※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。


「これ。あげるね」
「これは?」
「わたしと、最初に仲良くなってくれた、お礼だよ」


 渡されたのは、銀十字のロザリオ。
 それを手に取って、眺めた。
 彼女は「お揃いだね♪」と、笑いながら言う。
 だが・・・・・そう、孤児には勿体無い品。


「でも、銀細工だなんて・・・」
「ううん、気にしないで。あっ・・・それとも、迷惑・・だったかな・・・? ・・・ゴメン、ね」


 困惑するオレに、彼女は伏目がちになる。
 そんな、悲しそうな目をしないで欲しい。
 彼女の居場所が無いだなんて、そんな風に思わせたくは無い。
 だから、オレは慌てて言った。


「そんな事ないよ!! ただオレにはさ、ホラ、高価すぎるから。びっくりしちゃってさ。アリガトな」
「良かった・・・」


 その言葉で、ホッと彼女は一息をつく。
 だけど、オレはその後で、いつものように彼女を突っぱねる言い方をした。
 ・・・・そう、それはオレと彼女の大きな『壁』。


「だけど、何時までもオレに会いに来るのは良く無いよ。貴族が、孤児と関わってるのを良い目では見ないだろ?」


 そう。『小汚い孤児と関われば、貴族の綺麗な服が汚れる』。
 もちろん、シスターエルナの監修の元、個々人で洗濯や教会内の風呂場を使う等など、その辺りはしっかり行われているから、そんな事は決してない。
 ようは、イメージの問題なのだ。昔からそういった『イメージ』を、貴族達は持っている。
 だけど、彼女はいつものようにゆっくりと首を振った。


「わたしは、そう思わないから」
「だって、ただでさえお前、苛められやすいっていうのに、更に自分で種を蒔いてどうするんだよ」


 そんな、いつもの話し。
 だけど、そんな風にオレが聞けば、
 彼女はいつだって、


「でも、困った時はヴァイが助けてくれるから」


 笑顔で、そう言った。
 もちろん、何時だって彼女が困れば守ってやる。
 だけど、


「・・・・」


 だけど、そんな風に言われると、頼られると、
 なんだか気恥ずかしくて、思わずからかいたくなる。


「ねぇ。ヴァイ、ヴァイ・・・もー!! また無視してー!!」


 だから、オレはそっぽを向いて、聞こえないフリをした。
 だけど、彼女もそれを知っているから、服の裾を引っ張って、彼女はオレの名前を呼び続ける。




 ・・・・・ただ、今は、それがありがたかった。




 今、もしも彼女の顔が見えていたのなら、間接的にこれを夢見ている今のオレは、絶対に耐えられない。
 罪悪感に、飲み込まれる。
 ・・・あれから、もう二年だ。
 ブレイザーの身分でありながら、聖女の器を護衛する教会の指名依頼を受けてから。
 ――――あの事件から・・・・・








―リエステール借家区・ヴァイの家―


「ヴァイ、ヴァイ」

 そっと身体をゆすられ、心地の良い朝の空気と共に、オレは意識を覚ましていく。
 だけど、頭がまだ眠くて、起きたくはない。まだ、支援士の朝には早い。
 布団の中に潜り、声のする逆方へもぞもぞと逃げるように行く。

「ヴァイ。起きて」
「悪いが、少しは寝かせ・・・」

 と、そこまで言って気付く。
 ・・・・今のオレに、『起こしてくれるような人間など、居無い』

「だ、誰だ!!!!??」

 一気に目が覚め、驚き飛び上がり、構え、警戒をする。
 その声のした方を見ると・・・

「やっほ」
「え、エルナ・・・さん」

 がくり、と力が抜け、オレは項垂れる。
 いや、確かにエルナさんはこの家の鍵を持っている。
 正確に言えば、好きな時に遊びに来れる様ケルトに渡したら、
 エルナさんはそれを盗んで、自分の知り合いのクリエイターに鍵を複製させ、
 そっと元の鍵をケルトの荷物に戻す。という極悪な事を行ったために、持っていると言える状況なのだ。

(鍵の複製は誰にさせたんだったか・・・)

 呆れ笑いしつつ、頭を抱えて思い出す。
 確か、後にエルナさんから笑い話で聞いた時に言っていたのは・・・

『えーっと、わたしの知り合いのクリエイター・・・ってよりも、十六夜出身の『黒の錬金術師』さんねー。製薬専門の人なんだけど、「同じクリエイター系列なら作れんでしょー!!」って言って、無理やり作らせちゃったー♪』

 だった筈。
 ・・・まあ、彼女が鍵を何か悪い事に使う事など無いから、そのままにはしているが・・・

(少なくとも、人様に迷惑だけはかけるなよ・・・)

 と、内心涙しながら嫌な過去を一つ思い出す。
 いや、彼女のことだ。きっとその錬金術師に色々無理言っているんだろう。

「うーん。この家に入るのも六ヶ月ぶりだなぁ」

 キョロキョロと、家と言っても一部屋に椅子とテーブル、水道に保存庫しか無い部屋を見渡しながら、
 エルナさんは懐かしそうに笑って、窓の縁を指でなぞり、埃をすくった

「つか、なんでエルナさんがこの部屋に居るんだよ・・・」

 そのオレの問いに、フッとエルナさんは埃を吹いて床に落とし、

「そんな事わざわざ言わせないで。・・・昨日は、あんなに凄かったのに」

 頬に両手を添えながら、うっとりとした口調で言う。
 騙されん。オレは騙されんぞ。
 この口調と表情は、確実にからかっている時の顔だ。
 だから、それにオレは慌てる事は無い。

「あー。ハイハイ。それはもう良いから。本題に入れ」
「むー・・・少しはノッてくれても良いじゃない。・・・昔はもっと慌ててくれたのに」
「そう何度も通じるかっつの」

 随分前から同じネタなど何回もやられている。
 今更慌てようもないだろう。

「で、何の用なんだ?」
「んー・・・・」

 しかし、何の用なのか、エルナさんは唇に人差し指をあてて、考え込んでいる。
 まあ、折角目が覚めたのだし、エルナさんも本題に入る様子が無いので、オレは起き上がって服を持った。

「まあ、急ぎの用なら直ぐに聞くけど。そうでもないなら、風呂に行かせて貰うぜ」

 エルナさんにそう声を掛け、オレは家のドアを空ける。

「あ、別に大丈夫よ。戻ってくるまでは部屋で待ってるから」
「・・・判った」

 その返事を聞いて、家を出る。
 直後、オレは「はぁ・・・」と、ため息を付いた。
 待つ。と言っても、彼女のような性格の女性が『ただ待っている』などという事が在るだろうか? いや、無い。
 どうせ、風呂に入っている間にタンスやベッドの下などを物色する気なのだろう。

(何も出て来無ぇよ・・・)

 ある種、エルナさん自身が一つのトラウマだ。
 そういった事に全く興味が無い。と言う訳ではないが、そういった雑誌の類には、一切興味が沸かない。
 いや、興味が沸かない。というのは語弊だろう。つまり、『外見』と『中身』の差を思うと、どうにも手を付ける気にはならないのだ。
 そう言うのが発掘される事を期待するなら、グリッツの部屋を物色したほうが良いだろう。
 いや、アイツの部屋なら物色などしなくとも、その辺の床に聖女の癒し手アリスキュア魔法少女ウィッチの衣装を着た風俗女子の被写体が写っている雑誌などゴロゴロしているだろう。

(アレはアレで病的な気もするんだがな・・・)

 一方で、ふと思い出す。
 一番、そう言うことからかけ離れていそうな人物の事を。

(・・・・ケルトって、どうなんだ・・・・?)




 風呂。それは、貴族達の家にだけ在るようなモノ。
 だが、一般民が風呂に入れないか。といえば、そうではない。
 確かに、風呂というのは、貴族達にとっては一つの『ステータス』であるのだ。
 客を家に招きいれるならば、確実にその客を持て成す項目に『風呂』を入れる。
 それは、『持て成し』というよりも、一つの『自慢』である。
 言うなれば、庭や池、玄関、食事部屋。そして、風呂。この五点は、貴族が他の貴族に自慢をする場所の最もとするトコロであった。
 ・・・とまあ、貴族にとって風呂の扱いというのはそんな感じだ。
 だが、そう言ったところから、一般民にも利用できる『お風呂屋さん』というシステムが運用されたのは、随分昔の時代にまで遡る。
 その頃は、『全員に開放される』というトコロから、男も女も見境無く、湯の中で身体を洗い、定刻ごとに湯を仕替える。そのようなシステムだった。
 だが、そこには一つ弱点があった。
 もともと、運営するにもスペースの少ない風呂屋。男と女を分けるスペースも無く、それゆえに、見境無く入れていれば、そこは一つの『売春』の機能を持った場所となってしまったのだ。
 その行為がエスカレートしていき、乱交、暴力沙汰など、風呂屋は表世界の商業から、裏社会の商業へと変わってしまったのだ。
 更に、その事から親が誰かも判らぬ子が増加。孤児を引き受ける教会も限界に近く、
 路頭に赤子が殺されている等、街々に多くの衝撃を与えた。
 その事から、教会は、風呂屋を『人の精神を堕落させ、多くの子の命を奪う恥ずべき商売』と告げ、
 自警団の協力の下、風呂屋を運営していた者達を捕らえ、厳しく規制した。
 その事から、一般民における『風呂屋』というシステムは無くなるかのように思われた。
 だが、教会は『風呂屋』を否定はしたが、『風呂』自体を否定する気は無い。という意見を自警団に告げたのだ。
 教会の書物に残る聖女アルティアのことだが、王城の中に在る風呂場を好んで使っていた。という事があり、
 誠に下らない話ではあるが、『風呂』と言う事を否定すれば、アルティアの趣味を否定する事になり、それは教会として良く無い状態になるのである。
 その話し合いの結果、ようは『混浴』というシステムから、この悲惨な状況になったのだ。というトコロから、
 風呂屋には『男専用風呂屋』『女専用風呂屋』という『性別限定制度』を付け、
 時を経て、それなりに風呂屋もスペースを得ることが出来るようになり、一つの風呂屋が、『男風呂』『女風呂』と分けるようになり、
 そして、現在に至る。という流れである。


 まあ、ようは、此処が今の風呂は混浴などではなく、男性しか入らぬ銭湯のスペースだって事だ。


 また、とあるクリエイターが『十六夜』の風呂を利用してから、『私達のトコロもそうした方が便利だ』と仲間に言って伝え。
 その内に、『身体を洗って、お湯で身を温める』というルールが定着していった。というのが、今の風呂屋のシステムであるといえる。




「ふぅ・・・」

 借家の共同風呂に入り、身体を洗った。
 そして湯につかり、オレは昇る湯気を見上げた。
 朝に風呂に来る。と言うことは珍しい。
 というか、この借家を利用している殆どが支援士であり、且つ、朝は遅い。
 風呂は大抵夜に入る。
 もちろん、男風呂と女風呂に別れてはいるが、その大きさも片方五人が入れば一杯一杯な状況だ。
 ・・・まあ、そうは言っても、順番待ちすりゃ言いだけの話なのだが。
 そんなワケで、まず朝に入るなど、オレみたいに誰かさんに無理やり起こされない限り無いのだ。
 そう、まず、無いのだが、


 ガラリ。と


 銭湯の男風呂が開く音がした。

(・・・ちっ)

 正直、あまり他人と馴れ合うのが得意じゃない為に、オレは極端に早く来るか遅く来るかで、殆ど人と一緒に入らないようにしてきた。
 もちろん、一緒になる事もあったが、此方から馴れ合いを仕掛ける事も無い。
 ただ、誰かがいればそれだけでゆったりと湯につかる事も出来無い。というのが少々腹立たしい。
 ・・・・まあ、これがグリッツなら少しは話など出来ただろうが、湯気の影は、グリッツのハネッ毛では無かった。

(・・・?)

 と言うより、男にしては妙に体つきが柔らかく、言うなれば、ボンキュボン・・・・・・・・・



 …・・・・・・ ・ ・ ・  ・  ・  ・   ・   ・   ・   。



「はぁぁぁぁぁああ!!!???」
「やっほー」

 そこまで考えて、始めて気付いた。
 その影こそ、いや、そこに居たのは、シスターエルナ。本日二回目

「お、おまっ・・・!!!」

 朝には一切見せなかった動揺を、今度はモロに出す。
 いや、確かに相手はバスタオルで身体を隠しているし、湯気で見え難いというよりもオレが直視して無い。
 しかし、言うなれば相手はタオル一枚なのだ。
 つか、『旧風呂屋システム』を否定した教会の人間がんな型破りな事あって良いのかオイ!!!??

「? 何?」

 とりあえず、相手が相手なので、言おうとした言葉を全部引っ込め、

「アンタ一体何考えてんだ!!!!」

 そう思いっきりそう言って、オレの現状に気づいて、急いで自分のバスタオルを掴んで、湯の中につける。
 いや、我ながら良く声を抑えたモノである。
 この宿舎、一部屋が一人暮らし用で、その殆どがパーティを組まない支援士であり、同様にその殆どが『恋愛』だのなんだのとは少々縁の遠い位置に居る。
 もしコレで宿舎の住人達が風呂場に駆け込んできたなら、オレはこの宿舎に居られなくなるドコロか、そいつ等から輪廻の輪に送り還されかねない。
 そんなコッチの慌てぶりとは対象に、エルナさんは平然と惜しげもなく肌を晒し、

「ぶー・・だって、ヴァイの部屋全然面白くなかったんだもん・・・」

 と、膨れっ面をして、オレに文句を言ってきた。

「ンな事言われても知るかぁぁぁぁぁああ!!!! それに、だからって普通コッチに来るか!!?? 女風呂行け!! 女風呂!!」
「だから、折角だし一緒に入ろうかな♪ って」
「アホかぁぁぁぁあああ!!!!」




「んで、何の用なんだよ」

 結局、押され負けたオレは、エルナさんと一緒に入ることとなり、微妙な心境で風呂を上がり、今に至るというわけだ。
 しかも、ちゃっかり『掃除中』の立て札を使った辺りがもはや計算づくだ。侮れない。
 というか、この人は今、六か月分溜まった衝動を全て使い切ろうとしているに違いない。いや、間違いない。
 だからか、危惧しながらエルナさんにそう問いて、

「これからデーt」
「断る」

 即拒否する。
 そりゃあもう、あの時、リスティから護衛依頼をされた時以上の速さで。
 しかし、あの弟子あればこの師匠有りなのか、

「えー!! 何で何で!! 折角今日お休みだっていうのにー!!!」
「あーもー!!! 子供みたいに駄々こねてんじゃ無ぇ!!!」

 とまあ、こんな風にじたばたし始めたワケだ・・・。
 ・・・まあ、流石に『いい年した人』が。とまでは言えない。
 いや、現状でもそう考えた刹那に、エルナさんの周りの空気がガラッと変わり、凄みオーラが出ている。

「・・・今、何か思ったでしょう?」
「いえ、滅相も無いデス・・・」

 その言葉の後に、エルナさんは「ふぅ・・・」と、ため息を付き、「ボスッ」とオレのベッドの縁へ、腰掛けた。
 そして、一つ目を閉じて考え事をした後、急に真面目な顔になって、オレへと言った。

「・・・・気負わせたくないから言うのは嫌だったけど、ホントはヴァイに大切な話しがあるの」
「・・・・」
「だけど、ここで言うには辛気臭くなっちゃうし、とりあえず連れ出そうと思ったんだけどね・・・」

 その目に、凄みに、拒否する言葉を思わず躊躇った。

(・・・・大切な、事)

 確かに、エルナさんは意味も無くこんな事をする人か?
 ・・・いや、その辺は本音を言えば、時々『自分の思い通りにしたいだけ』、という事もあるので判断出来無いが、
 だが、こういう事で今まで意味が無かった事などあっただろうか?

「・・・判った」

 だから、オレはそう答えた。
 もしかしたら、聖女の器・・・リスティの話しかも知れない。
 何かがあってからでは、遅いんだ・・・。打てる手は、打っておくに限る。
 リスティが聖女の器であるなら・・・・・可能性は、絶対に否定出来無い。
 そこまで考えて、愛刀のフェルブレイズを装備した。
 ・・・・・・・・・・・・が、

「いやっほー!! やったー♪」
「・・・・・(怒怒怒」

 なんというか・・・・やはり、一杯食わされただけのような気がする。





―リエステール・センター通り―

「んで、何処に行くんだよ」
「酒場」
「はぁ!!?」

 今は朝だ。とは言っても、確かに店や酒場などは開いている。
 だが、真っ先に酒場という単語が出てくるとは思わなかった。
 ・・・・・いや、言葉が足りなかったか。
 『カーディアルトである彼女の口から真っ先に。』と言った方が伝わるだろう。

(しかも、カーディアルトの僧服のままじゃねぇかよ・・・)

 教会の人間が真昼間・・・じゃなくって、朝っぱらから酒を飲むというのは、果たして教会として示しが付くのだろうか・・・
 いや、つか、アルティア教信仰者が、朝っぱらから酒場で酒を呑むカーディアルトの姿を見たら、確実に信仰心が失われる気が・・・
 ・・・まあ、熱心なアルティア教信者が朝っぱらから酒場に来る事も無いだろうが・・・。

「何? それとも洋服屋とか、もう少し色気のある場所の方が良かった?」
「勘弁してくれ・・・」

 『それでも構わない』という口調のエルナさんに、オレはその言葉だけで体力を奪われた気がする。
 ・・・それこそ、オレがストッパーにならなかったら、エルナさんならこの時間から夕方まで過ごせるだろう。確実に
 ただ、酒場に向かうと判った以上、女性に先導される形で歩くのは癪だったから、早足でエルナさんより前に出て、いつもの酒場へ行く道を辿る。

「んで、今日こんな風に出歩いても良いのかよ。教会の勉学ぐらいならどうにかなっても、孤児院の方もあるだろ?」
「大丈夫。全部ケルトに押し付けてきたから」
「・・・・オイ」

 その間、そんな風にエルナさんと教会の笑い話やら、くだらないことを話し、
 酒場に着けば、お互いが何かを言うでもなく、マスターのトコロへ行った。

「よう、マスター」
「こんにちわ」

 そんなオレ達にマスターは相変わらず豪快な大声で、

「おう!! 朝から誰かと思えばヴァイじゃねぇか!! それに、エルナ先生。今日も綺麗だねぇ・・・っと、こんな事言ってるのカミさんに見つかったら大変でぃ」

 と、慌てて口をふさぎ、冗談を言う。
 まあ、そんないつもの光景なのだが、オレは未だに『エルナさんが、何の目的で此処に来たか』というのを把握できていない為、気は抜けない。
 気は抜けない・・・・のだが、

「でも、マスターもよくヤヨイさんを射止めましたよね。未だにわたしの中では謎の上位に入りますよ」
「がははっ!! こりゃ、手厳しい言葉ですな!!」
(はぁ・・・・)

 この空気には、思わずため息も出る。
 何と言うか・・・オレ一人が気を張っているのが、馬鹿らしく思えてきたのだ。

「おう? なんでぃヴァイ。ため息なんか付きやがって」
「別に何でもネェヨ」

 そんなオレの心情を知ってか知らずか・・・いや、確実に知らないだろうが、オレへと声を掛けてきた。
 まあ、そんな返答なら向こうとて返すに難しいだろう。
 マスターは「やれやれ」と一人呟いた後、

「そういやお前ぇ。こんな早くからどうしたんでぃ。依頼ならまだ、昨日の余りぐらいしか残ってねぇぜ」
「いや、」

 むしろ其れはオレが聞きたい話だ。今の時間なら、普通はまだ夢の中だろう。
 だが、考えてみればエルナさんが酒場に来たのはただ酒を飲むためでなく、支援士の関係で来たって事だろうか?
 その辺りを考えていたが、エルナさんはマスターに対して直ぐに答えを返した。

「そう。マスターさん、とりあえず今ある依頼、全部見せてくれない?」
「いっ!!? ほ、本気ですかい・・・? いや、まあ・・・・」

 それに対して、マスターはギョッとして、言葉を濁した。
 そこまでの反応をする理由が良く判らないが、しばらくしてマスターは「ええい!! まどろっこしい!!」と考えを放棄し、

「今、殆ど護衛の依頼ばかりが立て込んでいるんでぇ・・出来れば、オススメはできねぇんだ」

 ・・・なるほど。だから言葉を濁したってワケか。
 だとすれば、オレは此処に用は無い。立ち去ろうと回れ右をしよう・・と、

「ふーん。ヴァイ、コレなんてどう? 7千フィズで『モレク鉱山で噂の“白い鉱石”入手の護衛』とか」
「んなっ!!? え、エルナ先生、勘弁してくだせぇ・・・」

 そんな事をしているうちに、既にエルナさんはカウンターの中で依頼帳簿のファイルを開き、一つの紙を取り出した。
 『モレク鉱山に白い鉱石を発見。どなたでも構いませんがモレク坑道内への護衛をお願いします』との事。
 しかし、オレは紙を突き返してエルナさんに言ってのける

「あのな、オレは別に護衛なんざ・・・」

 そう文句を言えば、そのタイミングで『カラン』と酒場に誰かが入り、
 その音が切っ掛けで、言葉半ばにエルナさんへ台詞を奪われてしまった。

「何? 気に食わない? なら・・・うわっ!! 成功報酬25万フィズ!!? 『風の元素を手に入れるまで:目的地不定のダンジョン探索護衛。詳しくは依頼人より』って・・・これじゃあ長い事リエステールを離れる事になっちゃうわよね」
「だから、いい加減に・・!!」

 正直、キレかけた。
 護衛など出来無くともオレは生きていける。生活する事が出来る。
 下手に親切の押し売りをされる筋合いなど無い。
 だが、

「あ、それボクに見せてくれない?」
「・・・・ホラ」

 やはり、今度も言いかけで終わってしまった。
 何かを言うたびに何かで阻害されてる気がする。今日は厄日か・・・?
 依頼用紙を渡した相手は、同業者ブレイブマスターの者であった。
 その立ち振る舞いは少々ブレイブマスターの『落ち着き』には欠けるが、身から感じる技量はA初期かBランク末と言ったところか。

「アリガト!! ふんふん・・・マスター!! ボクこの依頼請けてみるよ!!」
「んなっ!!?? ほ、本気かジュリア? お前ぇ・・詳細読んでねぇだろ?」
「ウン。だって、詳細は依頼主にでしょ? だから、依頼主さんのトコロに、ネ?」

 向こうは、剣闘士の女性・・・マスターの口から出た名はジュリア。
 その人とマスターは仲介人と支援士として・・・正直、マスターがジュリアに振り回される。という少々間抜けな光景の気もするが・・・依頼についての話を行っている。
 一方でオレは、エルナさんの方へ向き、ため息を一つ付いた

「こらっ。ため息一つ付けば、幸せが一つ逃げてくんだぞっ!!」
「・・・現状で十分逃げてる。んで、何でこんな事やらかしたんだ。
 通常、依頼は依頼主及び依頼仲介者・・・つまり、マスターを介してしか成立しない。
 だから、エルナさんの意思で支援士に仲介依頼をさせることは無理なんだ。
 つまり、オレにエルナさんが依頼を押し付ける事も出来無い。それは教会に居る以上判っているよな?」

 そうエルナさんに説明をすれば、エルナさんは膨れっ面になって怒る。
 ・・・まあ、本気キレモードと比べれば幾分マシな怒りレベルだ。

「ふーん。じゃあ、わたしが依頼主としてヴァイに依頼出せば良い話だもん」
「教会の安い援助金でか?」
「ぐっ・・ヴァイのクセに中々イタイとこ突くわね」

 そこで、コホンッとエルナさんは咳払いをして、ふざけた空気を何とか払う。
 そして、真面目な顔でエルナさんはオレへと問いを掛けた。

「ねぇ。本当に、守ることなんかどうでも良いの?」
「ああ。だって、オレは護衛依頼で無くとも十分に生活できている」
「そう・・・なのに、ヴァイはリスティを助けたのね」

 その言葉に、オレは複雑な思いを持った。

「・・・・」
「ヴァイは、護るって事から逃げてる。一度護れなかったから、自分は『護る事なんか出来無いんだ』って、そう思ってる。
 正直、リスティを助けたところから進んでいくと思ったけど・・・今じゃ、いつも通りに護衛に拒否を示してる。
 でも、本気で助ける事に拒否反応を持ってるなら、リスティを助ける事は無かったハズよ。
 ・・・変わってないよ。悪い意味で。ヴァイは、今でも悔やみ続けてる」
「それが・・・悪いかよ」

 その言葉にエルナさんは首を『横にふった』。
 だが、次の言葉は的を射ている。・・・むしろ、オレ自身に突き刺さった気がした。

「悪い事じゃないわ。・・・だけど、それでヴァイは後悔しないかしら?」
「っ・・・!!」
「今日、護衛の仕事を紹介したのは、もしも再びノアちゃんの時みたいに、肝心な『本当に護りたい時』に護る事になれて居なかったら、それだけでもう一度同じ後悔をする可能性が高くなる。
 幾ら技量が高くったって、一人で戦うのと誰かを護りながら戦うのとでは大きく違うわ。
 ・・・聞くけどヴァイ。リスティを助ける時、即座にリスティを護る体勢に入れた?」

「くっ・・・!!」

 まさに、その通りだった。
 ・・・・あの時、リスティが襲われた時。
 オレは、躊躇した。
 助けに入って、もし間に合わなければ? リスティが殺されてしまえば?
 確かに、アイツが勝手にオレの後をついてこなければ起こりはしなかった事象だ。
 だけど、だからと言って人が死ぬ事をそう簡単に割り切れるかと言えば、否だろう。
 今まで護衛など・・・護る事など、『見ていなかった』から、勝手がわからなかった。
 相手が弱かったから、相手が一匹だったから、あの時は何とかなった。
 だが、もしも複数居たら? 相手がそれなりに強さを持っていれば?
 ・・・リスティは、ノアと同じ運命を辿っていたかも知れなかった。

「護る事を放棄したワケじゃない・・・」

 そう、今でも悔いているのだから。出来る事なら護りたいのが本心だ・・・
 ・・・でも、それは『出来なかった時の恐怖』を知っているから、二の足を踏んでしまう。
 だが、エルナさんはふぅっと一つ息を付き、

「前にも言ったけど・・・わたしだって、始めから何でも出来た訳じゃない。だけど、そこに至るまでの準備って物も必要なんだと思うわ」
「・・・・だけど」

 そう、でも、
 今でも、思い出すことが出来る、あの『光景』
 夢に出るノア。
 失敗した。という言葉だけではすまない重圧。
 それを思い出し、オレは俯いた。

「・・・ああもう!! 此処まで言って何にもしないなら、わたしはもう知らないからね!!! マスター!! 何でもいいから持って来て!!」
「あ・・・ちょっ!!」

 その答えあぐねていた態度に痺れを切らしたのか、エルナさんはそう怒って酒場の奥の方へと行った。
 本来、酒場は依頼を請けるトコロも兼任している為に、荒くればかりが居る場所ではない。


 だが、だからと言って酒場と荒くれ者は関わりが深い。幾ら規制しようとも、来るモノは来るのだ。


 だから『酒場は別に安全な場所だ』という認識。それは、『出入り口付近の話し』なのだ。
 もちろん教会と酒場は縁と言うモノが薄い。エルナさんが知らないのは無理は無い。
 直ぐに追いかけたが、時既に遅い。

「おっ? へへっ・・シスターさんよ。オレ達の勺の相手をしてくんねぇかね?」
「は? 何を急に・・・」

 エルナさんの周りには、すでに荒くれ者が4人。囲んで嫌らしげに笑っていた。

(ちっ・・・!!!)

 バッとエルナさんはターンしてコッチに駆け出すも、腕を取られる。

「くっ・・・!!」
「おおっと。どちらに行こうって言うんだ?」
「クククッ・・・何にもしらねェでコッチに来ちゃったのは不幸だったねぇ」

 オレはマスターを振り向くが、それを見ながら、マスターはため息を付いて「やれやれ・・・」と首を振っていた。
 ・・・まあ、確かに店の店主が客に手を出すのもマズイんだろうが、何よりああいった荒くれ達は、陣取るだけあって強い。
 ケンカの実力としてはAランク中堅と言えるのだが・・・しかし、社会に溶け込もうとしない非常識な奴等である。
 クリエイターの奥さんに滅法弱いマスターが手出しするのは逆に危険だと言える。
 だったら、

(オレが行くしかねぇじゃねぇか!!)

 洒落や冗談でエルナさんを色々言ってはいたが、エルナさんは所詮『カーディアルト』。力では屈してしまう。
 確かに、詠唱するヒマでもあれば渡り合えるだろうが、あの間合いでは逆にそのほうが『逆鱗』に触れる事となる可能性もある。
 ・・・さらに、実を言えばグリッツから聞いた話、酒場の奥の方に、荒くれたちが勝手に隠し扉を作って、裏から出入り出来る様にしているらしい。
 奴等にとって『女性』というのは格好の獲物。たぶん、『勺』程度で終わるわけが無い。
 舌打ちを一つして、腹をくくり、駆ける。
 腰の『フェルブレイズ』を抜き、机の間を駆け抜け、荒くれへレンジを狭める

「その手、離しやがれっ!!!」
「ヴァイ!!」

 エルナさんの切羽詰った声に、焦りが募る。

(っ・・・せめて、エルナさんを逃がせれば)

 恐怖が無いか。と言えば、否。
 ただ、何もしないよりは何かをしすれば、エルナさんを逃がせる可能性が増える。

「ああ? ガキに用はねぇぜ?」
「だぁっ!!」

 一閃。だが、『荒くれは、実力を持つ』。
 背の大剣を抜き、オレの剣を受け止めたのだ。

「っく・・!!」

 力押しでは確実に負ける。相手より秀でていると言えば速さ。
 右に飛び、斬撃を見舞おうとした・・・が、

「オイオイ、遊んでくれるのはオレじゃあ無いのかい?」
「!! しまっ・・!!」

 そう、相手は『複数』だ。
 そのまま避けるのも適わず、思いっきりブローをみぞおちに入れられる。

「がっ・・・!!」
「ヴァイ・・!!」
「気分悪くさせんじゃねぇよ。えぇ? ガキが」

 ギリッと見上げたその瞬間には、荒くれがナイフを持って思いっきり二の腕に刺してきた。

「ぐっ・・・!!!」

 思わず叫びそうになるも、声を押し殺す。
 貫通して、地面にナイフが刺さっている。縫い付けられ、動く事が出来無い。

「ひ、酷い・・・。 っ・・マスター!! 悪いけどボク、黙ってられないからね!!」
「よ、よせジュリア!! お前も二の舞になるぞ!!」

 動乱に加担しようとする、先ほどのジュリアという人にマスターが肩を掴んで止める。
 その選択は正しい。彼女の実力はBランク末からAランク初期。Aランク初中のオレでこの様だ。危険すぎる。
 だが、それでも彼女はもがき、マスターに叫んでいた。

「離してよ!! このままほっとけるワケ無いよ!!」
「確かに、このような気分の悪い情景。ほっとけるワケには行かんの」

 ・・・が、カロンと酒場の入り口から人が入る音と、声。
 その直後に、

「アイスコフィン!!」
「ぐっ・・!!!」
「くそっ・・!! 魔術師マージナルだと!!!」

 そう。考えてみれば、荒くれ達は『頭が悪い』。だから、その殆どが戦士タイプ。
 となれば、魔術に弱いのは道理。この助けに、オレは安堵した。

「テメェ等・・いい気になってんじゃねぇぞ!!」

 だが、それだけで終わらない。
 逆上した荒くれ達は一気にその魔術師の方へ駆けていった。
 魔術には詠唱が必要だ。その上、ミドルの距離では直ぐにレンジを埋められてしまう。

「逃げろ!!」

 そう叫び、そのマージナルの少女に指示をした。
 だが、そのマージナルの前に一人の聖騎士パラディンナイトが飛び込む。
 手には百六十はあろう大剣。

「馬鹿かエミィ!! 相変わらず何でもかんでも突っ込んでいくんじゃ無ぇ!!!」
「こりゃちとマズイのぉ・・・ディン。時間を稼げそうかの?」
「相変わらず無茶を言うな!! ったく・・・!!」

 魔法でダメージを受けたとは言え、四人を相手に一人の騎士じゃ分が悪すぎる。

(ぐっ・・・!!!)

 逆の手でナイフを腕に刺したまま地面からナイフの刃を抜き、腕を動かせるようにする。
 血は、二の腕から溢れている。

「これなら・・・・・聖エルナン・フロリアの聖法なる裁きの左手

「利き手じゃないが・・・」

 フェルブレイズを手に、加担してくれたパラディンナイトとマージナルに特攻する荒くれたちの後を追う。
 ブレイブマスターの速さなら、先回りをする事も可能だ。
 見ず知らずの人を、危険な目にあわせるなど出来無い。

「退きなさい!!」
「!!?」

 ・・・だが、
 いつの間に。とは思った。
 エルナさんの左手には、第五節術式・・・つまり、軽く五分は詠唱を続けなければならないほどの魔力が収束していたのだ。
 荒くれ達がそれに気付き、エルナさんの方に振り返るも既に遅い。

「断罪の炎よ!! アルテナフレア!!!」

 そこに見えたのは、白炎ビャクエン
 聖光なる炎が荒くれ共を包み、

「ぐあああ!! あ、熱ぃぃぃ!!!!」
「消し飛べ!!」

 バンッ!! という音と共に、爆ぜた。
 だが、威力は若干弱い。巻き込んだのは荒くれ共だけである。
 ・・・かくして、ちょいとした不注意により起こった騒動は、引き起こした彼女自身の手で収束したわけだ。




「・・・巻き込んですまなかったな」
「気にしないでいいよ。結局、ボクは何もしてないし」
「いや。大切な者を護る事が出来たのじゃ。それで、よかろう」
「だな。シスターさんが無事でよかった。それで良いだろ」

 オレは、ジュリア、ディン、エミリアに礼を述べた。
 一方、エルナさんも反省しているらしく、今では居たたまれなさそうに椅子に座っている。
 刺された腕も、既にエルナさんから『ラリラル』を受け、治し済みだ。

「ところでヴァイ。キミの持ってる剣。てっきりコッチの剣だと思ったけど、片刃剣だったんだね。驚いたよ」
「何っ!! 片刃剣じゃと!!??」

 ・・・それはさておき、飛びついてきた話題はオレの武器だった。
 目を輝かせるジュリアと、一瞬にして話しに飛びつくエミリア。
 その様子にため息を付くディン・・・・コイツも、どうやらオレと同じく『苦労人気質』なのかも知れない。そのため息を付いた心情が理解できる。

「フェルブレイズの事か?」
「フェルブレイズ・・・? 十六夜の片刃剣じゃないの」
「いや・・・波紋の美しさといい、鋭さと言い。これは、十六夜の銘師による作品じゃ・・・換算するならば、700万は下らぬ品かも知れぬ」

 そこまで片刃剣に食いつく様子を見て、少しピンッと来た。
 それは、最近酒場で待機しながら聞いた話、


『いやぁ~!! 世間で“レアハンター”って呼ばれる可愛いマージナルが、パラディンナイトと旅してるって話し。知ってっか?
 くっそぉ~!! なんでこう言った野郎ドモは可愛い子引き連れて旅できんだろうなぁ!! オレもパートナーが欲しいっての!!』


 ・・・・かなりどうでも良い気がするが、この、グリッツの言葉。
 パラディンナイトと共に旅するマージナル。
 もしかしたら、彼女がその『レアハンター』なのではないだろうか。

「銘師かどうかは知らんが、オレはコイツをタダで貰ったんだが」
「た、タダ!!?? あの片刃剣を!!?」
「タダじゃと!!? この品を!!?」

 このある意味予測できた反応に、オレと・・・ディンは、同時にため息を吐いた。
 たぶん、心情は同じかも知れん。

「ブレイブマスターなり立ての頃にな。十六夜の方へ魔物退治に向かったんだが・・・その時に、支援士になった頃から使ってたロングソードが壊れちまってな」
「何・・・? そなた、上級職になってもロングソードを使っていたと言うのか?」
「と言うより、ブレイザーの時代、ずっとロングソードだったの!?」

 ・・・まあ、この反応は当然と言えば当然かも知れない。
 だが、このロングソードは、『誓いの剣』なのだ。


『オレはこの剣でお前を護る!!』


「・・・・・・あのロングソードは、『戒めの剣』だからな」
「戒め? ・・・あまり良い響きではないの」
「そこまでだエミィ。あんまり個人の事情に深入りする事は無いだろ」
「・・・そうじゃの。ヴァイよ、すまなかった」

 頭を下げるエミリアに、オレは困って、やはり一つため息を付き、

「いや、良い。話がそれたな・・・それで、北国の討伐依頼があった魔物と戦ってる最中に折れちまったんだよ。
 それで、戻るにもクロッセルだし、いっそ片刃剣買おうかと思えば・・・やっぱ、折れても惜しかったんだ。事情は・・・言えないけどな」
「・・・」

 まあ、まさか教会内では『聖女の器を見殺しにした』と言われてる、ある種大事件となった中心人物が、目の前に居ると言う事を知られたくは無い。
 その上に、わざわざ相手を不快にさせる事も無いだろう。
 ・・・だから、この話は伏せる。

「で。外を歩いていた爺さんの目に留まったんだ。『お前の剣。見せてくれんか?』とな」



 ・・・そして、この『フェルブレイズ』を打ってくれた銘師は言ったのだ。
『この剣。主人と共に多くの時を共にしたか。・・・さらに、深い戒めの念も感じられる』



「オレなんかには良く判らないが、やはり銘師としては、たかがロングソードにも長く使われた事で、自分の作品を大事に使ってくれそうだから。ってことで与えたんじゃないのかってオレは思っているんだけどよ。北国の人間は義に篤いからな」
「・・・そうか。なるほどの。私も知り合いにクリエイターが居るのじゃが、やはり自分の作ったものには愛着がわくと言うモノじゃ」

 最初に、間が空いた。・・・たぶん、気付いただろう。
 突っ込みようは幾らでもある。ならば何故、柄をロングソードのままにしているのか。自分の作品を使って欲しいなら、柄も十六夜独特のモノであるはずだ。
 だが、あえてそれを言われなかった事は助かった。そのエミリアの言葉にオレは便乗し、

「ああ・・・そして、この剣をくれた爺さんは言ったんだ。『名前は無い。だが、“不変得し剣”。そういえるほど、“折れぬ”“曲がらぬ”“毀れぬ”』ってさ」
「不変得し・・・あ。ニュアンスが“フェル”に似てるんだね」

 そのジュリアの言葉にオレは一つ頷く。
 ・・・まあ、言葉は殆ど共通で通じるのだが、十六夜は何処か特徴的な名前を付ける。例えば、名前などが最たるモノだろう。
 マスターの奥さんも実を言えば十六夜出身であり、その名前は『ヤヨイ』と言う。そう言う感じで、名前が何処か独特なのだ。


「まあ、それでオレが『不変得し剣フェルブレイズ』って言ってから、名前も無い剣だし、そう呼べばいいってことで、そうなってるわけだ」

 その、片刃剣の全て・・・一部は、喋って居無いが・・・を話した後、フェルブレイズを返してもらい、オレはそれを鞘に収めた。

「あー・・・エミリア。そろそろ行かねぇと、夜歩きになっちまうんじゃねぇか?」
「ん? おお、そうじゃったな。スマヌなヴァイ。良い話を聞かせてもらった」
「いや・・・ところで、これからお前達は何処に?」

 その問いに、ディンは「ああ・・」と一つ思い返すように声を上げた後、

「これから軽い仕事をこっちリエステールでしてから、消耗品の買出しにミナルへな。知り合いの店があるから」
「そうか・・・まあ、また何処かで会うこともあるかも知れんが」
「ああ。じゃあ、失礼させてもらう」

 そうして、エミリアとディンが店を後にしてから、
 今度は、ジュリアが一つ伸びをして、

「じゃ、ボクもそろそろ依頼主さんのトコに行こうかな。・・・ね、ヴァイ。マスターには話を聞きに行くって言ったけど、実を言うとこの仕事、もう引き受ける気で居るんだよね。」

 実を言うと。と言っているが、実際ジュリアの声はマスターに聞こえているだろう。
 だが、マスターはあえて何も言わず、やれやれと肩を落とすだけだった。

「きっと大変だろうケド・・・頑張ってね。彼女に聖女アルティアの加護を」

 ジュリアの去り際。少しは気が落ち着いたのか、エルナさんがジュリアにアルティアの加護を与えた。
 と言っても、そういったカタチと言葉だけだ。・・・だが、その『言葉』による『加護』に、人は勇気付けられる。

「うんっ!! アリガト!! ボク、きっと最後まで頑張れるよ!!」

 最後にそう言って、ジュリアは酒場から駆けて行った。
 ・・・後に残されたオレ達は、お互いに顔を見合わせ、どちらとも無く言った。

「じゃあ、帰ろっか・・・」




-リエステール中央通り-

「あーあ。すっかりシラケちゃったわね~」
「あのな・・・冷静に考えれば酒場の奥が危険な事ぐらい判るだろうが」
「ぶー・・それは、優柔不断なヴァイが悪いんだからね」

 今は、だいたい午後の二時。教会に向かってオレ達は、何気ない会話をしながら歩いていた。

「しっかし、エルナさん、いつの間に詠唱してたんだ?」
「あ、アレは・・・見なかったことにしてくれると助かるんだケドな」

 あ、あははは・・・と、苦笑いをするエルナさんに、オレは一つ呆れてやる。

「そ、そんなことより。ヴァイ、これで判ったんじゃない。『護衛依頼』を受けて慣れなきゃいけないって」
「・・・」

 その言葉には、言い返すことは出来なかった。
 恥ずかしながら、一番最初にオレがとった行動は、エルナさんに駆けつけることじゃなく、『マスターを見る』だったんだ。そんな事では、魔物なら待ってはくれない。
 それに、もしもあの場でエミリアの支援が無ければどうだった? きっと、オレも、エルナさんも、無事では無かった。
 いや。その前にマスターがどうにかしたかも知れないが・・・それでも、エルナさんまでヤツ等が離すか。と言えば正直、無いだろう。
 あの場が助かったのは・・・エルナさんが、第五節術式詠唱に持ち込めた事は、『運がよかった』としか言えない。
 ・・・また、護れなくなる所だった。

「何でだろうな・・・・本気で護りたかった時には失ったのに。なんでこんな中途半端なときには、助かってくれるんだろうな」
「・・・・」

 押し黙るエルナさん。オレの今の言葉は、あまり良い言葉とは言いがたい。
 だが、その気持ちは、オレの本心だった。
 いつだって、誰も失いたくは無い。
 ・・・・だけど、事実、ノアを失ってしまった。
 ノアが亡くなった直後のオレは、『まるで生きた人形』と言われるほど、無気力なモノだった。
 ギュッと、ポケットにある銀十字のロザリオを握り締める。
 ・・・コレのおかげで、今のオレはある。

「ヴァイ」
「ん?」

 エルナさんの言葉に顔を上げれば、そこは教会だった。

「夕方に、部屋に居て」
「・・・ああ」

 エルナさんはそう言い残して、教会へと入っていく。
 ・・・夕方。か
 うやむやになったけど、実際今日、彼女が何の為にオレを酒場に呼んだのかは、良く判らなかった。
 きっと、その時に伝えるのかもしれない。
 引き返し、オレは自分の住む部屋へと戻る。

(・・・護衛か)

 『今のうちに護る事になれないと、本当に護りたい時、護れなくなって後悔する』・・・・きっと、その通りだろう。
 ただ、だけどオレは心の何処かで甘えたいのかも知れない。
 もう、そんな事は二度と起こらなくても良い・・・と。
 その気持ちすら気付かず、オレはただ、相も変わらず『護衛の出来無い支援士』としての生活を続けるんだと思った。




「遅い・・」

 あれから、夕方は過ぎ、そろそろ夜になろうかと言う時間。言うなれば、六時ごろ。
 エルナさんがあんな風に言ったと言うことは、きっと来るのは間違いない。間違いないハズだが・・・

(何か所用でも出来たのか・・・?)

 そんな風に思っていれば、軽くドアをノックする音が聞こえた。
 どうやら、ただの杞憂であったようだ。

「入れよ」

 だが、珍しくしおらしい。
 いつものエルナさんなら、無遠慮にノックなどせず入ってくる。
 まあ、今日あった事をまだ引きずっているかもしれない。
 だから、オレは声を掛けたのだが・・・扉は開かない。

(・・・?)

 不信になり、扉を開ければ・・・

「こ、こんばんわ・・・」
「り、リスティ!!??」

 そう、そこに居たのは、エルナさんの生徒。アリスキュアのリスティだった。
 予想外の人物にオレは驚き、次にこの光景を誰かが見たら誤解されると考え、急いでリスティを部屋の中に入れ、ドアを閉めた。

「あ、あの・・・ヴァイ、さん・・・?」
「・・・何で、ココにオレが居るって知ってんだ?」

 いや、こんな事聞くまでも無い愚問だった。
 予想外に来たリスティは、予想通りの答えを返してくれた。

「あの・・・エルナ先生が、ここに行けって」
「・・・・あの人は」

 はぁぁぁぁ・・・と、深くため息を吐く。
 もう、ぶっちゃけあの人が何を考えているのかがいよいよ持って把握でき無くなってきた。

「で、用件は? エルナさんからのお使いか?」

 まあ、何かしなければ、現状先に進まないのは目に見えていたので、一番妥当な選択肢として、リスティにそう問いたのだが、

「あ、あの・・・えっと・・・」

 その問いに、リスティは顔を赤くさせ、モジモジとなかなか言葉を口にしなかった。
 ・・・だが、少し待てば、ある種決意したような顔で、彼女は勢い良く言った。

「わ、わた、わたしと、デートしてください!!!」
「・・・・・・」

 あの師匠にて、この弟子あり。
 突拍子も無い提案に、驚くどころか呆れる。

「あ、あの・・・やはり、ご迷惑です、か・・・?」
「・・・いや」

 むしろ、丁度良かったかも知れない。
 出かければ、ひとまず悩む事を保留できる。
 何の解決にもなりはしないが、それでも、今は忘れる事が出来る。

「支度はするほど無いからな。直ぐに出れる」
「あ・・・・はい!!」

 満面の笑みで。
 リスティは微笑んで、オレと共に夜の街を出歩いた。


・・・

・・




「ホントはですね・・・エルナ先生から言っちゃダメだって言われたんですけど」

 雑貨、菓子屋。リスティが行きたい場所に付き合い、夜も深まってきた頃。
 どの店も閉まり、リスティを教会に送る途中。
 誰もいない大通りを歩きながら、リスティはそう話し始めた。

「なんだ?」
「エルナ先生。今回のデート、わたしの護衛と見立てて送り込んだんです」

 その俯きながら喋る言葉に、オレは、「ふぅ・・」と一つ息をついた。
 それをどう捕らえたか、リスティは慌てて、

「ち、違うんですよ!! 確かにエルナ先生に言われたのもありましたけど、あのその・・デート、楽しかったですし!! ヴァイさんと、近付けあわわ・・・」
「いいから落ち着け。今更エルナさんの刺客だって言われても驚きやしねぇよ」

 まあ、途中からある種検討はついていた。
 まず、こんな夜にリスティのようなアリスが普通出歩けるわけが無い。確実に、教師クラスの手引きが有ったといえる。
 ならば、それが可能なのは、リスティの担任でもあるエルナさんしか居無い。
 そのエルナさんなら、『ただのデート』で終わるわけも無い。何か考えがあっての事だとは見当付いた。

「それと・・・わたし、一つ知りたい事があるんです」
「知りたい事?」
「・・・それは、きっとデートの楽しい時間を壊すかも知れないから・・・最後に言おうと思って」
「・・・」

 その含み有る言葉に、一つ嫌な予感がよぎる。
 嫌な予感。と言っても、焦りや冷や汗などではない。
 これからリスティが聞いてくる内容。それが、オレにとって嫌な物である事は、容易に見当が付いた。

「・・・なんだ」

 だけど、それでも、オレはリスティに聞いた。

「・・・前、『聖女の器』。ノア・アゼット・プラティアさんの事です」

 ホラ、予想通り。
 この話題を出した時には、オレは相手が女子供だろうが、容赦なく黙らせてきた。
 だけど、・・・・だけど、

「それは、お前が聖女の器だからか?」
「それもあります」
「じゃあ、エルナさんの指示か?」

 その問いには、リスティは少し黙り、
 首を横に振ってから、否定をした。

「・・・それは、違います。わたしの意志で知りたいと思うんです。・・・ノアさんの事じゃなくて、ヴァイさんの事・・・」
「オレの?」

 言葉に一つ頷く。
 確かに、記者等が興味本位で『ノアの事件の事』を聞いてきたことはあった。
 もちろん、謎に包まれた聖女の器殺害事件。その中心に居たオレから話を聞ければ、より鮮明な記事が書けるからだろう。
 ・・・だが、あの事件は記事で面白おかしく取り上げていいモノじゃない。・・・少なくとも、オレはそう思い、記者共を押し返し、場合によっては傷もつけた。
 でも、リスティは『オレのこと』を聞いてきた。

「・・・こんなオレの、何が知りたい」
「なんでかは判らないんです・・・だけど、なんでか、出会ってから・・・ヴァイさんの事が・・・えっと・・・気になって」
「・・・・・」

 ふぅ・・と、ため息を付く。だが、ノアと同じ『聖女の器』だからだろうか。
 今、不思議にこの話題で落ち着いていられるのは。
 ・・・そう、確かに彼女は『聖女の器』。前回、無惨に殺された、その次の代。
 ならば、話を聞く権利は有るかも知れない。
 ・・・・・前回。神託の儀式の、失敗した話と言うのを・・・

「・・・オレとノアとの出会いは、今から六年前。オレが、12歳の頃だな・・・」



 ノア・アゼット・プラティア。
 プラティアと言う貴族家の一人娘であるが故に、教会でも孤児クラスとはまた違う、貴族クラスの教養を受けていた。
 だが、プラティアは貴族の中ではアルティアの教会を支持する家柄であり、特にプラティア家を成り上がらせた初代が孤児だったと言う事もあり、
 様々な事情で孤児となってしまった子供達を世話する孤児院に協力を惜しみはしなかった。
 本来、成り上がりの貴族と言えば、再び底辺に蹴落とされるのを恐れ、人柄が斜に構える感じになるのだが、
 プラティアの人は、全体的に落ち着いた人柄であり、嫌味などがない珍しい成り上がり貴族であった。
 ・・・もちろん今でも、教会の孤児院はプラティアの支援を受けている。


『始めまして。わたし、ノア。よろしくね』


 そう。始めは煩わしいヤツだと思っていた。
 貴族が、孤児に施しをして、自己満足させる為に、オレ達孤児に付き合いを持っているのだと思っていた。
 だが、オレは偶然知ってしまったんだ。
 ・・・ノアが、孤児院に行っている事から、貴族クラスの中では浮き、イジメにあっていたという事実に。


『あ・・・こんにちわ!!』
『・・・なんで、いつもコッチに来るんだよ』
『わたし、貴族とか孤児とかそんな考え、嫌い。みんなと仲良くしたい』
『クラスで浮いてもか? イジメられてもか?』
『・・・知ってるの? ウン。だけど、そんなことで挫けてられないもん』


・・・

・・





「信じられるか? 自分がイジメにあってまでも、家の信念を貫き通す馬鹿だったんだ。
 しかも、それが『家の信念』なんかじゃなくて、ノアが『自分でしたいこと』って言ってたんだ」
「・・・ノアさんは、強い人だったんですね」
「・・・ああ。強いヤツさ。同時に、オレはそんなノアを見て、惨めな気持ちになっちまった」



 孤児院の奴等は相変わらずノアを良い目では見ない。
 だけどオレは、自分からノアに歩み出た。
 ノアが貴族クラスでイジメにあってるなんて、オレ以外の孤児に話しても、信じはしなかったからな。
 だから、この目で見て、知ったオレが前に出るしかなかった。
 そりゃ、オンナノコとまともに話した事も無いガキだ。アホみたいに不器用だったさ。


『あなたの名前は?』
『・・・ヴァイ。ヴァイ・リュークベル』


 それから、オレはノアと一緒に色々やった。
 兄貴やケルトに紹介したりして、四人でよく孤児院を抜け出したり町に探検に出向いたりした。
 だんだん、ノアは他の孤児たちにも受け入れられるようになってきてさ。
 それから、二年か。オレは、孤児院を出て、支援士になろうって事で、兄貴と一緒に行動を起こしたのは。
 オレは、兄貴みたいに強いわけじゃねぇし、一番身近なジョブってなれば、ブレイザーぐらいしか無かったんだ。
 だけど、ノアを護りたいって気持ちで、オレは『レンジャーナイト』を目指したんだ。


「レンジャーナイト・・・? でも、ヴァイさんはブレイブマスターでは・・・?」
「その辺は後で話す。今は黙って聞け」
「は、はい・・・」


 低級ランク支援士。ブレイザー時代。しばらくは、酒場のマスターの家にお世話になったりして、ノアを護る力を得ようと頑張った。

『オレはこの剣でお前を護る!! だから、お前はオレの後ろからオレの事を護ってくれよな』
『うん。わたしもヴァイの事、護ってあげるから』

 そう。ノアがモンスターに襲われたなら、オレが間に入って護ってやろうって。
 始めて武器を買った日。オレはたかがロングソードを騎士のように上に掲げて、そんな誓いもやった。

 オレが支援士を目指した一方で、ケルトはエルナさんと同じく教師の道。
 そしてノアは、孤児が差別されない社会を作る力を得る為に『ジャッジメント』を目指して、それぞれが頑張ってきた。
 もちろん、ノアに支援士の仕事を手伝ってもらったりした事もあった。
 そんな日々が過ぎて、


 ・・・・そして、ノアは、神託を受けた。


 聖女アルティアの転生体である、聖女の器と呼ばれる聖職者になるのだ。
 と言っても、正確に言えば『聖女アルティアの魂の欠片』らしいけど、とにかく、アイツは聖女の器に選ばれたんだ。
 名誉な事だったよ。オレも、ケルトも。リックテールに居た兄貴も手紙で送ってくれて、みんなで喜んだ。
 そして、ノアは聖女の器として認められるための試験、『神託の儀式』に挑んだ。


「神託の儀式の事は知ってるな?」
「ええ・・グノルまで行って、お祈りをするんですよね。その際、一人の巡礼護衛を許されるって」
「・・・そうだ。そして、そのノアの護衛に、オレが抜擢された」


 もちろん、教会はノアの我が侭に反発した。
 もっと、腕の立つ支援士。いや、本当なら教会と友好関係にある『自警団』から護衛を選ぶべきだと。
 だが、ノアの意思は固く、エルナさんの勧めもあって、グノル程度なら凶悪なモンスターが居るわけでもない。その場はオレが選ばれ、ノアを護るハズだった。


「ハズだったんだ・・・・!! だが、オレは護れなかった・・・っ!!!」


 魔物の群れ。異常な、強さ。
 右からは、毒をもつ植物の群れ・・・・エビルプラント。
 前方には、ゴボルト。
 色々な魔物に囲まれ、オレ達は危機に陥った。


「エビルプラント・・・!!? それって、モレク鉱山内部のモンスターじゃ・・・!!?」
「ああ。ついでにあっちのエビルプラントは日光に弱いそうだが、グノルの地下にに住んでる奴等は違った。
 奴等は、光下でも平気でいる。・・・そう、一介のブレイザー如きが、中級ダンジョンのモンスターを相手する事になっちまったんだ。
 それも、大量にな」
「・・・・・」



『っ!! こいつ等!! ぜってぇにここのレベルの敵じゃ無ぇだろうが!!!』

 一人叫び、剣を振るう。
 先なんか見えない。
 でも、死んでしまえばそれで、その先は本当に無くなる。

『待ってろ!! 絶対に・・・絶対に護ってやるから!!!』

 息が重い。身体が・・・続かない。
 それでも、やらなければならない。

『護って、くれるんだよね・・?』
『ああ。絶対だ。絶対に護ってやる!! 生きて帰ってやる!!』
『・・・うん!! 貴方なら、絶対に護れるよね!!』

 オレは敵陣に走り、先陣を切り込む。
 とにかく、オレは敵の隙間を作って、逃げ出そうと考えていた。
 ・・・だが、それはノアを一人にする事だったんだ。

『きゃあああああああ!!!!!』

 悲鳴が聞こえ、振り向けば、ノアはオレの大分後方で、ゴボルトに羽交い絞めにされていた。

『!! しまった!! 後ろからだと!!?』
『やっ・・!! 離しっ・・!!』

 ノアはもがき、必死で獣の腕を剥がそうとする。

『くっ・・・!!』

 オレは、必死に走り、ノアの方へと駆け寄った。
 草が攻撃してこようが、それでも、ノアの下へ。

『嫌・・・いや、』

 だが、ゴボルトは暴れるノアに激昂したのか、
 手持ちの棍棒を、思いっきり上に振りかざす。
 それを直視したノアは、顔面を蒼白にして、首を無気力に横に振りながら、全身の力が抜ける。

『ノアァ!!』

 走った。ロングソードで、あのゴボルトの腕を切り落とさなければ、
 ノアは、殺される。
 だが、無常にも振り下ろされた、ゴボルトの棍棒

『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!』

 オレは、確かにゴボルトの腕が『あったトコロ』に、剣閃を、振り下ろしていた。
 そう。オレの剣が届く前に、既に振り下ろされてしまってたんだ。
 ・・・・マズ聞こえたのは、打撲音。
 最後まで叫んだ、耳を劈く、ノアの悲鳴・・・・その、最後の、ノアの言葉が
 いまでも耳に残る。


「その後は、良く覚えてない・・・なんでも、それから直ぐに駆けつけた男によってオレは助けられたんだそうだ」
「・・・」

 リスティは、この話を聞いて、顔面を蒼白にしている。
 ・・・だが、コレは脅しでもなんでもない。・・・本当の、話なのだ

「直ぐに教会と自警団がノアの遺体を捜しに言った。・・・だけど、そこにあったのは、白骨だけだった・・!!
 偶然、自警団のヤツ等が話してたのを聞いちまったんだ。散々犯されて、死肉は狼に食われたんじゃないかって・・・!!!
 でも、認めるしかなかった・・・!! アイツは、コレを持ってたんだから・・・・!!!」
「ロザリオ・・・?」

 そう、オレが取り出した『二つの銀十字のロザリオ』。
 一つは、オレが首からぶら下げ、服の下に隠した品。
 そして、もう一つは、ノアの遺体の傍に落ちてたロザリオ。

「あいつ、オレに嬉しそうにこいつを手渡したんだぜ? お揃いだってさ。
 馬鹿じゃねぇのかと思ったよ。孤児に銀細工なんて、そんな高価な品・・・
 でも、アイツは『孤児とか貴族とか関係ない』ってヤツなんだ。だから、オレにコイツを渡してくれた」

 そう。これが、言うなればノアからの形見なのだろう。
 これが、全部・・・前回の、聖女の器の護衛任務であった事だった。

「・・・護れなかった・・・・!!!!
 オレがもう少し速ければ護れたかも知れないのに・・・っ。約束、果たせなかったんだ・・・!!!
 だから、オレは速さを求めた。そうなれば、護れたかも知れない。護れるかも知れないって、過去に拘ってな・・・。
 ・・・もう、レンジャーナイトなんかどうでも良い。
 そのオレの求める能力に合わせて、オレはブレイブマスターとして進む事にした。
 ・・・ただ、そんな話だ」
「そう・・・ですか」

 沈黙。
 だが、それが当然の反応だと思える。
 ただ、力量も測れなくて、不測の事態に対処出来無い馬鹿なガキが粋がって犯したミス。
 ・・・・・・だけど、

「でも、ヴァイさんは・・・動いたんですよね。動いて、くれたんですよね」
「・・・え?」

 その、リスティの言葉に、オレは伏せた顔を思わず上げた。

「スミマセン・・・エルナ先生から聞いたんですけど・・・ヴァイさん、護衛が出来無いんですよね。
 ・・・ノアさんの事件の事で。助けようとして、それが護れなかった時が怖いから。だから、始めから護衛の依頼なんてしないんだって。
 だけど・・・わたしは、何かやら無い事には何時までも結果は出ないと思うんです。
 ・・・ヴァイさん、わたしを助けてくれました。助けてくれなかったら・・・わたしは、ここに居なかった・・・。
 ヴァイさんから見れば、失敗したらどうしようって思って動けないのかもしれないです。
 ・・・だけど、わたしはあの時、助かりたかった。少しでもいいから、可能性に縋りつきたかった。
 ヴァイさんに見捨てられたら・・・100%。死んでました・・・。
 だけど、ヴァイさんが助けに来てくれたから、生き残る可能性を得ることが出来たんです
 ・・・今のヴァイさん、後悔で・・・後悔を呼んじゃう。誰かを失うのを恐れて何もしないで、それで、失ってしまう!!」
「・・・黙れ」

 正直、その言葉は聞くに堪えなくて、
 オレは、うめくようにリスティに命令する。
 だが、リスティは必死で首を横に振って、逆らった。

「黙りません。後悔したくないなら・・・!! 強くなりましょう。
 ヴァイさん、強いし。大丈夫です」
「でも!! ・・・でも、護れなかったら、その気持ちはどうなるんだよ・・・」

 そのオレの問いに、リスティは「ううん」とゆっくり首を横に振って、

「ヴァイさん・・・もし、あの時わたしを助けに入って間に合わなかったら、ノアさんと同じ後悔を持ったと思う。
 だけど、もしヴァイさんがあの時わたしを見捨てたなら・・・きっと、それはノアさん以上の後悔を持ったと思うの。
 後悔しない選択肢は、まず助けに行くトコロからしか始まらない。
 ヴァイさん・・・ガンバロ? ノアさんに出来なかった分、他の人を、護ってあげましょ・・・」
「・・・」

 そういって、オレよりも何歳も年下な筈なのに、
 リスティは、そっとオレを抱きしめ、慰めた。

「・・・っ・・っっ・・・」

 背中越しに、涙が流れる。
 そんなオレが落ち着くまでの間、リスティは、何度も何度も、そっとオレの背中を撫で続けてくれた・・・。
 温もりが伝わる。彼女は、こんなにも暖かく柔らかい。生きている。
 ・・・月明かりは、やわらかい。
 まるで、そんな包み込む光のように、リスティはオレをギュッと抱きしめるのだった―――――




-朝 リエステール酒場-

「どうも、マスター殿」

 初老の男が酒場に入り、マスターへと声を掛ける。

「お? おおっ!! 珍しいじゃないですか。ご依頼ですかね?」
「ええ・・・実を言いますと・・・・」

 そして、マスターの耳元で、気難しい顔をしながら囁き掛ける彼。

「・・ふむ。・・・ふむ・・・な、なんだってぇ!!?? 北に・・モガ・・?」

 しかし、そのマスターの大音声に初老の男は急いで手近のパンをマスターの口に押し込んだ。

「事は混乱を極めるゆえ、内密な事なのです。北のリックテールに伝える手も考えましたが、下手な伝達では人々を混乱させてしまいます・・・A級極秘依頼として、教会からはエルナ殿とケルト殿をお付けします」
「そうか・・・ならば、依頼金の方はどうなんでぃ?」
「・・・15万フィズ」
「15万フィズ・・・!! そんなに厄介なのかい・・・!!?」
「はい・・・なにとぞ、宜しくお願いいたします」

 そう言って、初老の男は酒場を去って行った。
 その事に、マスターは一つ目を閉じ、一人適任を当てはめた。

「エルナ先生にケルト神父、か・・・・・まあ、護衛依頼でもねぇから、ヤツに任せれば安心だろう」

 その呟きを、酒場の外で聞いた初老の男は、一つ笑みを零し、
 何事も無く、大通りの中へと紛れて、姿を消した・・・。