※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 

「おい、それは何の真似だ?」
 ライトの問いにジョンは少女の喉元に刃物を突き付けたまま器用に肩をすくめて見せた。
「状況を理解できないほど間抜けでもないだろ?お前は」
 その科白に舌を打ち、ライトは短剣を握ったままがりがりと頭を掻く。
「連中とグルかよ。くそったれ。つーか普通に喋れるんじゃねぇか」
 吐き捨てるように言うと、ジョンは「そういうことだ」と言いながらこれ見よがしに少女の喉元の刃物を見せつける。
その仕草に周りの調査隊の面々は、状況を把握しきれずに困惑しながらも二人から距離を取った。
 人質に取られた少女は怯えると言うよりも困惑したような表情をこちらに向けている。
「さぁ、武器を捨ててもらおうか。このガキの死に目になんざ合いたくはないだろう?」
「いいのか?そいつが目的だろお前ら」
「なーに、時と場合によるさ。いざとなったら死体を渡すことになるかもしれねぇな」
 少女の喉元に当てた刃物に僅かに力を込めながら、ジョンはライトの握る短剣を顎でしゃくる。
「ほら、さっさと武器を捨てな。お前にお礼がしたいって連中が待ってるんだからよ」
 言われて後ろを振り向くと、男達が怒りも露わに接近してくる光景が目に飛び込んでくる。
 視線を戻すと、その先には困惑する少女と勝ち誇った顔のジョン。そして二人から距離を取っている調査隊員たち。
 溜息が出た。
 
 
 突然の事だった。
 ライトが正面にいるヘンな人たちに意識を向けたほんの一瞬、彼の後ろにいた"わたし"は突然乱暴に引き寄せられて、首に冷たいものを押しつけられた。
 なんだからよくわからない内に交わされたライトと男の人との会話はやはりよくわからなかったが、わたしの所為で起こっている状況だということだけは分かった。
 ―――いやだな、と思う。
 乱暴に押さえつけられて首筋に刃物を突き付けられたわたしの今の状況が、ではない。そもそも正確な状況をまるで掴めていない少女の頭の中には、刃物を突き付けられている恐怖が明確にはまだ湧いてきていないのだ。
 直後に溜息を吐いたライトの表情は一見面倒くさそうに見えるのに、わたしの目にはとても困っているように見えたから。
 だから、いやだなと思う。
 わたしの所為であの人にはあんな顔をして欲しくなかった。
 そう思った時だった。
『やれやれ、出てくる気はなかったのだけれど』
 その声は直接語りかけるように頭の中に聞こえてきた。
 びっくりして周りを見回してもそれらしい人はいない。首に突き付けられた刃物に少しだけ力が込められて、わたしは動きを止めた。
『周りを見たって私はいないわよ。それよりも不用意な行動はやめなさい。あなたが死んだら"私"も困るんだから』
 そう言って少し咎めるのは少し大人びた雰囲気を持つ女の人の声。その声は先程と同じように頭の奥で直接響いているようだった。
『色々と疑問もあるでしょうけどあまり時間もないから、ひとつだけ私の質問に答えなさい』
 有無を言わせぬ"私"の声に、わたしは一度だけ小さく頷いた。
『彼の力になりたいの?』
 とても簡単なその問いにわたしは見えない誰かに向かってぶんぶんと大きく頷く。すると"私"は『しょうがない子ね』と溜息を吐いた。
『そう、じゃあ手を貸してあげる。私の言う通りにしなさい』
 素直に頷いた。
 声の指示に従うように少女の全身から力が抜ける。すると抵抗がなくなったと判断したのか刃物に込められた力が僅かに緩み、その一瞬をついて顎を引いて少し顔を下げる。下げた顔の目の前で剣の刃がギラリと光った。
 目の前で揺れるそれにガチンと歯を立てて、剣の刃をしっかりと噛みしめる。それが上顎と下顎で固定されている事を確認したら、声の言う通り"それ"を解き放った。
「な……お……!?」
 驚愕の叫びとともに、少女の背後に居たジョンは空高く跳ね飛ばされる。そのまま地面に落ちた彼は、目の前の人影を驚きの目で見つめた。
 太い大木で薙ぐような風切り音が、シンと静まり返る洞窟に響いた。長い金髪から覗く瞳の中では、爬虫類のように縦に裂けた瞳孔が光を反射してギラギラと光る。
 少女の丁度腰あたりから服の布地を裂いて、一本の真っ白な尻尾が伸びていた。
 少女の体か、もしくはそれ以上の長さを持つ尻尾はそれが飾りではないことをまざまざと見せつけるようにゆらりゆらりと蠢く。
 少女はしっかりと咥えていた剣をぺっと地面に吐き捨てると、確認するように両手を目の前で閉じたり開いたりした。
 体が、軽い。力が溢れんばかりに全身に漲っていく。
 それまで味わったことのない力の充足感に、
「うくくく……、うくくくふふっ」
 少女は喉の奥からくつくつと楽しそうな声を漏らしだした。
 そしてしばらくすると、耐えきれないと言わんばかりに、少女の大きく開いた口からけたたましい笑い声が飛び出す。
 なにかをしているわけでもないのにわくわくするようなとても楽しい気持ちになって、それを表現しきれないと言わんばかりに白尾が背後でのた打ち回る。
『新しい玩具を手に入れた子供みたいにはしゃぐのは勝手だけど、そろそろいいかしら?』
 そこへ無感情な"私"の声が頭の中から聞こえてきて、わたしははっと我に返った。まるで冷水でも頭からぶっかけられたような気分だ。
 頭の中の"私"は『やっぱり力に呑まれたわね。まったく、やっぱりまだ早かったかしら』と一人でぶつぶつと呟いてから、首を傾げるわたしに『なんでもないわ』と言って続けた。
 『一応確認しておくけど、体はちゃんと動く?……そ、なら問題ないわね。それならさっさと終わらせましょう。私も少しだけ手伝ってあげるから、あなたは体の動くがままに従いなさい。いいわね?』
 それにこくりと一度頷いて、少女は小柄な体とは不釣り合いなほど大きな尻尾を揺らしながら歩き出す。
 その向かう先では、跳ね飛ばされたジョンがようやく体を起こそうとしている最中だった。近づいてくる人影を認め、目を丸くする。
「クソっ!どういうこった話が違うじゃねぇか!コイツはまだ力を使えないはずじゃ……」
 うわ言のように捲し立てる言葉は、最後まで続かなかった。
 少女の尻尾が閃き、それがジョンの胴をなぎ払った。先ほどの一撃ですでに覚束ない足取りだったその体が面白い様に宙を舞う。
「ぐべほっ!?」
 下から掬い上げるように打ち上げられたジョンの体が、勢いよく洞窟の天井へ叩きつけられる。
 一瞬動作を止めたあと重力に従って地面に墜落すると、男はそのまま白眼を剥いてピクリとも動かなかくなった。
 その様子を一瞥して前を向く。そこには呆然としたまま武器を構える、―――本当に構えているだけの男達がいる。
 少女は新たな獲物の姿を捕らえると、物も言わずに地面を蹴った。再び上がる悲鳴。
 地面と言わず壁と言わず、洞窟内の起伏を足がかりに縦横無尽に疾駆しながら、でたらめな動きで接近して男達に襲いかかる。長く強靭な白尾が一薙ぎで数人の男達を同時に吹き飛ばし、堅い壁や地面に叩きつけて意識を刈り取っていく。
 少女と男達の関係はもはや狩る側と狩られる側でしかなかった。
 都合数回、流麗な白尾を振り回しただけで、精鋭であるはずの男達がその数を減じていく光景に、武器を構えた男が何かの冗談を見ているような顔をしながら呻いた。
「畜生……なんだってんだ畜生!」
 悪態を吐きながら男が自棄になって刃を突き出す。虚空を薙いだ男の武器の横を滑るように白い物体が高速で眼前に迫ってくるのを見た時、そこで男の意識は途切れた。
 ―――それからわずか数分後。
 少女が足を止めて白尾を一払いすると、洞窟内には何人もの男達が意識を刈り取られて転々と転がるのみだった。残るのは事態に付いていけずに困惑する数人の調査隊員と、既に剣を腰帯の鞘に戻していた黒衣の男が一人。
『終わったわね。それじゃあ私は引っ込むけど、"それ"は自由に扱えるようになりなさい。あなたにはすでに扱い方を教えたからできるはずよ。自分の身を守るためにもね』
 そう言うなり頭の中の声は聞こえなくなった。