クリア達がウォーターステージへの廊下を歩き、空也達が四輪駆動車で植物園を爆走というマナーもへったくれもあったものじゃないことをしている頃、植物園の別の場所に、1人の小柄な人影があった。
「ぜぇ・・ぜぇ・・・。うぅ、ここ植物園のどこなんだろう・・・?」
肩までの長さの茶髪に、時折意思を持つかのようにピコピコとひとりでに動くアホ毛が一本、頭に生えているその少女は、泥だらけの顔の汗を拭いながら息を切らしていた。
―――もともと本当に植物園なのかと首を傾げてしまうくらい広大だったこの施設は、異常成長した植物によって覆われ、さながらジャングルのような様相を挺していた。
そして、そのジャングルを徘徊する無数の異形の怪物たち。
どう考えても、着のみ着のままの小柄な少女が訪れるような場所ではない。
それを証明するように、少女の顔には疲労の色が色濃く表れていた。
―――少女、ティラは1人の青年を探していた。
家で一緒に住んでいる連れを待って窓から外を眺めていた時に気付いた異変。
住宅地を闊歩するゲームにしか出てこないような魔物、そしてワールドマスターという人物からのメール。
なにもかもチンプンカンプンな中、ティラはとりあえず外に出かけた連れが心配になって、彼がバイトで働いている植物園まで、バグから身を隠しつつ訪れ、魔のジャングルのように変わり果てた植物園を見て怯みながらも『女は度胸!』と意気込んで突撃したのだった。
というわけで、バグから身を隠しつつ、植物園を探しまわって現在にいたるわけなのだが―――
「うぅ・・・ライトー、どこー?」
探しても探しても、見つかるどころか手がかりの1つすらもない始末だった。
だがそれもそのはず。実はその連れは週ごとにバイトを切り替え、今日は水族館でのバイトだったということをティラはすっかり忘れていたのだ。いくら探しても見つかるはずもない。
ついでに当の連れはというと、現在水族館近辺の住宅地を、大量のバグに追われながら絶賛逃走中である。
「うーん、これだけ探してもいないなんて・・・、一体どこにいったのかなぁ・・・?」
そう独り言を漏らしながらも探し続けていたティラだったが、やはり度胸や根性だけでは休憩なしでの捜索には少し無理があったようだ。しばらくして傍から見てもかなり疲弊していると分かるような状態になったティラは、ちょっと休憩。というように丁度近くにあった樹木にもたれかかる。
だが、その少女に、無数の影が迫りくる。
ギシギシギャーギャーといった奇声のようなものを耳にしたティラが顔を上げると、
「・・・え?」
間の抜けた声を出したその先には、無数のバグ達が蠢いていた。
そしてそれらのバグ達が、ティラを取り囲むようにして一斉に迫ってくる。
「え・・嘘、囲まれた!?」
即座に立ちあがるが、その瞬間に疲労しきった体が悲鳴をあげる。体がまるで鉛のように重く感じる中では、逃げることなどほぼ不可能。そもそも、取り囲まれているのだから例え元気な状態だろうと小柄な少女が逃げきることは無理だろう。
逃げ道は、ない。
あるとすれば、唯一つだけ。
その方法を思い出したティラは、慌ててポケットから携帯を引っ張り出してその方法―――スキルトレース起動確認画面を出した。
「す、スキルトレース、起動っ!」
いままでの道すがらでは試す余裕もなかったので、名実ともにこれが初めてのスキルトレース。だが躊躇をさせるほどの時間はなく、ティラは藁にも縋る思いでシステムを起動させた。
・・・だが、システムを起動させた途端に、警告音と共に突如として携帯の画面に起動とは違う画面が生じた。
―エラー発生!エラー発生!OVER LOAD開始―
「え、え?なに?何!?・・・熱っ!?」
何が起こったのか分からずに取り乱すティラをよそに、携帯は思わず取り落としそうになるほどの高熱を帯びて輝きだす。
―SKILL TRACE SYSTEM ON. TIME COUNT 600sec ・・・・・・START―
「ひっ―――!?」
無機質な携帯の音声の終わりと共に、少女の短い悲鳴をかき消すように辺り一帯に眩い光が迸った。その強烈な閃光を受けてバグ達が悲鳴を上げる。
やがて、緩やかに光が収まってゆくと、その光の中心だった場所に変身した少女の姿があった。
―――だが、少女の様子がおかしい。
糸の切れた人形のように力なく俯いた少女は、前髪に隠れて表情の見えない口元を歪めて、笑みのようなものを浮かべた。
「―――アハッ」
そして歪んだ口から洩れるのは―――狂笑。
「―――アハ、あはは。あははハハはははは!!!!」
笑い声と共に迸る閃光、轟く轟音。そして、吹き飛び空中高く舞い上がる無数の残骸。
この直後、植物園の数エリア、面積にして植物園の4分の1以上におよぶ区画とその周辺地帯が焦土と化した。
―TIME OUT―
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