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 そんな二人の後ろを、二人組の男がつけていた。
 ターゲットとなる黒いコートを着た若い男と、長い金髪をなびかせるオッドアイの少女は
こちらに気づいた様子もなく、のんびりと人の流れに身を任せている。
 やがて黒いコートの男と金髪の娘は、そろって建物の路地へと体を滑り込ませた。黒服の
男たちはお互いに頷き合い、二人の入って行った路地へと侵入する。
「……で、あんたら、俺たちになんか用か?」
 そこに、黒いコートの男が路地の壁に背を預けながらこちらを待ち構えていた。サングラ
スの奥に驚きの色を見せた男たちの足が止まる。
 壁から背を離したライトが、今度は正面から相手を見据えた。
「さっきからこそこそと俺たちの跡をつけてただろう。何か用かって聞いてるんだ」
 黒服の男たちがお互いに目くばせする。そして代表するように男の片方が一歩前へ進み出
た。
「ライト・エバーデンだな」
 腰から吊るした柄を握り締めて一息に放つと、鈍く光る剣尖をこちらに向けて突き付ける。
「大人しく一緒に来てもらおう。抵抗しなければ命は保証する」
「それは素晴らしい待遇だことで」
 適当に返し、ライトはニヤリと口元を釣り上げて笑いながら、両手を腰へと持っていく。
 ……だが、そこに本来あるはずの愛剣の柄の感触が、ない。「うん?」と疑問符を浮かべな
がらも何度か感触がないことを確認して、それから剣は手入れに出していることを思い出
し、ライトの笑みは凍りついた。
 剣を構えた黒服の男がじりじりと近づいてくる。それに合わせて、ライトもじりじりと後退。
時計の秒針が一周する程度その動作を繰り返した後、両者の動きが止まり、再び睨み合う。
 通りの賑わいから切り離されたように、路地には緊張感に満ちた沈黙が降りる。そして偶
然にその場に居合わせた猫の、にゃー、という呑気な鳴き声を合図に、ライトは踵を返し
て少女を肩に担ぎあげ、猛然と走り出した。
「待て!!」
 黒服の男たちが、叫びながら追いかけてくる。
 まったく、なんでこんなことに。ライトは内心舌打ちをした。
 あからさまに凶器を突き付けて脅してくるような相手だ。話し合いなどでの平和的な解決
は望めないだろう。ライトは意図的に一息つき、連中を撒くことに集中する。
 しかし路地を抜けてまた路地に入り、右に曲がり、左に折れ、時に通りに出て別の路地へ、
迷路のように入り組んだ路地を走り抜けるが、黒服の男たちは撒いたかと思うと再びこち
らを捕捉し、的確に追尾してきた。そうやって逃げ回っているうちに、ライトはだんだん
とイライラしてきた。
「……なんで、俺が汗水流しながら逃げ回らなきゃいけないんだよ」
 そう思うと決断するまでは早かった。路地の壁に立て掛けられていた箒を手に取り、歩み
を止める。いままで担がれたままだった少女を降ろして庇うように前に出ると、先ほど来
た道にまっすぐ向き直った。
 追いかけてきた二人組の黒服の男たちもそんな俺の様子を見て立ち止ると、二人とも走る
時に邪魔だったのか、鞘に戻していた剣を再び抜き放つ。
 男の一人がせせら笑う。
「まさかそんな箒一本で、剣を持った相手に勝つつもりか?」
 肩をすくめて、箒を肩に担ぐ。
「まぁな。お前らが大人しく引き下がってくれるんなら、わざわざ箒で相手をするような
手間も省けるんだが?」
「そちらこそ、大人しく我々に従えば痛い目を見ずにすむぞ」
「そうか。でも―――」
 肩に担いでいた箒を投擲する。まるで投げ槍のように黒服の男の顔めがけて一直線に飛ん
でいく箒を、男は冷静な動きで剣を一線させる。箒は柄の中ほどから真っ二つに両断され
て宙を舞った。その一連の動作の間に身を屈め、地面を蹴って一足飛びに黒服の男の懐ま
で入り込む。
 「なっ!?」と剣を振り切った姿勢のまま、予想以上の速度で懐に入りこまれたことに驚
愕する男の顎を、握りしめた拳で打ち抜く。顎の骨が砕ける感触。さらに男の膝を蹴り砕
き、完全に戦闘不能にするのと同時に振り向くと、もう一人の男の剣が目の前まで迫って
いた。体を捻って回転しながら手を上げる。振り下ろされた剣の一撃を紙一重で避けるの
とほぼ同じタイミングで、上げた手の中に宙を舞っていた箒の柄の一つが握りしめられた。
 そして振り抜いたままの態勢で顔を強張らせる男の喉元へ、回転の勢いをそのままに、箒
の柄の尖端を容赦なく叩きつける。ぐえっと蛙が潰れたような声を漏らすと、男は白眼を
向いて倒れた。
「―――どっちともお断りだね」
 ほぼ同時に崩れ落ちて気を失った男たちを一瞥し、ライトは手に持っていた箒の柄をそこ
ら辺に放り捨てた。
「……さてと、こいつらはどうするかな」
 頭をガシガシと掻きながら、目の前の惨状を眺めて軽く思案する。荒事が終わったのを察
して、後ろにいた少女がひょこりと顔を出した。
 こういった手合いの輩は街の治安維持に努めている騎士団や自警団に突き出すのが正しい
選択なのだが、正直こんな路地裏から大の男二人もわざわざ引っ張って行きたくない。ま
ぁいいか、面倒だし。とライトは気を失っている黒服の男たちから視線を外し、放置した
まま路地から出た。
 通りへ出た途端、さっきまでの緊迫感が嘘のように平和な空気と喧騒が戻ってきた。
「まったく何だったんだか」
 そして溜息ひとつ。
 ただの追剥ぎやゴロツキだったらこれで済んだのだが、黒服たちの言うことから察するに、
どこかの集団や組織が関わっているのは間違いないだろう。しかも相手と話す際には武器
を抜くヤバイ連中。いや、それとも俺に何か恨みがあって、その報復のためにああいう対
応だったのだろうか。
 でも俺最近なにかやらかしたかな、と考えていると、向かい側から見慣れたライトブラウ
ンの髪にチャームポイントのアホ毛を備えた少女がこちらに向かってきているのが視界に
入ってきた。
 それも一人じゃない。ティラの隣には白百合を彷彿とさせる純白のドレスを纏い、ドレス
の要所要所に銀に輝く鎧を身に付けた、一目で騎士を連想させる容姿をした女性が護衛す
るように付き添っていた。
「……って、なんだ。よく見りゃクローディアか」
「お久しぶりです。ライトさん」
 ティラのようななんちゃって金髪ではない綺麗な金髪を揺らし、ドレスの裾を摘まんで優
雅に一礼する。さすがは貴族様なだけあり、その仕草も堂に入っている。
 彼女の名はクローディア。リエステールでは割と名の知られているプレスコット家という
貴族のご令嬢で、生粋のお嬢様でありながら、プレスコット家が独自に設立したプレスコ
ット従騎士団と呼ばれる騎士団の中で騎士団長を務めている。親のコネや見栄でその地位
に付いたと思いきや、可憐な女性の外見とは裏腹に剣技のほうも半端ではなく、ドレスを
翻しながら戦う優雅にして苛烈な姿に、白麗の戦姫の異名をとるほどの腕前だ。
「で、その団長殿がどうしてこんなところにいるんだ?もしかしてうちのアホがなんかや
らかして連行中とか?」
 ティラが心外だと言わんばかりに抗議の目を向けてきたがそれをさっくりと無視し、クロ
ーディアがしゃべるのを待つ。
 クローディアはくすくすと朗らかに微笑んだ。
「別に連行中というわけではありませんからご安心ください。彼女が怪しい男たちに追わ
れて逃げているところに偶然鉢合わせて、念のために護衛を申し出ただけですわ」
「襲われて?それはもしかして黒服の格好をした怪しい連中か?」
「あら、ということはライトさんにも同じような方々が?」
「武器を向けてきたから路地で叩きのめしたけどな」
 やれやれと溜息を吐きながらいま出てきたばかりの路地を示す。クローディアは頷くと、
少し引いた位置でクローディアの護衛として付き従っていた、クローディアと似たデザイ
ンの金属鎧に身を固めた騎士に指示を送った。騎士は黙って頷くと路地の奥へと消える。
 恐らく昏倒させた黒服たちを拘束しに行ったのだろう。まぁ一人は膝を砕いているので気
が付いていてもろくに動けないだろうが。
 護衛として残っていたほかの騎士にも指示を出すと、再びクローディアがこちらに向き直
った。先ほどまでの微笑は消え、その顔には騎士団長としての顔を覗かせている。
「ティラさんを追っていた男たちの様子を見て、突発的な犯行とは思えなかったのでもし
やとは思いましたが、やはり組織だった襲撃のようですね。実行犯の身柄はこちらで拘束
させていただきますが、当分の間は十分に気をつけてください」
「ああ。うちのアホの護衛わざわざすまなかったな」
「いいえ、それでは」
 クローディアは再び優雅に一礼すると、その場を後にした。隣からはなにやら射殺さんば
かりの強烈な視線を感じるが、ここは無視するのが最善だろう。
「さてと、ところでティラ、お前依頼は全部終わったのか?」
 そう言って振り返ると、そこには目尻に涙を浮かべてジト目で睨みつけるティラがいた。
「どうした?」
「……ライト、私に何か言うことはない?」
 ジトッとした目のまま低い声で言われた問いに、ふむ、と軽く思案する。やがて納得した
ように頷くと、ティラの顔をまっすぐ見つめて答えた。
「なんか面白い顔してるな、変なものでも食べたのか?」
「――――――ッ!!」
 ブチッ、と何かが切れる音がした。
 そして珍しく、本当に珍しく。魔術師の少女は手に握る鈍器じみたごつい杖で青年に殴り
かかった。