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ガチャリとドアを開け、彼は羽織っていたコートを脱ぎながら部屋へと戻ってきた。

「あ、どちらに出かけておられたのですか?」

若くしてこの組織を立ち上げ、そしてここまで巨大化させたカリスマ性を持つ彼は何時も通りにこやかな、それでいて手の内を決して晒さない笑みを浮かべている。

恐らく今回の作戦に関しての何かを行ったのだろう。配下の者に任せるだけでなく、自らも密かに出向き確実性を高めるのも彼の成功の秘訣だ。

「なに、少し種を仕掛けに行っていただけですよ」

私の予想通り、やはり何らかの手を加えてきたらしい。そう言いながら脱いだ彼のコートをおもむろに受け取ると、ふと思い出したように彼は私に聞いてきた。

「ところで、あの作戦はそろそろですか?」

「はい。もうまもなく開始されるはずです」

懐中時計を確認すると、作戦の開始まで残り十数分。それを聞いた彼は満足気に

「そうですか」

そう言って椅子に腰を下ろし、机の上に置いてある本を手に取ると

「さて・・・お手並み拝見といたしましょう」

そう言い、まるで獲物を狙う獣のようなギラリとした目を一瞬だけ見せると、私が1度瞬きをした後には既に元の柔和な顔に戻り、のんびりと本を開いていた。

 

***

 

「おらぁあああ!!」

ガキィン!という硬い物と硬い物がぶつかり合うけたたましい音が通路に響き渡ると、

思いきり振り抜いた黒金ノ剛爪が弾き飛ばされてライトは思わず舌打ちをした。

「くっそ、おいお前!聞いてないぞ何あの硬度!?硬いにも程があるだろ!?」

「こっちに当たらないでくださいよ!?私だって知らなかったんですから!」

「おいおいちょっとあんた等喧嘩してねぇで真面目に戦えよ!?」

「ええいうるさい!今消えてるじゃねえか攻撃したくてもできないんだよバーカ!!」

「バカだとこの野郎!馬鹿っつった方が馬鹿なんだぞバーカ!!」

お互い本来の目的を忘れて乱闘を始めそうな2人を見て、隊員はあわてて仲裁に入った。

「ちょ、ちょっと落ち着きましょうよ?ほら、来ますよ!」

隊員の言葉にピタリと口論を止め、その隊員の示す方向へ視線を向けると、ゆらりとまるで陽炎のように空間が揺らぎ、そこに居たものの輪郭を露わにした。

半透明の巨大なカメレオン。それを一言で言い表すならばまさにそれだった。

でっぷりとした体格にしては控えめな、器用に折りたたまれた翼。

顔の側面についた一対の目の鼻先では、発達した鋭利な角が威嚇的に光っている。

暴食水竜ゼルド・バオアクード。

今まさにライト達と戦っている、この依頼の目的であった大型の魔物である。

 

その外皮は先ほどのライトの一撃を受け止めたように、刃を跳ね返す硬さと柔軟性、そして弾力性を合わせ持つ、まさに非常識といえるような鎧の役割を果たしていた。

加え、そのステルス能力は話に聞いていた通り厄介で、姿を消している最中に実はライトは2回ほど舐められた(物理的な意味で)

さすがに腹が立ってくるというものである。

 

「へっ何だ、大口叩いた割にはビビってんのか!?」

鋼の大剣、バスターソードを構えた隊員がライトに向かって叫ぶ。

それを挑発と受け取ったライトは凶悪な笑みを浮かべて

「・・・はっ冗談!これぐらい強ければ殺りがいがあるってもんだ!」

心底楽しそうにその隊員に言い放った。それを聞いた隊員は頷き、

「よし、じゃあ今度は俺とお前で同時に攻撃するぞ。一点にダメージを集中させればあの皮を破けるはずだ」

「乗った」

提案に乗ったライトはその隊員と頷き合い、改めて大剣と双剣を構えなおした。

ライトが前で、バスターソードを持った隊員が後ろ。それぞれの配置についたところで、後ろの隊員が言う。

「1・2・3で行くぞ。せーの、1、2、3!!」

隊員の合図と共に黒金ノ剛爪とバスターソードが同時に振るわれ、そして―――

 

***

 

「・・・え?支援士になった理由・・・ですか?」

ライト達のグループと分かれてしばらく経った時、ティラは1人の隊員にそんなことを聞かれた。

暇潰しに話題を振ってみた程度のつもりだったようだが、ティラは少し困ったような表情を浮かべて口ごもった。

やっぱり正直に言うべきでしょうか、でもあんまり言いたくないから何か別の話題に振って誤魔化した方が・・・でもいやいや。と自分の思考に埋もれてうんうんと悩むこと数分。

質問をした隊員は怪訝そうな顔でティラの顔を覗き込んだ。

「・・・あの?」

「うひゃい!?あ、は、はい。おっけーですよ別に隠すことでもないですよね!?」

「いや、まだ何も言っていませんが?」

隊員の冷静なつっこみに、ティラの顔が真っ赤になった。

「あ、あぅぅ・・・」

真っ赤になって俯いたティラに隊員は慌てて「あ、ああ別に無理をしなくてもいいですよ」と気を利かせてくれたが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

だがしかし、恥ずかしさでぐるぐると回る頭の中に『本当に大丈夫か?』と不安げ・・・というよりは怪訝な表情をするライトの顔が浮かんだ瞬間、ティラはガバァッ!!と勢いよく顔を上げて見ていた隊員を驚かせた。

 

「うおっ!?ど、どうしました?」

「いえ全然大丈夫ですよ。寧ろ全然問題ないです。あんな顔されて堪るかってんですよ!見てろ今日こそ見返してやるー!」

何やら変なテンションになって変に男らしい発言(内容は理解不能)をするティラを見て軽く困った隊員は、とりあえず放っておくことにしたようで、そそくさとその場を後にした。

 

「ねえ、リーちゃんもそう思うよね―――って、リーちゃん?」

その後、しばらくの間1人物思いに耽り(というか思い切り口に出していったが、つっこむ者は周りにいないので問題無し)ふと気がついたように隣にいる少女に目を向けると―――

今の今まで隣にいたはずのリインが、いない。

ティラは慌てて辺りを見渡したが、それらしい姿を見つけることはできなかった。

今度こそ、ティラの額に嫌な汗が浮かんだ。

一体どこに行ってしまったんだろう?

そう思っていると、その視界の隅で動く集団を目にした。

こそこそとする明らかに怪しい集団が、洞窟の奥へと向かっているところだった。そしてティラは見た。その集団の中に、男に抱えられていく少女の姿を、

「リーちゃん!?」

その大声の主に気付いた集団は、慌てた様子もなく奥の通路へと消えていった。

自分も行かなければ、と奥の通路へ走り出そうとしたティラを2人の隊員が止めた。

 

「ティラさん大丈夫ですよ!私達が助けに行きますから!」

その言葉を合図にしたように、他の隊員達が怪しい集団が進んだ通路へと走っていく。だが、

「いいです!私も行きますから手を放してください!」

そう言ってティラは抵抗した。そうなのだ。私がきちんと見てなかったからこんなことになったのに、1人だけのんびりと待ってなんかいられない。

「いいや、もしものことがあったらどうするんですか!?ここは私達に任せて―――」

「だから私も行きますってば!はーなーしーてー!」

しつこく止めようとする隊員に、邪魔すんなこのやろーという意味も込めて杖をぶんぶんと振り回し、ついでに隊員の頭をどつきつつ奥へ走ろうとすると、隊員の1人が舌打ちをし

 

「クソッ!!」

隊員の手から逃げるように暴れるティラを止めるために、隊員はティラが両手で振り回しているティタノマキアを強引に掴み取った。その瞬間―――

「ほら捕まえたぞ!さあ大人しく―――」

『エントリーされているマスター以外の接触を確認。<スタンガン>起動します』

ティタノマキアから―――正確にはティタノマキアを握っている男の手の部分から、凄まじい電光が迸った。

「!?ぐわぁあああああ!!??」

杖を握る手を介して男の全身に迸る電撃。続けざまに響く叫び声。そしてマキア自身が放電の出力を上げているのか、感電する男の全身からも雷光が走り、その周囲にいた者達をも巻き込んだ。

『マスター。今の内です。逃げてください』

「マキちゃん!?何で・・・」

『彼らの行動は明らかに妙です。彼らは私が押さえるので、マスターは今の内にライトへこのことを伝えてください』

「ダメだよ!そんなことしてたらリーちゃんが誘拐されちゃうじゃないですか!?」

そう言ってティラはティタノマキアの制止の言葉を無視して通路の奥へと駆けて行った。

 

 

「リーちゃん!!」

しばらく進み、そう呼びかけながら通路を曲がった途端、先程の怪しい集団と鉢合わせした。その中には、何故かさっき人攫いを追いかけて行った隊員の姿もあった。

「え・・え・・・??」

しばし理解できずに唖然とするティラに、その怪しい集団の奥の方から聞きなれた声が聞こえてきた。

『がおー!!』

『こら暴れるんじゃねえ!!』

『がぉ・・むぐー!!』

「リーちゃん・・・?」

声のする方向に半ば反射的に目を向けると、

集団の奥の方で激しく抵抗するリインに、男が布のような物を押し付けているところだった。

リインの口に押し付けられたそれには睡眠性の薬品でも染み込ませてあったのか、暴れていたリインはしばらくして意識を失い、力無く自身の体を羽交い絞めにしている男に預けてしまった。

「り、リーちゃんを放して下さい!」

思わず叫び、男に抱きかかえられたリインに駆け寄るが、男は駆け寄って来る少女をそのまま後ろへ突き飛ばした。

「痛っ・・・!?」

後ろに倒れこんだ拍子にどこかを打ったのかティラは顔をしかめて呻いたが、しかしその足元に影が射しかかったことではっと顔を上げると、そこにはリインを抱きかかえた男とは別の男が立っていた。

ティラを上から見下ろした男は後ろにいる男の抱きかかえたリインを横目で見ると、腰からナイフのような刃物を取り出してこう言った。

「『クリア』は確保した。後は、こいつを始末してしまえば事は済むな」

 

***

 

―――ガキィン!!

金属同士がぶつかり合う不協和音が通路中に広がる。

隊員のバスターソードと、ライトの黒金ノ剛爪。

背後から青年の頭上目掛けて振り下ろされた大剣は、予め分かっていたとしか思えない反応速度で振られた双剣によって受け止められていた。

「え?」

しかしその事態に驚いたのは、攻撃を受けた青年よりもバスターソードを振り下ろした隊員の方だった。

その困惑している隊員を見たライトは不敵に笑い、口の端から平均よりもやや大振りな犬歯がのぞく。

「全方向への自在な防御が双剣の特徴の1つだ。覚えておいて損はないぞ?」

そんな余裕の態度で双剣の長所について語っている内に隊員も平常を取り戻したのか、その表情が苦々しいものに変わり、「うおおっ!」という力んだ掛け声とともにバスターソードを握る手に力を込めて双剣ごと青年を叩き斬ろうとした。

だが、その程度の事では双剣も青年もビクともせず、さらに隊員の無駄な悪あがきをあざ笑うように、双剣の硬度に負けたバスターソードの刃が双剣との接触部分からひび割れを生じ初めた。

「ああ、それからもう1つおにーさんからアドバイスだ」

バスターソードに生じたひび割れを見た隊員が顔を引きつらせた瞬間、ライトは双剣を振り抜いて隊員のバスターソードを上部へと弾き飛ばし、大きくバンザイの格好をさせられた隙だらけの隊員へ片腕の双剣を振るい―――

「オレを殺したかったら、最低でも殺気くらい隠しやがれ」

ゴンッ!と双剣の柄で隊員を打ち据えた。

その一撃を受けた隊員は大きく仰け反りながら近くの壁に激突し、ぐったりと動かなくなった。

「まあ、殺気を隠したくらいじゃオレは殺せないけどな」

剣の背で肩を軽く叩きながら、ライトは気軽な様子で崩れ落ちる隊員と―――そのまわりにいた隊員に向かってウインクをした。

その様子を見た数人の隊員が一斉に殺気立って各々の武器をライトに向かって構え出すと、ギョッと目を瞠った他の隊員が思わず叫んだ。

「え?え?こ・・これは一体どういうことですか!?」

「まあ見たまんまだろ。よーするにあそこの連中の目的は化け物討伐でも洞窟調査でもなかったわけだ」

状況が把握しきれずに戸惑う隊員達に比べ、まるでこういう状況には慣れているとでも言わんばかりにライトは向けられた武器とそれを持つ隊員を眺めると、あることに気付いて少し驚いたような顔をした。

「あんたにゃ悪いが・・・大人しくくたばってくれ」

「・・・それは別にいいんだがなー・・・、いいのか?余所見してて」

そう注告して「は?」と隊員が怪訝な表情で首を傾げた瞬間。横薙ぎに振るわれたあるものによって、その隊員は大きく吹き飛ばされた。

吹き飛ばされた隊員は岩床を数回バウンドした後にその先にあった海と直結している水辺に盛大に水飛沫を上げて落ち、そのまま浮かんでこなくなった。

 

隊員を吹き飛ばしたあるものは、その持ち主の元へと帰っていく。つまり―――

「あーあーだから言ったのに。それにしても舌であの威力か、ホントに面倒だなー」

ゼルド・バオアクードの口の中へと。

半透明な姿で出現したゼルド・バオアクードは、先程舌で薙ぎ払われた隊員の少し後ろに鎮座していた。

その双方の瞳は忙しなく動き、次なる獲物への狙いを定めていた。

そしてぐるりと近くにいたライトに武器を向けた隊員達の方へと顔を向けると、一度舌ずりして、その図体とは思えないような速さで隊員達に襲いかかった。

 

怒号と悲鳴の入り混じった戦場を横目に、ライトはのんびりと周囲にいた10人程の隊員に目配せをすると

「さてと、これでゼルドが向こう側さんを全滅させてくれても、向こう側さんが奮闘してゼルドを倒してくれてもこっちが得する楽な状況ができたなー」

そう気楽そうに言って近くの壁に寄り掛かって戦場の観戦なんかを始めた途端、戦場から離脱した隊員がこちらに向かって剣を振りかざした。

「死ねぇえええ!」

「おっと」

渾身の力で振るわれた一撃を横にずれて避けると、目標から逸れた一撃は岩壁を勢いよく叩き、その衝撃で剣は中ほどからぽっきりと折れると、

隊員は苦い顔をしてそれを投げ捨てて腰につけていた予備の短剣を引き抜き、切っ先をこちらに突きつけた。

それを見たライトは寧ろ呆れたようなジト目で隊員を見て口を開く。

「はぁ、しつこいぞ。それでオレに勝てると思ってんのか?」

「はっ!よゆーぶっこいてんじゃねぇよ馬鹿が!」

「・・・ん?」

「今頃は向こうの仲間が邪魔なガキを殺して『クリア』を回収しているはずだ!」

 

・・・何?

邪魔なガキ。その単語にピクリとライトが反応したのに気付かず、隊員は続ける。

「へっ!後はてめえが誰も守れねぇで惨めにここで死んだら全部終わ―――」

勝ち誇った笑みを浮かべて叫ぶ隊員に、突如ズンッという鈍い衝撃が走った。

それの正体を確認する間もなく隊員はその場に崩れ落ち、その体―――正確には左胸の心臓のある場所のど真ん中に、黒光りする水晶剣が生えていた。

 

「―――予定変更だ」

 

倒れた隊員の胸から無造作に投げ放った剣を引き抜いた青年―――ライトは、先程の気楽な態度が嘘のように、誰も見たことのないようなどす黒い感情の籠った無表情で独り言のように呟いた。

 

「邪魔する奴ら全員潰して、さっさとあいつらの所へ行くぞ」

どす黒いオーラを纏うその姿に戦慄が走る中、1人の隊員が反射的に聞いてくる。

「で・・ですが、ゼルドはどうするのですか?いままでずっと苦戦していたのに・・・」

そう、今現在、自分達のいる位置と来た道を戻る為の通路の間に、未だゼルド・バオアクードと隊員達の戦闘が繰り広げられていた。

「ん?・・・まぁ、問題ないだろ」

隊員の問に何かのスイッチが入ってしまっているライトは何でもないようにそう答えると、黒金ノ剛爪を腰の鞘に収めながら「こんな所で使いたくなかったんだがなー」とぶつぶつと呟いて、着ているコートの留め具を上から順番に外していき、腕を交差させて開いたコートの内側へと突っ込んだ。

 

「よろこべお前等。ライトさんの『とっておき』を見せてやる」

コートの隙間から覗くのは、紅い不可思議な模様が刻みこまれた2本の黒い鞘。そしてその鞘に収まる2本の長剣。

 

ライトはその感触を懐かしむように力強くその長剣の柄を握り締めると、まるで剣の封印を解くように一気に抜き放った。

 

「さあ出番だ。ストゥームブリンガー、モーンブレイド!」

 

***

 

「え・・・?あ、あの始末って・・・それに何で刃物をこっちに向けるんですか?危ないですよ?」

「知る必要はない」

ティラの戸惑いをそう一蹴すると、ナイフを持った男はティラへと1歩歩み寄る。周りにいる他の人や隊員もそれを止めないで見守っている。もしかしてものすごくヤバいのでは・・・?と、ティラは今更になって焦り始めた。

だが焦れば焦るほど、その動きを制限し、ティラはまともに動けなくなっていた。どうしよう。早く逃げなきゃ。そう頭では思うものの、体は一向に動いてくれない。

そうこうする内に男はティラの目の前まで距離を詰め、今まさにナイフを突き立てようと身構えた。―――だが、

 

その時、

 

ぽたり、と、

 

リインを抱きかかえていた男の肩に何かが垂れてきた。

その何かは、男の肩部に垂れるや否や、

ジュウッという音と共に服を溶かし、辺りに服の溶ける嫌な臭いが充満した。

男は何が起こったのかよく分からずに、怪訝な顔のまま、何かが垂れてきた天井を見上げると、

そこには、化け物がいた。

 

でっぷりと太ったカメレオンのような体、不思議な光沢を放つ外皮、鼻の先で威嚇的に光る角。

その化け物は、顔の側面に付いている一対の眼をギョロリと男に向けると、再びその口からはべたべたとした唾液が滴り落ちてきた。

 

「ゼ・・ゼルド・バオアクードだぁあああああ!!!!」

叫ぶや否や、男は抱きかかえていたリインを壁際に放り投げて、自身も横に飛び退った。

そのタイミングに合わせるようにゼルド・バオアクードは今の今まで男が立っていた場所に飛び降り、反応が遅れて「え?」という戸惑った表情を浮かべた別の男を押し潰した。

ドンッという鈍い衝撃が通路を揺らし、岩床が踏み砕かれ、キラキラと岩の欠片が輝いた。

何の冗談か、片方だけゼルド・バオアクードの体の下から生えている血だらけの手が、しばらくの間痙攣するようにぴくぴくと動いていたが、やがて力尽きたようにパタリと手首が垂れさがり、それきり動かなくなった。

 

「ちくしょう!!何でゼルド・バオアクードがこっちのルートにいるんだよ!?こいつは向こうのルートにいるはずだろぉが!?」

「まさか、2体いたのか!?」

「ちょっと待て!これじゃ計画が違うじゃね―――」

 

―――ギュロロロロォォオオオオ!!!!

 

しかし、男の文句はゼルド・バオアクードの放った咆哮で遮られ、戦慄が男達の体を支配したのが分かった。

 

今がチャンス・・・!とティラは投げ出されたリインの元に駆けだした。他の男たちはゼルド・バオアクードに気を取られていて未だにティラの事には気が付いていない。

あと2,3歩、手を伸ばしたら届きそうな距離まで詰める。残り1歩―――、

と、そこへ体の硬直がいち早く回復した男は、後ろの異変に気付き、

「何してんだオラァッ!!」

 

ドンッ!とティラの腹部を靴先で思いきり蹴りあげた。

 

あと数センチ、という所で、不意に腹部に受けた重い感覚と浮遊感に視界がぐるりと一転したティラは、次に気がついた時には思いきり壁に体を打ち付けて地面に転がっていた。

「あぐっ!・・が・・、ゲホッ、ケホッ・・・」

あまりの激痛にその場でうずくまるティラに、男はさらに横腹へ一撃をいれた後、ようやく硬直が解けた他の隊員に向かって叫んだ。

 

「お前らボーッとつっ立ってんじゃねえよ!作戦は終わってねぇ!ゼルドはそっちで何とかしろ!俺は『クリア』を回収する!そこのお前はそこのガキを消せ!!」

 

男の指示に近くにいたガラの悪い男は頷くと、大振りの鉈を取り出してティラの元へ歩み寄り始めた。

 

それに気付いたティラは激痛の続く体に鞭を打ち、必死の思いで上体を起こして尻もちをついたまま後ずさった。しかし、やがて洞窟の壁によって逃げ道は閉ざされる。

凶器を片手に握りしめた男がどんどんと近づいてくる。

「ゃ、ヤです・・・。こ、来ないで下さい・・・」

震える声でそう呟くティラの瞳は涙で濡れていた。

腹部から断続的に伝わる鈍痛と、目の前から向けられた刃と放たれる殺意による恐怖は、ティラの思考を白濁させてしまうには十分なものだった。

なんで、なんでこんなことになったのか。そんな答えのない問だけが頭の中をぐるぐると廻る。

しかし、そんな少女をあざ笑うように、ついに男の影が目の前に立ち塞がり、

「じゃあな。あばよっ!」

言葉と共に振り下ろされる鉄の一閃。

恐怖に見開かれた瞳に、振り下ろされる男の凶刃が映しだされ、その刹那、いつも傍にいてくれた人の顔が浮かんだ。

ライト・・助け――――

 

しかし、そんな少女の思いは青年に届くこともなく、少女に凶刃が振り下ろされた。

 

ズシャッ、という鈍い音が聞こえ、

 

―――そして、少女の白い外套に、大量の紅い血が飛び散った。