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―3―






あれから数十分。
全員でミナル方面に向かって歩きながら、エミリアは先程の戦闘で起こった事に関して、戦闘に割り込んできた吟遊詩人(バード)の女性に尋ねていた。
―バードは、『歌』の能力を持つカーディアルトの特殊職。それゆえに、特殊な状態異常などの治癒に関しても、カーディアルトと同等以上の知識、力を持っている。
そう考えての相談だった。
小さな女の子の方は、フロストファング―銀牙の背中に乗ってそのへんを駆け回っているが、ちゃんとこっちの動きは見えているのか、常に一定以上の距離をあけないようにしているようだ。
「体調は問題ないんですね?」
「うむ…魔力が尽きている感覚もないのじゃが……」
今エミリアの身体に起こっている事……それは、魔法が使えない、というマージナルとして致命的な状態だった。
相談をする際にも、その辺の石に向かって何度か魔法を使おうとしたが、それらはすべて、杖はわずかに光って反応するものの、魔法として発現するまでに至らなかった。
「そうですね……そうなると、やはり『エメトの欠片』という触媒が原因では無いかと思います」
「…と、言うと?」
彼女はエミリアに向けて、今の体調から、最近あった出来事まで、事細かに質問をしていた。
その中には、ディンの行った『エメトの欠片』を使用した聖術治療の件も含まれている。
「今もっていらしたら、見せていただいてよろしいでしょうか?」
「わかった。 …ディン、荷物からとってくれないか?」
「おう。 …っと、あったあった」
ほぼカラに近いカバンの中から、一つのビンを取り出すディン。
その中には数個の小さな白い石が詰め込まれている。
女性はそのビンを受け取り、中から一個取り出すと、まじまじと探るような目つきでそれを眺め始めた。
「…随分と強力な触媒のようですね……この大きさでこれほどの力を秘めているとなると……」
「ど、どうなのじゃ?」
「……ディンさん、でしたね。 エミリアさんの治癒に、どの程度の量を使いましたか?」
「ん……あの時は必死だったし、小石をいくつも集めて使ったからなぁ……」
「大体で構いませんよ」
「……あ、一塊にしたらあのフロストファングと同じくらいの大きさかな?」
「銀牙の身体と同じくらいの大きさ、ですか。 ……でしたら、あの症状の可能性は充分ありえますね…」
そう言いながら、石をビンに戻し、手渡す。
「ど、どういう事じゃ!?」
エミリアはとりあえず受け取るものの、自らの支援士として、冒険者としての生命にかかわる状態なので、それどころではないようだった。
「恐らく、エミリアさんのそれは『ノイズ』と呼ばれる状態です」
「「ノイズ?」」
聞いた事もない状態の名前に、声をそろえて疑問符を飛ばすディンとエミリア。
妙に気があったような二人のその行動にすこし笑いがこぼれるが、コホンと一度咳払いをして、表情を元に戻す。
「はい。 強力な聖術を受けた時に、ごくごく稀にですが体内に『光の力』―いわば聖術の残りカスですが、それが残る事があるのです」
「……すると、どうなるんだ?」
「元々聖光系の力を使える方ならなんの問題もないのですが、エミリアさんは氷、雷系のマージナル……残った、”本来扱えないはずの力”が体内の魔力と混ざり合う事で、思うように力を扱えない状態になってしまうんです」
「なるほど、それで雑音(ノイズ)か」
「そんなもの、はじめて聞くが…」
「前例はありますが、それも長い教会の歴史の中でも片手で数えられるほどですから……たとえ冒険者でも、ほとんどの方は聞いた事もないと思いますよ」
教会でも一部の勉強熱心な方しか知りませんし、と笑うような表情で、小声で付け加える。
その瞬間の顔は、今まで見せていたそれより随分と幼く映る、無邪気ないたずらっぽい顔だった。
「とりあえず、放置していれば自然と元に戻りますから安心してください」
「そうなのか?」
「はい……例えば、何かを食べればそれは自然と身体に取りこまれ、エネルギーになりますね?
それと同じで、ノイズとして入り込んだ魔力も、少しづつ本人の魔力と同化していくんです。
むしろ、取り込んだ分だけ力が強くなるかもしれませんよ? と言っても、目に見えるほど大きい変化ではありませんが」
「なるほど。 安心したのじゃ」
そう口にすると共に、”はぁ~”と、全身にはりつめていた力を抜くエミリア。
魔法が使えないなどと言う状況は、マージナルとしてこの先生きていくにはあまりに致命的な状態。
とりあえず、しばらく待っていれば元に戻ると言われ、ひと安心と言ったところだろう。
「しかし……逆に言えば、しばらくは支援士稼業もできないわけだ」
「それは仕方あるまい。 贅沢しすぎなければ、数日くらいどうにかできるくらいの蓄えはあるじゃろ」
「まぁ、それはそうだけどな」
なんだかんだと言って幸運度は高く、何度かとある好事家の物品捜索の依頼もこなした事がある二人。
加えて、これまで見つけ、そして売っていったアイテムのおかげで、一般的な支援士の平均値よりはフィズの蓄えもずいぶんと多かった。
「話を聞く限りでは、あと二日もすれば回復すると思います。 ……けど、念のため旅を再開するのは三日ほど待っておいたほうがよろしいかと」
「うむ、わかった」
「じゃ、しばらくミナルに泊まる事になるな……」
「あら、お二人はミナルに向かう途中だったのですか?」
「ああ、そうだが……あんたたちも?」
「はい、ミナルの教会に用がありまして………あら、ユキ、どうしました?」
気が付くと、今まで銀牙とそのあたりを走り回っていたはずの女の子…ユキが、呼びかけるようにその裾を引っ張っていた。
女性が微笑んでそっちへと目を向けると、ユキは何かを伝えるように両手を動かし始める。
「……手話…?」
「―!」
ふとディンがそんな単語を漏らすと、何かに気がついたような顔をして、自分のカバンの中から、無数の文字が並べられた板のような物を取り出し、その上に書かれた文字を一つ一つ指差し始めた。
二人は手話は分からないだろうと考えたようだ。
「『わたし うまれたときから こえがだせないから』……?」
その指を目で追い、差された文字を順に読んでいくと、そんな文章が出来上がった。
エミリアがそれを復唱すると、コクコクと頷いて、また別の文字を指差し始める。
「『でも しあとぎんががいるから だいじょうぶ』って……シアって、あんたのことか?」
「はい。 そういえば、まだ名乗ってませんでしたね」
ユキの様子を優しく眺めていた女性―シアは、にこりと笑ってそう答えた。
「やはりそうであったか。 紫眼のフロストファングと、笛吹きの少女をつれたバード……シア・スノーフレーク」
「御存知でしたか」
「噂だけじゃがな。 モンスターを連れ歩いた人間―ましてやバードなど、そういるものではなかろう」
「そうかもしれませんね」
「…しかし、人になれてるな、その銀牙ってやつは……」
ユキと一緒に戻ってきていたらしい銀牙を見て、感心したようにディンが一言。
それに反応するかのように、ユキがまた板を指差し始める。
「えっと…『ぎんがは あかちゃんのときから わたしといっしょにいたから わるいこじゃないよ』?」
「ええ、そうらしいです。 ユキは十六夜の孤児だったんですが……喋れない、というだけで他の子供から孤立して、私と会うまでは、銀牙と遊ぶのが常だったらしくて」
「へぇ……小さい頃から育てると、モンスターでも人に懐くのか」
「…モンスターも、私達と同じ生物です。 心が通じれば、この二人のように友達―いえ、家族にもなれるんです」
「ふむ。 じゃが、全てのモンスターとそううまく行くわけでもあるまい」
シアの言葉の裏にある、別の言葉を読み取ったのか、少し真剣な表情でそう答えるエミリア。
それを耳にして、シアは少し残念そうな表情をしながらも、言葉を紡ぎ出す。
「…はい。 先のコボルトのように習性として襲う者も少なくありません」
「まぁ、そのために私達のような支援士がいるのじゃがな。 ……モンスターの屍に祈りを捧げるような者もいるようじゃが」
この言葉の最後のあたりは、すこし微笑むような表情で、シアの目を見つめるようにして言っていた。
―先程、七体のコボルトを倒した後に、彼女は彼らに向かってひざまづき、祈っていた。
モンスターを、ただ”敵”と考えるのではなく、彼らも自分達と同じ生き物である、と考える者だからこその行動なのかもしれない。
「教会の者でも、そのようなことができる者は多くはあるまい。
私達のようにモンスターを生活の糧にする支援士が言うべきでは無いかも知れぬが……」
「……いえ、そう思っていただけるだけでも、嬉しい限りです。 あなた方の生き方を否定はしませんし…それもまたひとつの摂理でしょう」
すこし悲しそうな瞳をしていたが、モンスターは基本的に人に害するもの達である、ということは、彼女といえど否定しきれない事らしく、それに関しては理解を示しているようだった。
「……あ、そういえばユキ。 さっきなにを言いかけてたの?」
空気が重くなり始めた事を察したのか、先程ユキが彼女の服を引っ張っていた理由に話を逸らした。
ディンとエミリアの二人もその意図をさっし、何も言わずにそれに従う。
ユキは文字盤をしまうと、再び手話でシアに話し始めた。
「そういえば、そろそろお昼の時間でしたね。 どうやらお腹がすいたそうです」
「おお、そうじゃったか。 では私達も一緒にしてよいかの?」
ユキはこくりと頷く。
「では、お弁当にしましょうか」

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