シャッターに開いた穴から入ってきた女の子の凛とした声が倉庫中に響いた。
ぼくに手を伸ばそうとしていた男の動きが止まる。
あ、危なかった。胸元まで手が伸びてた。だれか分からないけど見知らぬ人、グッジョブ・・・!
「って、つらら?」
よく見ると見知らぬ人じゃなかった。こんな寒い場所で雪みたいに白い浴衣だけの変わった姿だから間違いない。つららだ。
「んむ?おおアキか。おなごの悲鳴が聞こえたような気がしてどうしたのかと思ったのじゃが、とりあえず大丈夫そうでなによりじゃ」
おなごの悲鳴。という部分がちょっと複雑だったけど、それよりもつららの顔を見た時の安堵の方が大きかった。
どうしよう。こんな状況なのに思わず和んじゃう。
「な、なんだ子供か。驚かせやがって」
―――って和んでる場合じゃなかった。
まだ男達の目がつららに注目されている間に行動を開始。男達の包囲網を押しのけて、つららのいる場所までダッシュで移動する。
「あっ!てめぇ!」
間一髪、男達が持ち直すまえにつららの後ろに陣取れた。・・・いや違うよ?別に怖い訳じゃないからね?
「ちぃ!ガキの所為で逃がしちまった!」
「まあ落ち着け。よく見りゃガキの方も可愛いじゃないか」
「そうだな。結局のところ、楽しみが一つ増えただけか。やっちまえー!!」
『『『応っっっ!!!』』』
再び迫ってくる男達。正直、むさ苦しいけど、さっきの力を見た限りだとつららがいれば大丈夫だよね!
そんなぼ・・おれの期待の眼差しを感じ取ったのか、つららはくるりとおれを振り返って―――
「それでアキ。ワシはどうすればよいのじゃ?」
「ええ!?この場面でぼくに聞くの!?」
男達が迫ってきているというのに呑気にぼくを振り返って首を傾げてきた。こんな時にそれはないだろう。
っていうか前、前!
「わぁぁ!?余所見しないでいいから!?とにかくあいつらをどうにかして!」
見るからに年下の女の子にそんなことを頼むのは気が引けるし間違ってるとは思うけど、ぼ・・おれはいま何もできないし、今はキミだけが頼りなんだ!
だからそののんびり考えるような仕草はやめて!
「ふむ・・・どうにか、とは」
つららはおもむろに掌を男達にかざした。
「・・・こうすればよいのかのぅ?」
つららが男達にかざしていた手をきゅっと握り締める。するとどうだろう。
「な、なんだこりゃぁ!?」
「うわっ!手足を封じられた!」
「冷てぇ!」
男達の手足が、突然出現した薄い青色をした氷の枷みたいなもので封じられて、男達が無様に倒れこんだ。
え?今なにが起こったの?
「とりあえずどうにかして、ということじゃから手足を封じておいたが、これでよかったかの?」
「え?ああうん。いいけど・・・。今の何?」
「なにとは、これのことかの?」
つららが人差し指を上に向ける。すると、その指先に拳大の氷の塊が生まれた。
呪文の詠唱が無かったような気がしたけど、とりあえず氷を作る魔法かな?ええと名前は確か―――
「・・・アイスコフィン?」
「あいすこふぃん?なんじゃそれは?」
いや、ぼくに聞かないでよ。
そういえば、どうしてつららがここにいるんだろう。聞いてみよう。
「・・・ところで今更だけど、どうしてつららがここにいるの?」
「おおそうじゃった。これをおぬしに届けようと思って後を追いかけて来たのじゃ」
そう言ってつららは背中に提げていた物をぼくに手渡した。長い柄に、その先に付けられた白い刃。
「これは・・白雲?」
「酒場に置き忘れておったのじゃ。さっきは少々冗談が過ぎた。すまぬ」
そう言ってつららが頭を下げる。
ああなるほど。それで追いかけてたら、おれが変な男に絡まれてるのを見たって所かな。
「いいよ。別に気にして無いから。でも丁度よかったよ。ありがとう。つらら」
「いや、別に礼は無用じゃぞ?」
よかった。これでおれも自分の役割を果たすことができる。
つららから白雲を受け取ってから、そこら辺に転がっている男達に向きなおって、ゆっくりと歩きながら白雲の柄をしっかり握り締める。
試しに一振り。よし、準備は万端。
「お・・おい待て!なにをするつもりだ!?」
男の一人が焦ってそんなことを聞いてきた。床に転がる姿はなんともマヌケに見える。
なにをするって?そんなの、決まっているじゃないか☆
「殴る!お前らは人類の敵だ!世界の平和のためにもここで死ねぇ!!」
「なっ!ま、まて!俺達は攻めであって、受けじゃな―――」
「うるさい黙れ!そして死ね!死んでぼくに詫びるんだ!!」
「だからま―――ぎゃああああ!!」
人類の敵に貸す耳なんてあるか!ここが貴様らの墓場と知れ!!
氷の枷で拘束された人類の敵をこれでもかというほど白雲の柄でギッタギタに殴りまくる。
おれの正当なる人類の平和を賭けた聖戦によって、倉庫の中は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
でも仕方がないよね。世界の平和のためだし。
「さっきのぼくの恨みを喰らえぇ!!」
「ぐっはぁぁぁぁぁ!!!?」
「おぬし、思いっきり私怨がまざっておらぬか?」
人類の平和を賭けた聖戦は見事おれの圧勝だった。
にっくき人類の敵をボロ雑巾みたいにした後、とりあえずこのゴミは倉庫に放置して、ついでに一応自警団を呼んでおいた。事情は話しておいたから、きっと焼却処分してくれるはずだ。
せめて安らかに灰になることを祈ろう。
「さっきはありがとう。また助けられちゃったね」
クロッセルの町を一緒に歩きながら、つららにお礼を言った。ホント、つららがいなかったらどうなってたかなんて想像もしたくない。
「気にするではない。お互い様じゃ」
「え?お互い様?」
「うむ、お互い様じゃ」
つららの言葉に小首を傾げる。
うーん、思い出して見てもつららを助けた記憶なんて全然ない。寧ろさっきみたいに助けられっぱなしのような気もする。情けない話だけど。
「それってつららの気の所為じゃない?ぼ・・おれがつららを助けたことなんて一度も思い浮かばないんだけど」
「いいや。随分と助けてもらっておる。現に今も助けてもらっておるしの」
「え?」
やっぱりわからない。という顔をすると、つららが少し恥ずかしそうに話してくれた。
「どうやらワシはちょっとばかし人間と違うようでのう。人間はワシを見ると驚いて逃げ出すか、いきなり襲いかかってくるかで、まともに話すら聞いてくれなかったのじゃ」
「は?」
いきなり気楽そうに重い話をし始めたから理解が遅れてしまった。
そんなおれには気付かずに、つららは少し遠くを見るような目で語り続ける。
「実際、こうやって町の中をのんびりと歩くことでさえ初めてなのじゃ」
え?え?と目を白黒させるぼく。ちょっと待って。その話は気楽に話してもいいの?ていうかぼく話の内容半分も理解できてないよ!?
「―――人間と会ったことはあるが、ここまで親切にしてくれたのは、おぬしが初めてじゃ」
だからうれしかった。とつららはにこっと笑った。やばい。いまのはドキッときちゃった。
はっ!落ち着けアキ!相手は小さな女の子だ!
・・・いや、そうじゃなくて。
話は半分も理解できなかったけど、つららはちょっと気になることを言った。
―――『ちょっとばかし人間と違う』?『人間に会ったことはある』?
「つらら、それってどういう―――」
言葉の意味がいまいち分からなくて尋ねようとしたら、その声が途中で遮られた。
『大変だぁーーーーー!!!』