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 通路を歩き始めてしばらくすると、意外にもすぐに広い場所へ出た。
 天井には無数の管やロープのようなものが縦横無尽に走り、高さは通路の倍以上は高くな
っている。
 その広い場所の逆側には、さっき歩いていたものと同じ通路が伸びていたが、目の前には
そんな物が意識の外に追いやられるような物が存在していた。
 古い、古い扉だった。
 武骨な両開きの巨大な扉は一体どんな金属を使っているのか、表面が赤錆びてはいるが劣
化しているようには見えない。
 その重厚な扉の存在感の前に思わず、二人そろってしばらく呆気に取られていたくらいだ
った。「すっごーい……」と思ったことを口に出したティラに対して、ライトはというとニヤリと
口元が自然と釣りがるのを止められなかった。
 間違いない。これは当たりだ。
 放心状態から立ち直った俺はそわそわと扉に近づくと、一通りトラップがないことを確認
してから扉へ手をついた。
「すごいな。これは」
『技術や形状、材質などから、恐らくは旧時代の物かと思われます』
「旧時代……」
 声は冷静だが、内心では興奮のせいで心臓は早鐘のように打っているし、手の平なんか汗
でぐっしょりと濡れている。
 旧時代の代物などは、ロストテクノロジーの結晶そのものだ。そもそも旧時代崩壊から千
年以上が経過している今、原形を留めている物自体が稀で、それもその殆どが最高難易度
ダンジョンとして有名な大地の裂け目・グランドブレイカーでしか発見されないため、いまだ
その技術のほとんどは解明できてないと言ってもいい。おかげでその技術を応用して
制作された機械武器は恐ろしいほどの価値になる。つまり、旧時代の物は冒険者にとって
は宝箱の中の財宝に等しい存在なのだ。
 恐らく俺の目算だと、とライトは目の前の扉を撫でながら思案した。目の前の扉だけでも
持って帰ってそれ相応の場所で売れば億は確実にいく代物だろう。無論こんな巨大で重そ
うなものを持って帰るのは事実上不可能と言わざるを得ないが、そんな扉で守られている
代物には、はたしてどれほどの価値がつくのか……。
「……ライトー、よだれ出てるよ」
 ティラに指摘され、はっと我に帰る。そうだった。まずはこの扉をどうにかしなくちゃな!
と思い直し、改めて扉をぺちぺちと叩いた。やはり何の反応もない。見上げてみると、や
はり大きい。これだけ大きいと、どんな怪力自慢でも、押したり引いたりして開けられる
ものではないだろう。
「さてと…この扉どうやって開くんだ?鍵とかいるのかな」
 もしそうだったら泣くなぁ……と思っていると、そこでまたもやティタノマキアが声をか
けてきた。
『どうやらパスワード式の電子ロックが掛けられているようですね』
「…ぱすわーど?でんし?」
 なんのこっちゃ。とまるで呪文のような言葉の羅列に思わず首を捻ってしまうが、ティタ
ノマキアは構わずに続けた。
『どうやらそこまで複雑なシステムにはなっていないようです。命令があれば電子ロック
の解錠を試みてみますが、いかがなさいますかマスター』
「……あ、ふえ?」
 その時になってやっと我に返ったティラが間抜けな声を出す。それからぼーっと現状を把
握するために上の空になった後、ふと視線を戻した先でライトがものすごい笑顔で「わた
くしブチ切れますわよ?」と言外に語っているのを見て、一気に現実へと引きずり戻され
た。
「ひぃっ!?は、はははい!お願いしまひゅ!!」
 どもりまくった挙句に噛んだが、幸いティタノマキアはきちんと命令として認識したらし
い。『了解しました。パスワードの解析を開始します』というと、杖からはキュイィィィィ
ンという不思議な駆動音が鳴り出した。
『―――パスワード解析中。解析進行率30%……45%……67%……84%……99%……、解
析完了。パスワードを入力。電子ロックを解除します』
 ティタノマキアが言い終わると、扉の内部から何かが外れる堅い音が聞こえてきた。続い
てガコォン、と重々しい音を立てて扉が中央から割れ始める。割れた扉は、そのまま左右
の壁へと呑み込まれていき、やがて完全に壁の中へと収まると、扉が開いた向こう側から
漏れ出てくるものがあった。
 音だ。
 ティタノマキアが駆動する時の音の何倍、いや何十倍にもした奇妙な重低音が、扉の奥か
ら聞こえてくる。
 はやる気持ちを抑えて扉の奥へ足を踏む入れると、そこは一つの装置を中心に据えた巨大
な広間だった。
 うす暗い広間の中、中央の巨大な装置の円を描くように沢山の机が設置され、その机上に
は沢山のボタンが埋め込まれていた。その机と垂直になるように、青色に点灯する横長い
板がいくつも立てられている。
 それらが囲む巨大な装置の中央には、人ひとりがすっぽりと入りそうなほど大きなガラス
の容器が鎮座し、中で蒼色の液体が揺れていた。
 そして、その容器の中に、人の姿があった。
 年齢は10歳にもなっていないだろうか。金糸を伸ばしたような綺麗な長い金髪は液体内で
好き勝手に広がって、華奢な体に纏わりついている。膝を抱えた態勢で液体内で浮いてい
る幼い少女は、一糸纏わぬ姿のまま静かな眠りについていた。
「……扉を開けたら、オンナノコの薬漬け、かぁ……。ここまで完璧に遺体を保存できる
ってのはすごいんだが」
 でもなぁ?と落胆を隠しきれない様子で、ライトは蒼色の液体に満たされた容器の中で眠
っている少女を眺めた。
 こんなにも厳重に保管されているということは、恐らく旧時代でもかなり重要な立場にい
た少女だったのだろうというのは想像に難くない。
 無限迷宮は実は旧時代の陵墓だった。なんていう説もあるくらいだから、そんな予想も荒
唐無稽ではないだろう。
 ……だが、少女が薬漬けになった容器などどうしろと言うんだ。確かに中の液体などには
かなりの価値があるかもしれないが、好きでこんなものを買い取りたいと思う研究者は少
ないだろう。よくて物好きな一部の好事家だけだ。
「マキア、これがなんなのかわかるか?」
『いいえ、残念ですが私のデータベースにも存在していません』
 そうか、と頷いてから、まぁ旧時代風の墓かなにかだろうな。と取りあえず仮定しておく。
 とりあえず墓なら何か副葬品があるはずだと、ライトはめげずに探索を開始した。
 だが広いと言っても、その大部分を中央の巨大な装置と周りの机が占めているような部屋
なので、探索はすぐに終わってしまった。
 結論から言うと、何もなかった。中央の巨大な装置は床に固定されていて外すことはでき
なかったし、そもそも大きすぎて持って帰るのは無理だ。まわりの机にも、大量のボタン
が埋め込まれているだけでペンの一本すらない。
 徒労、という言葉が頭に浮かび俺は手頃な位置にあった椅子に倒れこむように座った。
 ぼへーっと周りを見てみると、何が面白いのか、ティラが目を輝かせながら熱心に装置を
観察している。
 それを眺めながら深い溜息を吐いて机に肘をつくと、コツン、とその肘先に何かが当たっ
た。
 埃が厚く積もったそれを手で拾い上げ、埃を払うと、出てきたのはとても古い本だった。
表紙は劣化が進んでボロボロになっていたが、奇跡的に中は綺麗なままだ。ページの最初
に日付が書かれていたり、内容がすべて肉筆で書き殴ってあることから、たぶん日記かな
にかだろう。書き方から、恐らく男性。ボロボロになった表紙にも辛うじで持ち主の名前
と思しき筆跡が残っていた。
「ギブソン・J・ワイルダー、か」
 誰に言うでもなく一人呟く。散々戦ってトラップを掻い潜って粘液で全身ドロドロになっ
て、ようやく見つけたのは旧時代の少女の遺体とボロボロの手記が一冊。怨むぜギブソン
さん。といまは亡き人物に愚痴りながら手記を懐に入れた。
 その直後。
 うす暗かった広間が突然昼間のように明るくなった。
 は?と突然の事態に呆気に取られている間に、今度は人工的な響きのある女性の音声が大
音量で降ってきた。
『フュージョン・システム、起動します』
 さっきから聞こえてきていた一定の重低音とは違う、明らかに装置が動いていると思わせ
る大小様々な音が装置から聞こえてくる。それはまるでオーケストラが様々な楽器で音楽
を奏でているようだ。そんな中で音声は続ける。
『現在フュージョン・システムは、オートモードで稼働しています。繰り返します。現在
フュージョン・システムは、オートモードで稼働しています。システムをマニュアル操作
に切り替える場合は既定の手順を踏んで……』
 そこでようやくはっと我に返った俺は、即座に椅子から立ち上がると、機械の傍でおろお
ろとしているティラに向かってダッシュで近づいて叫んだ。
「おいティラ!お前いったい何をした!?」
「えっ、い、いや、ちょっとここのスイッチを押して……」
「馬鹿野郎!トラップだったらどうすんだ!」
 どうしたら止まる!?と慌てて机に埋め込まれているボタンを凝視するが、操作の方法な
ど皆目見当もつかない。そうこうしている間にも、机の上に立てられていた板には無数の
記号が次々と表示され、どんどんと上に流れては消えていく。
『現在フュージョン・システムは、オートモードによる培養器開放へ向けてのシーケンス
コントロールを続行中。プログラムを停止する場合は、管理システムにログインして、停
止コマンドを入力してください。繰り返します……』
 機械の前であたふたとしている二人を置いて、機械はさらに変化を見せる。
 ゴボゴボと音を立てながら、中心の容器の中を満たしていた蒼い液体が波打ちながらどん
どんと減っていくのだ。やがて液体の水位は少女の頭よりも低くなり、それから肩・胸・
腰と次々に水面の外に出ると、ついには容器の中の液体は完全になくなり、中には少女の
裸体のみが残った。
 それから数秒の間を開けて、バシュゥ!という音と共に容器の一部が割れて開くと、中か
ら液体に濡れた少女の体が転がり落ちてきた。
「うおっと!?」
 目の前に落ちてきた少女の体を反射的に抱き止める。抱いた拍子にひんやりとした液体で
服が濡れてしまったが、もともと化け物の返り血や粘液でドロドロだったのであまり気に
ならない。
『シーケンスコントロール完了。フュージョン・システムを終了します』
 そう言ったきり、目の前の装置は沈黙した。心なしか部屋を照らしていた蒼い光源も暗く
なっている。
「ら、ライト、大丈夫?」
「見りゃわかるだろ。つーかなに余計なことしてんだよこのアホ」
「うっ…ごめんなさい……」
「まったくだよ。って、うへぇ、なんで俺死体なんか抱いてるんだよ……」
 一通りティラに文句を言ってから、自分がいまだ少女の遺体を抱いていることに気づいて
顔を歪ませる。だが、と俺は少女の顔を至近距離でまじまじと見た。
 遺体とは思えないくらいその肌には艶がある。瑞々しく、張りがあり、生気に満ちている。
と言っても大袈裟ではない。まるでいまにも動き出しそうな……。
 ぱちり。
「…………え?」
 見開かれた少女の目と、目が合った。
 綺麗に澄んだ琥珀色の右目と、エメラルドグリーンの左目。見たこともない様な色合いの
オッドアイの瞳に、処理限界を超えてしまって固まっている俺のマヌケ面が映し出されて
いる。
 どれくらいそうしていただろうか。
 少女は俺と目を合わせたまま小さく首を傾げると、不思議そうに声を漏らした。
 
「…………がおー?」