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―3―






「マスター、おはよーっとっと…」
バタンと酒場の扉を開けて、いつもの調子で元気にその店の主に呼びかけようとした支援士の女性だったが、その直後に、不意をつくように飛び出て行った小柄な黒い影に驚き、わずかに身を避けた。
黒い影は、女性が目に入っていなかったのか、何も言わずにそのまま駆け出していってしまう。
「おお、ジュリアか。 丁度いいところに来てくれたな」
「え? なにか依頼でも入ってるの?」
しかし、それについては特に気にした様子も無い女性―ジュリアに向かって、マスターの声が飛ぶ。
ジュリアはぱたぱたと服のほこりをはたいて佇まいを直すと、とてとてとマスターの立つカウンターにむけて移動した。
「ああ、今外に出てったお嬢ちゃんの後を追って、様子を見て欲しい」
「今って、今でてった女の子を? 別にいいけど、何かあったの?」
誰の目にも分かりやすいハテナ顔を見せるジュリア。
その表情を目にして、あいかわらずだな、と笑うマスターだったが、すぐに気を取り直して現在の状況の説明に入る。
―もっとも、笑顔を崩してはいなかったので、深刻さと言うものはほとんど感じられなかったが。
「あのお嬢ちゃんだが、さっき支援士登録したばかりの子でな、『”アーリー”の捕獲依頼』を頼んでみたんだが…」
「アーリーって……あのネコだよね!? マスター、初心者にはあのネコ捕まえるの難しいと思うなー」
アーリーとはモレク町内に生息する一匹のネコの名前で、その体毛は全身が白く、つけられた通り名は”疾風の白刃アーリー”。
すばしっこい上に頭がよく、双剣使い(ツインエッジ)でも捕獲に苦戦すると言われているモレク名物のノラネコである。
彼を捕まえる事は、剣闘士(ブレイブマスター)聖剣士(セイクリッド)月影騎士(クレセント)への第一歩とまで言われていたりいなかったり。
ちなみに、ある意味E→Dへの昇級試験的なものでもあり、実は依頼人はマスター自身という扱いになり、何度も速度重視系職業の初心者支援士が挑戦させられているという。
「ま、普通はそうなんだが……あのお嬢ちゃんには何かとんでもないものがある気がしてな……」
「とんでもないもの?」
「…よくわからんが、CかBランクなら任せてもいい気がしたんだ。 が、決まりは決まりだ、試験を与えて順にランクを上げていくしかない」
「ふーん。 …わかった! つまり私は試験監督みたいなことをすればいいわけだね!」
「まぁ、そういう事だな。 まぁ普通はここまでしないんだが、なんせ登録後一回目の依頼が昇級試験だ、あのお嬢ちゃんの実力をこの一回で見極めておきたい。
そのためには、ある程度熟練していて足の速い、他人の実力を見る目のある支援士でなくては勤まらんからな」
この後に”俺はここから動けないしな”と付け加えて、再び笑うマスターだった。
「そんなに高い額は出せんが、ちゃんと依頼料も払う。 受けてくれるか?」
「うん。もちろん! なんだかドキドキしちゃうなー、私の判断で新米支援士のランクが決まるなんて」
「―いや、依頼中の細かい様子を俺に報告してもらうだけなんだが……」
微妙に浮き足立つジュリアを前に、わずかに不安も感じるマスター。
そして、そんなマスターを尻目に笑顔のまま酒場を飛び出していくジュリア。
……とりあえず、今日もモレクの町は平和なようである。








一方、新米支援士ことティール・エインフィードは、”アーリー”が寝ているのがよく見つかるという広場にたどり着いていた。
とりあえず慌てすぎても仕方ない、と言う事で、周囲に目を向けながらもてくてくとゆっくりとした調子で歩いている。
ちなみに、無傷の捕獲か条件であるために、彼女のハルバード『飛龍』はかえって邪魔になるということで、再び酒場のマスターに預けられている。
「…クリステリアだと簡単なモンスターの討伐くらいは出来てたんだけどなぁ……」
今までの自分の経歴を考え、なんで今更、と微妙に口をとがらせるティール。
元々自分がいた場所とは全く違う大陸に飛ばされた、ということは、彼女の実力や経歴など全く関係ないということを、地味に痛感させられているようだった。
「……信頼を得るには下積みは大事、か。 アストもそういってたけど……頑張るしかないね」
よし、と握りこぶしを作り、気合いを入れなおす。
目的はアーリーという名前の白猫。
この町には全身真っ白の猫は彼しかいない、という話で、見かければすぐにわかると言われているのだが…
「にゃあ」
「ん? …………白い…猫だよね、あれ」
ベンチの上に悠然と佇む、全身を白い体毛で覆われた一匹のネコ。
奇妙にも気高い風格を感じられるその姿は、異様な威圧感を持っているかのようだった。
「…やけにあっさりと見つかったなぁ……まぁ、いいか」
余談ではあるが、自分を捕獲しようとする人間を嗅ぎ分ける才能も持ち合わせ、わざと姿を現して挑発するのも彼の特徴でもあったりする、と言われている。
噂が本当だとすれば、はっきり言って性格が悪い。
「…………」
「にゃ」
ジリジリとネコに近付いていき、間合いを測るティール。
アーリーも座りこんだ体勢から、走り出す構えに入り、お互いに戦闘開始のタイミングを測っているかのようだった。
「……―せっ!」
「にゃうっ!!」
意を決し、目の前の白い影に向けて思いっきり飛び出すティール。
しかし、それを見越していたかのようにベンチから飛び降り、そのまま走り出して行くアーリー。
思いっきり空振りしたティールはゴツッとベンチの座る部分に頭をぶつけ、”うー”と唸りながらも、逃げ出した彼を追いかけ始めた。



「わっ、もうはじまっちゃってるよ」
そして、一瞬遅れて広場に辿り付き、それをさらに追いかけるジュリア。
ある意味モレク名物の一つとなっているおいかけっこが、今口火を切った。

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