも・・・」

ライトは全力疾走を維持したまま、コートのポケットから携帯電話を取り出して、メールの人物の言うスキルトレースの起動確認画面を出すと、

 

そこには、黒塗りの背景に大きな赤いバッテンが画面一杯に映し出されていただけだった。

「なんでこれだけ壊れてんだよ!?」

悲痛の叫びを上げながら、ライトは全力疾走中にも関わらず両手で頭を抱えた。

 

そう、先程逃げながら試したところ、チャプチャーの機能はきちんと機能した。通話やメールは、後ろからわらわらと追いかけてくるファンタジー以外には、いまだに誰とも会っていないから分からないが、恐らく大丈夫だろう。

だが、これだけ、一番の命綱となるスキルトレースだけが!なぜか綺麗さっぱりウンともスンとも言わないのだ。

日頃から何かと不幸に見舞われているが、さすがにこれには泣けてくる。

 

「ちくしょう・・・!こっちはバイト帰りで疲れてんのに、余計なことに巻き込みやがって・・・!」

相変わらず通路を疾走しながら、ライトは見えないメールの人物に悪態を吐いた。そうでもしなければやってられない。

 

『ギョギョギョギョギョギョッ!!!』

突然、後ろから走ってくるサハギンっぽい魚の1匹が、奇声を上げながら手に持っていた槍を投げつけてきた。

ギョッとしてライトは僅かに身を屈めると、その真上を槍が通過、頭の上の髪が数本散った。

 

「この野郎・・・!もう切れたぞ!喰らえそこら辺で拾ったレトロ爆弾!!」

ライトはそう叫ぶと後ろを振り返り、携帯のチャプチャー機能を起動。そこから、導火線に着火済みの丸い爆弾が出現し、ライトの手に乗っかった。

ライトはそれをそりゃぁあっ!!と追いかけてくる魔物の群れの中心へ放り投げた。

 

一拍おいて、魔物の群れの中心部から光が炸裂。爆音と共に、十数匹いた魔物が一斉に吹き飛んだ。

「わははは!!ざまーみろ魚がぁ!!・・・って、は?」

勝利の笑い声が、唐突に疑問形に変わった、その先―――魚を吹き飛ばしたさらに奥の通路から、今吹き飛ばした魚を一回りほど大きくした魚の群れが出現していた。しかも武器もなんかゴッツイ。

「う、うーん?これは・・・うん。あれだな」

ライトは困ったような思案顔で首を傾げると、突然回れ右をして、再び走りだした。

「勝てるかーーーー!!!」

ライトの行動と示し合わせたように、魚たちも奇声を上げながら、武器を振り回して追いかけてきた。命賭けの鬼ごっこは続行である。

 

 

一方そのころ、クリアのチームは、水族館にいる大型のバグを倒すべく、館内の通路を進んでいた。

「早くしないとアイン先生が・・・!」

そう言うクリアの表情には、焦りの色が見えた。

アインはああ言っていたが、100対1ではあまりにも分が悪すぎる。

つまり時間が経てば経つ程、その生存は絶望的になるので、一刻も早く大型バグを倒して加勢しにいく必要があるのだ。

「それはそうなんだけど、問題はどこにそのバグがいるのかよねー。ワールドマスターも、もう少し詳しく教えてくれたらいいのに」

「大型とか言う位だから、やっぱり広いフロアとかにいるんじゃない?ゲームみたいに」

「その可能性が高いのぉ。・・ん?ちょっと待つのじゃ。あれは一体なんじゃ?」

エミリアの言葉に一同が前方に視線を向ける。

通路の奥、そこから―――

 

 

ライトは走っていた。

後ろから迫りくる魚に、時折チャプチャーしていた水槽掃除用のブラシや箒やバナナの皮などを投げつけて、魚達がお返しだと言わんばかりに投げてくるゴツイ槍やら斧やら剣やらを冷や汗を掻きながら紙一重でかわし、とにかく水族館から脱出するべく奔走していた。

「くっそ!切りがない!しつこい奴は嫌われるって教わらなかったのかこいつら!ってぅおお!?」

悪態を吐きながらチラリと後ろを見た途端、目の前に槍が飛んできて慌てて首を逸らす。

槍は見当違いの方向に飛んで行き、近くの壁に突き刺さった。

 

それに一瞬だけ目を向け、何十分も全力疾走してる割に未だ元気そうなライトは、十字路の壁の案内板『→ 水族館出入り口:駐車場』の言葉に従い、右の通路に飛び込んだ。

後ろにいた魚もそれに習い右へ突撃。

 

本当に切りがない。と走り続けるライトの前方、奥の通路から、突然複数の男女の声が聞こえてきた。

魔物の奇声ではない、人間の声だ。

 

その時ライトの脳裏には、「助けを求める」という考えも、「一緒に戦う」という考えも浮かばなかった。

彼の脳裏には1つだけ。

 

――――よし、全部押し付けよう!!

 

そんな普通の人なら考えつかないような、無責任かつ腐った考えだけが浮かんでいた。

 

そうと決まれば話は早い。

 

ライトは後ろの魔物の群れを見て驚いている少女の横をすり抜けると、そのまま走ってくる彼を唖然と見ていた後ろの人達もすり抜け、そのままダッシュダッシュダッシュ。

 

『え・・ええぇぇええええええ!!!???』

 

背後から先頭にいた少女の悲鳴が聞こえた気がしたが、こっちも大変なんでそっちはそっちで頑張ってネと、まるで他人事のように思いながら、ライトは全力でその場を離れた。

 

 

―――ちなみに、その後、駐車場にいた30匹以上の魚に追い回され、その場で戦っていた男の目を丸くさせることになるのは、また別の話。