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―5―





―次の日の朝、なんとなく早く目が覚めたディンは、鎧では無い私服を身につけて、朝の町を散歩していた。
いつもは慌しく船頭をやとって水路上の最短距離をすすんでいたこの町は、彼は随分見慣れた気がしていたが、こうやってゆっくり歩くと、新しい発見のようなものも多くあるようだった。
「たまには、こういうのもいいかもな」
誰に話しかけるわけでもなくそう一言。
色々な店が集まっている通りも、看板の表示はまだどこも『CLOSED』のままで、開いている店は一つとして無い。
なかには早起きの店主か看板娘かが軒先の掃除をしており、ディンは彼等が自分に気がついたかと思うと、かるく会釈を交わしていた。
……ふと空を眺めて見ると、小鳥が数羽、頭上を駆け抜けている。




数十分の散策を終えて、レイスの工房へと戻るディン。
自分が外へ出た時は、レイスもエミリアもまだ目を覚ましていない様子だったが、この間に起きて朝食の準備でもしているだろうか。
なんとなくそう思いながら、工房の扉に手を掛ける。
「ディンおかえり。 散歩?」
「ああ、なんか目が覚めちまったからな」
出迎えに出てきたのは―もとい、扉を開けたその先にいたのは、レイスだった。
テーブルの上に、おそらく出来たばかりだろう朝食を並べている。
この様子なら自分が家を出た直後に起き出し、作り始めていたのかもしれない。
「エミィはまだ寝てるのか?」
「ううん、ついさっき起きたみたいだから、着替え中」
なぜか悪戯をおもいついた子供のような怪しい笑みを浮かべるレイス。
はっきり言って、こういった顔を見せた時の彼女の行動は油断がならない。
頭の回転では自分達三人の中では一番早く、それでいて他人を少し驚かせるのが好きという、ある意味かなり性質の悪い性格をしているからだ。
決して悪い人間では無いのだが、それだけはディンも昔から警戒していた。
「レ、レイス……一応、着てみたのじゃが……」
奥の部屋から、効きなれた少女の声だったが、なんとなくいつものノリと勢いがないように感じられる。
どことなく、戸惑いのようなものが見え隠れして……いや、戸惑っているのがありありとわかる声だった。
「ディン、ちょっと静かにしててね」
その声が耳に入ると、レイスは人差し指をかるくディンの唇にあてて、小さな声で黙っている事を指示する。
……ディンは正直俺にその動作はどうかと思うぞ、と思いつつ、とりあえず黙っておく事にした。
いたずらに警戒はしているが、深刻な問題になりそうなことは絶対にしない彼女の行動。
おそらく自覚は無いかもしれないが、いつもどこかでなにが起こるか期待している部分もあった。
「着替えたの? ねぇ見せてくれない?」
そして、何事もなかったかのようにエミリアの呼びかけに答えるレイス。
「ん……」
すると、さっきと同じように戸惑ったような声が二人の元に帰ってきて、奥の部屋へのドアがゆっくりと開いていく。
レイスはその間わかりやすいくらいに笑顔を浮かべていて、ディンもなんとなく嫌な予感を感じつつも、そのドアの方に目を向けていた。
「―っ!?」
「わ、すごいかわいい!」
そして完全に扉が開いたとき、ディンは思わず言葉を失い、レイスは期待通り、と言わんばかりのにポンとてを打ち、声を上げる。
扉の向こうにいたのは、銀のロザリオ付きの黒いチョーカーに、全身にフリルがあしらわれた、純白のドレスのような服に身を包んだ、エミリアの姿だった。
いつも根本で結んでいる髪も、今は自然に任せるように解放され、彼女の動きに合わせて左右になびいている。
「うー……どうしてもと言うから着てみたが……こういうのは落ちつかないのじゃ……」
……どうやら本人は、普段着ない方向性の飾りつけがあしらわれた服に、恥ずかしさのあまり声が押さえ気味になっているようだった。
「何言ってんのよ、エミィって素材はいいんだから、色々試してみないと損ってものよ」
「じ、じゃが」
「というか、普段着てるやつのほうが胸の辺りとか肩とか開いてて、こっちの方がいいと思うけどなぁ」
確かに、言われて見れば単純な肌の露出具合ではいつもの黒いドレス風の衣装の方が高いかもしれない。
単に見慣れたといえばそれでおしまいだが、あれは彼女自身の雰囲気にも合っているし、実際見えている部分も、特に気になるほどのものでもない。
「私はこんなフリフリひらひらしたものの方が着なれてないし、恥ずかしいのじゃ!! こんなのは小さい子供にでも着せておけばいいのに!!」
天然のはずの口調が微妙に崩れている。
普通は混乱すると素の口調が出てくるものだが……どうやらそれすらも危うくなるほど混乱しているようだ。
「それじゃサイズ合わないよ?」
「そう言う問題じゃ――……ぁ…………?」
――見事なまでに、二人の目が合った。
「え、えっと……エミィ……?」
エミリアの動きが凍りつき、ディンも同時に身動きがとれなくなる。
「でぃ……ディン……いつから……」
「あ、いや……『一応、着てみたのじゃが……』のあたりから……」
「……う……あ……」
ぼんっ! と一瞬で耳の裏まで顔を赤く染まり、そのままギギギギギギ……とでも聞こえてきそうな動きで、少しづつ後ずさっていくエミリア。
その姿は、そのまま今出てきた部屋の中へと消えていき、レイスとディンのいるこの部屋は、なんともいづらい静寂に包まれる……が、レイスはレイスで思いっきり笑いをこらえているようだった。
「……おい、レイス」
「ふふっ……エミィ可愛かったでしょ? もうバッチリ200点満点よ」
「いや、それはいいから、あんな服なんで持ってるんだ」
「貴方達がモレクに行っている間に町で見かけて、エミィに似合いそうだなーっておもって買っておいたの」
―レイス・クリスティア。
時折こんな風に二人を全力を持ってからかうことがあり、『娯楽』のための多少の出費はいとわない女。
根は真面目で善人なのだが、からかわれる立場としては、いくら”ごくごくたまに”の頻度だとしても、たまったものではない。
「ディ~ン~……」
「エミィ、お前大丈夫か…………って、おい、それどうする気だ……」
再び部屋から出てきたエミリアの姿は、さっきの同じ白いドレス。
だが、その右手にはいつもの布に包まれた杖が強く握られていた。
「忘れろ! 忘れろ!! 忘れろ~~~!!!」
「おわぁっ!!? ちょ、エミィ、待て!! 落ちつけ!!!」
恥ずかしさのあまり顔全体が真っ赤になり、今にも泣きそうな表情で、全力で杖を振り回すエミリア。
ディンはそれを目にして反射的に背にある扉から外へ飛び出し、エミリアは完全に冷静さを失っているのかそのまま追いかけるようにして行ってしまった。
「おーい、そのまま外走ると余計に泥沼だよー」
そうして呼びかけるレイスの声に、止める気など全く込められていなかった。
ここミナルでは、二ヶ月か三ヶ月に一回、朝昼夜、さらに場所も問わずに、この三人のコントが繰り広げられる。
その主催がすべてレイスの手によるものだと知っているのは、すでにこの町の住人全てに知れわたっていたりする。

ちなみに、そのコントからレイスの存在を知り、その後に彼女のクリエイターとしての腕前を知り、彼女の工房の常連客になったという人間も、決して少なくなかったり。

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