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―――なんだかおかしい。

そう思い始めたのは大図書館に入ってからだった。昨晩家へと帰る時も体に妙なだるさがあったが、そんなことはいつもの事ではあるし、なにより寝て翌日になればすっかり無くなっていたので気にすることもなかった。

だから、だろうか。

早朝に目を覚ましても体のだるさが消えていないのに気付いたが、たいしたことではないだろうと思い、そのまま大図書館まで来たわけだが・・・。

(・・・一体なんなのでしょうか、これは)

全身がだるい。頭がぐらぐらする。

こうして他の司書と話しているというのに、会話の内容が頭に入ってこない。

「・・・司書長?」

やがてその司書も様子がおかしいと気付いたのか、怪訝そうに呼びかけてくる。だが視界が明暗する中では、その声すらもどこか遠くから聞こえてくる。

「いえ、何でもありま・・・―――」

最後まで言い切ったのかはわからない。・・・そこで、私の意識はやさしい暗闇の中へと飲み込まれた。

「司書長!?」

 

***

 

『『『司書長が倒れたぁ!!?』』』

リエステール大図書館。仕事前に集まった司書達は、朝一にもたらされたその大事件に、図書館中に響かんばかりの大声で驚愕の声を上げた。

すなわち、リエステール大図書館の司書長、フィロ・ミリートが倒れた。

これは彼女を多少なりとも知る者にとっては驚くべきことである。

「そ、それで司書長はどうなったの!?」

司書の一人がそう聞くと、フィロと直前まで会話をし、そして倒れる場面を目の当たりにした司書は真剣な面持ちで話し始めた。

「すぐにお医者さんに来てもらって、診断してもらったんだけど・・・」

「「「けど・・・?」」」

全員が注視するなか、司書は

「・・・『過労』だって。少なくとも今日一日は絶対安静にしなきゃいけないって言ってた」

だから個室で休んでもらってる。とカウンターの奥の部屋を指差しながら答えた。それを聞き、全員の間に重い空気が流れる。

「・・・やっぱり働きすぎだったんだね。司書長」

「まだ目を覚まさないんでしょ?どれだけ無理をしてたんだろう・・・」

「気苦労も絶えなかったしね」

最後の司書の言葉に、他の司書もうんうんと頷く。すると、そこで図書館の扉がバーン!と勢いよく開き、奥から、

「いやーごめんなさい!ちょっと寝坊しちゃって・・・」

と司書長の気苦労の第一原因であるリエステール大図書館のサボり魔、カロ・マダラストが能天気に笑いながら入って来た。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

一同、冷たい眼差し。

「あ・・あれ?どうしたのみんな。それにフィロさんは?」

「・・・あんたは・・・」

代表するようにミロがこれ見よがしに溜息をつくと、他の司書達も概ね同じような反応を示した。

まわりの司書達から放たれる絶対零度の視線に、様子がおかしいといまさらに気付いたカロが、疑問符を浮かべつつも顔を引き攣らせたのは言うまでもない。

 

 

さて、司書長が緊急で休みだからといっても、図書館が休館になるわけもない。当然、司書達も自分達の仕事をするだけなのだが・・・。

「あれ、ちょ、ちょっとまって」

そこで早速大きな問題が発生した。

「どうしたのよ?」

「今日ってもしかして・・・新書の納入日じゃなかった?」

「「「あ」」」

司書達が声をそろえる。納入日は大陸各地から取り寄せた大量の本が一度に届けられる日であり、当然、それらの本がすぐに本棚へ並べられる訳ではなく、一冊一冊にページ抜けや乱丁などがないかを確認する必要があるため、膨大な時間と労力を使うことになってしまうのだ。

「で、でもそれなら皆で協力すれば問題は・・・」

「それに、司書長が休みってことは、司書長がしていた仕事も分担しなきゃいけないってことに」

「「「・・・・・・・」」」

一同、沈黙。

つまりは、今日司書達は自分達の担当場所の本の整理や利用者の案内などの他に、新書の点検と司書長にまかせっきりだった(館長の仕事も含めた)大量の仕事を同時にする羽目になったのだった。

こうなるともはや「大変」どころの話ではない。仕事が一気に通常の何倍もの量に膨れ上がったのだ。おまけに今日は新人の司書が多く、仕事を一人で任せられる人材が圧倒的に不足していた。

というわけで、大図書館にかつてないほどの修羅場が訪れたのだった。

 

 

「せ、先輩!私まだ始めたばっかりなのに、一人でこの棚を全部整理するなんて無理です!」

「泣き言わないでがんばって!人出が足りないの!」

新人の司書が泣きついてくるのを励まして(?)いると、本を借りるための手続きの途中で待たされた人が声をかけた。

「あの、まだですか?」

「あ、はい!すみません。少々お待ちください!」

そう謝って手続きをしていると、今度は別の所から援助要請がくる。今日に限って利用者が多く、カウンターの前には貸し出し待ちの人の列ができていた。

その横では、

「これは・・・どうすれば・・・」

司書が途方にくれたように呟いた原因は、いままでフィロが書いていた帳簿や管理関係の本。無論、司書達にはこれをどうすればいいのかなど見当もつくわけがない。数人の司書が頭を抱えて唸っても、問題解決は訪れなかった。

 

「そういえばカロはどこいったのよ!?」

「ま、まさかこんな緊急事態にサボり・・・!?」

「「「あのバカはーーーーーーー!!!」」」

怒りの声を上げながらも、司書達は仕事に忙殺される。そして、

「こんにちはー!発注された本を届けに参りましたー!」

「「「みぎゃーーーー!!!」」」

どっさりと山積みされた新書を前に、司書達は異口同音の悲鳴を漏らした。

 

「・・・はぁ」

司書達が仕事に忙殺されている中、本棚の上に身を隠して横になっていたカロは溜息を吐いた。彼女を知る人間ならば、普通ならここで「司書長もいないし思いっきりサボれるぞー!」と喜ぶ場面であろうことは目に見えて明らかなだけに、その溜息は元気が取り得の彼女にしては珍しいことだ。

そして彼女は本棚の下を見下ろし、大量の仕事に涙目になっている司書達をしばらく見ると、

「・・・もう、しょうがないなぁ」

また溜息を吐いた。

 

 

任せられた本棚の前で、新人の一人がひぃひぃ言いながら整理を続けていた。

まだ仕事を始めて日も浅く、当然まだ本棚を丸々ひとつ任せられるわけでもないので、つねに先輩司書か同期の人達と一緒に仕事をしていたのだ。それなのに、このいきなりの大事件。人出が足りず、私にまで本棚丸々ひとつを任せられるという事態に陥った。

そんなわけで、なんでこんなことに、と涙しつつ本棚の整理をしていたのだが、

そこで横から誰かが手を伸ばした。

「・・・え?」

それを見て目を丸くする。こんなに忙しい時に助けに来てくれる人がいるとは思えない。

いったい誰が、と顔を向けると、その人物にさらに目を丸くした。

「か、カロ先輩?」

みんなからサボり魔と呼ばれ、かくいう自分もああはなるまいと反面教師のように思っていた相手は、黙々と、だが物凄い速さと正確さで本の整理をしながら言った。

「ここはやっておくからさー、新人さんはE棚周辺の整理の手伝いに行ってくれる?」

「え?で、でも。それだとカロ先輩が」

口籠る私に、カロは「いいからいいから」と笑いかけながら作業を続けた。そんな笑顔を向けられたら断りきれない。作業を続けるカロに頭を下げてお礼を言ってから。指示された本棚の整理に向かった。・・・のだが、

「あ、あれ・・・?」

そこでさらに困惑する光景を目にした。

向かった本棚では、既に数人の同期の人達が整理をしていたのだ。

私に気がついた一人が、驚いたような表情をして言った。

「え、まさかあなたも?」

その一言で、まさかとは思いながらも言う。

「まさかって・・・もしかして皆?」

「うん。私達もカロ先輩にここに行けって」

その事実に驚いた。つまりカロは、数人分の仕事を全て一人でこなし、新人の負担を減らすために数人で整理させようとしているのだ。

・・・だが、そこではっとした。忘れてはいけないのは、彼女がサボり司書という名で有名な司書だということ。

「ま、まさか自分にまかせてとか言っておきながらまたサボってるんじゃ」

しかし、失念していた可能性にうわ言のように呟いた私の耳に、司書長が倒れた、という本日最大の驚きの次に驚くべきことが告げられたのは、その直後だった。

「いや、あの人、物凄い速さで仕事をこなしてて・・・、さっきチラッと見たときには、もう私達の担当だった本棚は終わってたよ」

 

 

「よし終わり!お次は新書の点検!」

カロはそう独り言を言うと、整理の終わった本棚から離れて山と積まれた新書へと向かった。

「トリルー、手伝うよー」

「・・・まさかカロから手伝うなんて言葉を聞くとは思わなかったですね」

本の山に半ば埋もれるようにして点検していたトリルが、向かってくるカロを見ながら何か珍獣でも見ているような顔で呟いた。

しっかり聞こえていたカロが「それは嫌味か」と苦笑しながら近づいてくる。

カウンターを通り過ぎ、そして扉から出て行こうとした男とすれ違った。―――瞬間、突然スリもびっくりの手腕で男の持っていたバックから本を抜き取った。

「こんな忙しい時に窃盗なんて薄汚いことやめなよー」

そう言われ、はっと男は初めてバックから本を抜き取られたのだと気付いた。

「あ、な、いつの間に・・・!?」

慌てる男を横目に、手元の本をチラリと見たカロが続けざまに言う。

「むう、盗むならフィロさんがいるときにやってよね。この本ならここの古本屋さんに朝売ってたから、欲しいなら買いに行けばいいよ」

そういうとカロはカウンターでさらさらと地図を書いて男に手渡した。

「なに!ほ、本当か!?」

「本当ほんとう。このシリーズ人気のくせに出版部数少ないから困るよねー。欲しいならはやく行った方がいいよ」

「そ、そうだな!ありがとう恩に着るよ!」

「はいはい毎度ー」

大慌てで図書館から出ていく男に手を振りながら、何事もなかったかのように新書の山へと向かっていくカロ。その流れるような見事な捌きっぷりに、もはや司書一同、唖然としたまま見ることしかできなかった。

 

「あ、ちょっといい?」

それから数十分後、山と積まれた新書を黙々と点検していたカロが、偶然横を通り過ぎようとした司書に声をかけた。

「あ、はいなんですか?」

「そっちの本は点検ぜんぶ終わったから、新しく出来た本棚に置いてきていいよ」

「あ、はい・・・って、これ全部終わったんですか!?」

司書が驚くさきには、既に点検し終わった新書が山と積まれていた。軽く見ても、先に作業をしていた司書達の倍くらいの量はある。

「んー?んーまーねー」

間の抜けた声で返事をするカロ。それを見ながら「そ、それじゃあ・・・」と司書が新書の一つに手を伸ばす。だが、

「あ、待って。そっちの奴は乱丁とかページ抜けがあるからこっちのお願いね」

「え?あ、はい」

 

 

「ん?どうしたのミロ。みんな固まって」

新書の点検作業も一区切りして、一休みしようかななどと考えていたカロの視線の先には、カウンターの内側でうんうん唸っている司書達の姿があった。とりあえずそこにいたミロに聞いてみると、ミロはまるで期待していないような目つきで溜息をつきながら答えた。

「ん?・・・なんだカロか」

「む、人の顔を見て溜息を吐くのはいかがなものかと」

「ああ、ごめん。別にそんなつもりはないんだけどね。・・・司書長がいままで書いてた本を見てみたら、帳簿とか管理関係とか・・・そんな内容の本ばかりで、私達にはどうしたらいいのかお手上げ状態なのよ」

「ちょっと見せてもらっていい?」

「・・・いいけど、多分わかんないわよ?」

ミロはそう言って帳簿や管理関係の本を渡すと、カロは本を広げて難しそうな顔で読み始めた。それから数分、やがて一つ頷くと、

「・・・うん。いけるかな?」

「え!あんたわかるの!?」

ミロが驚愕の声を上げる目の前でカロは早速と言わんばかりにカウンター席に座ると、本を広げてさらさらとペンを走らせながら答えた。

「あたしのお父さん、商会の経理関係の仕事やっててさ。残業しない代わりに家に仕事もってきたりするから」

「ちょ・・それ初めて聞いたわよ?」

「うんいま初めて言ったからねー」

カリカリと作業を始めるカロを見て、司書達の思いは一つだった。

(((こいつ誰だ・・・!?)))

「どうしたの皆?ほら仕事仕事」

「・・・あんたに言われると不気味にも程があるわよ・・・?」

司書達のカロを見る目が、もはや驚きを通り越して違う生き物か何かを見ているような恐怖の色へと変わっていたのはまた別の話である。

 

 

 

―――目を覚ますと、そこには見覚えのない天井が広がっていた。

どうみても自室の天井ではない。かといってまわりの空気は自室以上に嗅ぎ覚えのある匂いで満ちている。ここは一体・・・?

「あ、フィロさん目が覚めましたか?」

ぼーっといまの状況について考えていると、横合いから声をかけられた。その姿を見て、思わずその司書の名を呟く。

「・・・ミロさん?」

なんでミロが、するとここは図書館の内部なのだろうか。だったらここの空気に覚えがあるのも頷ける。が、ではなぜここで寝ていたのかがわからない。そんな考えが顔に出ていたのかはわからないが、ミロが安堵の溜息をつきながら言った。

「よかったぁ・・・。フィロさん、過労で倒れたんですけど大丈夫ですか?」

「・・・・・・過労?」

聞き慣れぬ言葉に思わず言葉を反芻する。では、この体のだるさもそういうことなのだろうか?

意味では知っていても、まさか自分がそれを体験することになるとは、などとぼんやりする頭で思っていると、ふとなにか大切なことを忘れている気がした。働かない頭で必死に思い出そうとして、そして思い出してしまった。

・・・なんということだ。

「すみません。今日は確か新書が来る日でしたね。そんな忙しい時に倒れてしまうとは・・・」

そう言って頭を下げると、ミロはとんでもないと言わんばかりに両手を振った。

「そんな、フィロさんが謝ることないですよ!私達、少しフィロさんに頼りっぱなしだったなーと司書の間でも話していましたし。それに―――・・・」

「・・・それに、なんですか?」

珍しくミロが言い淀むので先を促すと、ミロは言いにくそうにしばらく「うーあー」と唸り、やがて複雑そうな表情で答えた。

「ま、まぁ見ればわかりますよ。・・・ちょっと来てください」

「?」

 

先導されるままにミロの後ろをついていく。もう閉館時間をとっくに過ぎているのだろう、人気のない暗い図書館の窓の外を見ると、すっかり昇りきった月が、淡い光を図書館の中へと注いでいた。

しばらく二人分の足音だけが響いていたが、ふとカウンターに傍まで近づいた時、また別の音が聞こえてきて、僅かに歩みを止めて耳をすませた。

その音―――カリカリというペンを動かす音だけが静かな図書館に響いている。

そして、明りの先でその人物の姿を見たとき・・・不覚にも少しだけ驚いてしまった。

カウンター席でカロが今まで見たこともないような真剣な顔つきで、ペンを片手に広げた本にかじりついていたのだ。・・・いや、あの本はまさか。

「・・・カロさん?」

「ん。ちょっと待って。もう少しで終わるから」

経理関係の本にペンを走らせながら、カロは振り向きもせずにそう答える。どうやらそうとう集中しているらしく、私が話しかけているということに気づいていないらしい。

「・・・・・・カロさん」

「でもさ、新しく入って来た新書の中に26冊も乱丁とかページ抜けがあるなんて、最近出版所たるんでるよね」

「・・・カロ!!」

隣にいたミロが堪りかねたように耳元でそう叫ぶと、カロはびくぅ!と顔を上げた。

「うわびっくりした!なんだよミロー。・・・と、フィロさん!!?」

ミロの横にいた私を目にした途端、カロはまるで弾けたようにカウンター席から立ち上がる。

過剰なまでの反応に、カロが普段私をどんな目で見ているのかがありありと分かってしまうが、まぁそれは仕方がないことだろう。ほとんど自業自得であるが。

「カロさん。これは一体?」

「え?やっ!これはえーっとですね・・・!」

わたわたと、まるで私にサボりが見つかった時のようにカロが大慌てで言葉を探している。「やばい。フィロさんが起きる前に帰るつもりだったのにー!」などという独り言を言っていたりするが駄々漏れである。そんなカロを横目で見ていたミロが、溜息を吐きながら助け舟を出してきた。

「カロ、フィロさんが倒れてからまるで別人みたいに働いていたんですよ。一人で数人分の本棚の整理を片付けた上に新書整理の4割もこいつがやったし、おまけに司書達がお手上げ状態だったそこの帳簿も一人で。・・・本当にカロなのか怖くなって、思わず皆でカロの頬を抓っちゃいましたよ」

「・・・ねえ、なんでそこであたしの頬を抓るかな?何回も抓られてほっぺ赤く腫れちゃったんだけど・・・」

非難めいた視線を向けるカロに、「だって自分の頬を抓るより確実じゃない」などと軽く流すミロ。

そんなやり取りを見ながら、カロに声をかけた。

「カロさん」

「あ、は、ははははいぃ!!?」

過剰なまでに上ずった返事は、このさい無視することにした。そんなことよりもまず言っておかなければ。

 

「―――ありがとうございました」

 

「―――へ?」

「仕事です。私が倒れている間、随分とがんばってくれていたようですから。・・・・・・なんですかその目は」

「え、や、あ、はい。それ程でもないです。・・・フィロさんも、たまにはあたしみたいにサボるくらいしたほうがいいですよ」

「・・・そんなことをしたら仕事がたまってしまいますよ」

いや、だからそれくらいの気持ちでー。などとカロが言い、ミロがそれにつっこむ。そんな光景を見ながらちらりとカウンターに広げられた本を見ると、綺麗な字できっちりと書き込まれていたのが見えた。

(まぁ・・・後で確認しなければいけませんがね)

 

結局はあまり仕事が減っていない気もするが、フィロはほんの少し、本当に僅かに口元を綻ばせた。

 

 

「これからは私の仕事を少しまかせてもよさそうですね」

「え?や、ちょっ・・・。それは勘弁してクダサイ」