【ネット医療相談に関する法的論点の考察】
文責:山 田 隆 博
FBの健康食事法に関する某グループ(以下,「当該コミュ」という)において,医療に関する相談の規制が強化された件に伴い周囲で混乱が生じており,私のFBFから相談を受けたこともあって,私なりの法的解釈について以下に論じたいと思います。
(※あくまで個人的見解である点にご留意願います)
■目次
第1 第17条についての検討
1. 第17条の趣旨
医師法17条の趣旨目的は,医師に業務独占を認めることで国民の生命及び健康に対する危険を防止することにある。この目的から医師以外の者に禁止する行為の範囲として,国民の生命及び健康への危険が生じる行為という概念が導かれるのである。
(Vol.8 2013.9 東京大学法科大学院ローレビューより転載)
<参照>大谷實「医師法一七条における『医業』の意義」福田平=大塚仁古稀『刑事法学の総合的検討(上)』439頁, 446 頁(有斐閣,1993)
2. 条文
3. 「医業」について
b) 旧来の判例
仙台高裁は,「『医行為』とは,当該行為を行うにあたり,医師の医学的判断および技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼすおそれのある一切の行為である。」と判示しているが,これは非常に明解な定義であり,これまで頻繁に引用されてきた。
(仙台高判昭28.1.14 高刑判特35-3)
c) 従来の行政解釈
「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は及ぼす虞のある行為」
(昭39.6.18 医事第44号,昭39.6.18 医事第44号の2)※上記(1)の通達参照
上記報告書において,
(以下,引用)
例 問診・診察
生理学的検査:心電図、脳波、呼吸機能、聴力、眼底、超音波等、傷病者(又はその保護者)の療養上の指導、告知
(引用ここまで)
との記載が見られ,このうち「問診・診察」が本件の論点となるが,これについては下記4.にて,判例を挙げた上で詳しく検討する。
g) 小括
「医行為」とは,つまるところ「医師にしか認められていない行為」と換言でき得ると思われるが,当該行為は何を指すか,これを通説によってまとめると次のようになる。
「医学上の専門知識を基盤とする経験と技術を用いて診断(病名を特定し,これを患者に伝える)し,処方,投薬,又は注射,外科的手術,放射線照射等による治療を行うこと。採血,採尿,生体組織の顕微鏡検査,電子機器による検査等の検査を行う行為。」
(総務大臣所管―日本予防医学行政審議会)
http://www.yoboushingikai.com/law/
イ 「業」について
a) 反復継続
「業」とは,「反復継続の意思をもって行うこと」というのが判例・学説における確立した考えであり,行政解釈も同様である。
(大判大5.2.5 刑録22-109,昭39.6.18 医事第44号の2)
b) 意思
「業」は「意思」をもって行われる行為であって,偶然反復継続された行為は「業性」があるとはいえない。
(東京高判昭42.3.16 東京刑特18-3-82)
c) 営利目的の存否
営利を目的とするか否かは「業性」とは無関係である。
(大判大5.2.5 刑録22-109)※再掲
d) 学説の対立
「『医業』の意義については学説上,(1)常業説,(2)常業意思説,(3)営業目的説,(4)生活資料獲得行為反覆説,(5)常業目的説,(6)反覆継続意思説などの争いがある」
(慶應義塾大学法学部・加藤久雄 元教授による「国際医事刑法研究会」への寄稿より抜粋)
(3) 小括
上記を鑑みるに,「医業」の解釈は以下の最高裁における決定(cf.判決)に集約される。
当該最決は,「反覆継続の意思を以つて医行為をすることを『医業』と解」する,としており,すなわち「医業」とは,業として医行為を行うことであり,「業として」とは,反復継続の意思をもって行うことを意味する。
(最二小決昭28.11.20 刑集7-11-2249)
4. 判例の検討
(1) 各論点における判例
A 医行為の範囲を示した判例①
医師でない者が,聴診器による患部の診断並びに自己の指頭を患部に触れ,交感神経等を刺激してその興奮状態を調整する方法で治療したという事案で,「医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行うときは生理上危険がある程度に達していることがうかがわれ,このような場合にはこれを医行為と認めるのを相当としなければならない。」としている。
(最三小判昭30.5.24 刑集9-7-1093)※再掲
B 医行為の範囲を示した判例②
「元来,医行為と称されるものには,人の疾病の診察、又は治療,予防の目的をもって人体になす行為とする広義のものと,その広義の医行為中医師が行うものでなければ人体に対して危害を生ずるおそれがある行為とする狭義のものとがあり,狭義の医行為を業としてなすのが本条(医師法第17条)の規定する医業であると解すべきである。」
(熊本地判昭37.2.22 下民集13-2-261)
C 「消極的弊害」に関する意見
正常な医療を受ける機会を失わしめる虞があること(消極的弊害)も禁止の対象とすべきとの意見もあるが,現状では必ずしも取り締まられていない。
(最大判昭35.1.27反対意見 刑集14-1-331)
D 医行為に該当しないとされた判例
①自己の掌を患者の前面に差し出してその病気の有無を察知し,さらに患者より自覚症状を聞いてこれを確めたのち,患部に自己の掌を当てて治療するいわゆる「掌薫療法」
(大判昭6.11.30)
②患部を察知するため問診および触診をなし,紅草なる野生の植物より採取した紅色を帯びた液汁を刷毛をもって患部に塗布し,その上部を円木にて摩擦して皮膚に湿潤させて施術するいわゆる「紅療法」
(大判昭8.7.8)
E 断食道場における問診は医行為に該当するとした判例
「被告人が断食道場の入寮者に対し,いわゆる断食療法を施行するため入寮の目的,入寮当時の症状,病歴等を尋ねた行為は,それらの者の疾病の治療,予防を目的としてした診察方法の一種である問診にあたる。」と判示し,問診それ自体は危険ではないが,それによって断食療法を行わせる場合,その療法は医療にあたるとはいえないけれども,症状,病歴等を尋ねる行為は診察方法の一種である問診にあたり医行為に該当するとして,無免許医業の罪の成立を認めた。
(最一小決昭48.9.27 刑集27-8-1403)
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=51069
(2) 各判例の解析
上記A乃至Eの判例を解析する。
判例Aは,「医行為」に関する重要判例であるが,他の重要判例(前掲最一小決平9.9.30,最大判昭35.1.27)において共通するのは,医行為について,行為対象者の人体への危害に限定する趣旨で判断しているといえる点である。
当該判決で認定された事実は,患者に対し聴診,触診,指圧等を行い,(その方法がマッサージ按摩の類に似てこれと異なり)交感神経等を刺激してその興奮状態を調整するもの,であった。
なお,上記の一連の行為にも拘らず,原審の大阪高裁において「医行為」に該当しない,とされた(その後の差戻審において破棄)点にも留意すべきである。
これを本件に当て嵌めると,①聴診,触診,指圧②興奮状態の調整,を行っていないのであるから,判決文にある「みだりに」及び「生理上危険がある程度に達していること」とは言えず,人体への危害は認められないことは明白であって,医行為には該当しない。
判例Bは,“狭義”の「医行為」を業とするものを「医業」と定義し,「医業類似行為」との区分について判示したものである(なお,“狭義”の「医行為」は,いわゆる「絶対的医行為」とも言い換えられよう)。
これを本件に当て嵌めると,判決文にある「医師が行うものでなければ人体に対して危害を生ずるおそれがある行為」とは言えず,仮に「狭義の医行為」に該当し得る行為が存在するとしても,「業としてなす」には該当しないことから,医業であるとは解されない。
判例Cの反対意見は,医行為の解釈における危険には間接的・消極的な危険も含まれるという点を指摘したものである。
すなわち,当該行為自体が危険のないものであっても,その行為が後に保健衛生上の危害を生じさせる不適切な処置を誘発しうるものであったり,また将来における医師の適切な処置の機会を奪いうるようなものである場合には,医行為該当性が認められるとされる。これを本件に当て嵌めると,インターネット上で自らの体験を基にアドバイスする行為が,「正常な医療を受ける機会を失わしめる虞」に該当するとするのは困難であり,そもそも当該反対意見は判決中の傍論部分に過ぎず,実務においても反映されていない事から,検討に値しない。
判例Dは,いずれも民間療法に関連した2つの事例をまとめたものである。
①の事例は「患者より自覚症状を聞いてこれを確めた」,②の事例は「問診および触診をなし」た後に,各自の民間療法を施した事実が認定されている。
すなわち,対面して実際に「問診類似行為」を為し,さらに「治療類似行為」を為しながら,二つの事例とも医行為には該当しない,とされたのである。
これを本件に当て嵌めると,仮に自覚症状を尋ねる事はあったとしても,それは対面ではなくインターネットを介しての遣り取りに過ぎず,「問診」とまでは認められない上,その後の施術も為していないのであるから,「医行為」には該当しない。
判例Eは,被告人が断食道場の入寮者に対し,いわゆる断食療法を施術するため入寮の目的,入寮当時の症状,病歴等を尋ねた行為は,それらの者の疾病の治療,予防を目的としてした診察方法の一種である問診にあたる,とされた事案である。
なお,当該事案は医師法のみならず,薬事法違反にも問われた点に留意すべきである。
「診療所」にも擬制され得る「断食道場」は,「医行為の行われる場所」と看做され(医療法第5条参照),入寮者に対し「投薬」まで為しており,当該行為は「侵襲的行為」として「直接的行為(患者に対して直接行う行為)」に該当し,行為そのものが直接的に人体に危害を及ぼす虞のある行為であって,一般的に医行為とされる。
http://www.houko.com/00/01/S23/205.HTM#005
当該事案において「問診」と認定された背景は,まず前提として「断食道場」の常設により常業目的ないし反覆継続意思が認められ,さらに「問診行為単独」ではなく,その後の①「断食療法」の施術,②投薬等の「連接した行為」との連続性,複合性及び関連性により,強い一体性が認められた結果,「問診にあたり医行為に該当する」と判示されたものといえる。
これを本件に当て嵌めると,インターネット上の遣り取りのみであり,①「医行為の行われる場所」の提供,②反復継続(の意思),③食餌療法の施術,④「投薬」等の「連接した行為」,は為しておらず,仮に「問診」に擬制され得る行為があったとしても,当該行為「単独」では「問診」とは認められず,「医行為」には該当しない。
5. ネット医療相談における第17条違反の検討
FB当該コミュでの医療相談について,上記各論点を踏まえた上で,第17条につき違法性を検討する。
(1) 医師による投稿
ア 結論
当該コミュでの医療相談に対し医師が投稿した場合,第17条違反は成立しない(※第20条については,下記にて検討する)。
イ 理由
上記2.にて述べたとおり,第17条の条文は
「医師でなければ、医業をなしてはならない。」
であり,「医業」に該当するか否かを論じるまでもなく,「医師」による行為であることから「医師でなければ」を充たしておらず,構成要件には該当しない。
(2) 一般メンバーによる投稿
医師免許を保有していない当該コミュの一般のユーザーの投稿につき,以下に論じる。
ア 結論
「医業」には該当せず,違法性は存在しないと思料する。
イ 理由
a) 「問診」その他の「医行為」該当性について
①「問診」について
「問診」は「医行為」に含まれるとされるが,当該コミュにおいて仮に自覚症状を尋ねる等の行為があったとしても,それはインターネット上でのコメントの遣り取りに過ぎず,上記4.で挙げた判例等を鑑みるに,「問診」に該当するなどとは到底考えられない。
②その他の「医行為」について
当該コミュのコメント中,自らの体験談を述べたり,これまで使用した薬品名を挙げたとしても,当該行為は「診断書・処方せんの交付」ないし「治療」等には看做せず,また「医師が行うのでなければ保健衛生上危害の生ずるおそれのある行為」とも言えないことから,「医行為」には該当しない。
b) 「業性」の該当性について
①「反復継続の意思」の存否
仮に「医行為」(例:問診)と擬制され得る行為が存在するとしても,上記3.(2)イを参照して「反復継続の意思をもって行うこと」等を鑑みるに,「業性」要件を充たしておらず,当然に「医業」には該当し得ない。
(3) 結語
上記に列挙した判例ないし行政解釈等を鑑みるに,当該コミュにおけるコメントの遣り取りにつき,医師法第17条違反の構成要件該当性を充たしているとするのは困難であり,少なくとも問擬に値せず,刑事上の処分を課される蓋然性はない(もしくは極めて低い)と思料する(なお,民事上の訴訟リスクについては後述する)。
判例・行政解釈における「医業」の解釈は,「医師」という資格の有無よりも,「医行為」という人体に対する保健衛生上の危害に基準をおいているものといえ,それが実務における法の運用にも反映されているのである。
第2 第20条についての検討
1. 第20条の趣旨
2. 条文
3. 条文の解釈
(1) 対象となる医行為
①通常の患者に対しては,治療,診断書・処方せんの交付
②妊婦に対しては,出生証明書または死産証書の交付
③死体については,検案書の交付(※「但書」以下,省略)
すなわち,上記義務は(1)で挙げた①乃至③の医行為の前提であり,かつ従属する側面をも持ち合わせており,違法性成立に対する解除条件ともなる。
(3) 解釈方法
第20条は「文理解釈」とするのが妥当であり,上記(1)の医行為は「限定列挙」(もしくはそれに準ずるもの)と解されるべきである。
4. 第20条の意義
東京大学公共政策大学院「医事法」講義において,
(以下,引用)
イ)根拠のない医療(いわば,No-EBM, no evidence based medicine)が行われることを防止して患者の安全を図るため規定された部分、具体的には、通常の患者に対し,対面診療をせずに治療と処方せんの交付を行うことを禁ずる部分
ロ)診察・立会・検案なしに不正確な医療関係の証明書を作成することが社会に悪影響を及ぼすのを防止する部分,具体的には,通常の患者について診断書,出産・死産に関する証明書,死体検案書にふれた部分
http://bit.ly/2eghgzG(スライド4枚目)
(↑との意義を仮設定した後,判例を検討した上で↓)
【実際の運用から見えてくるもの】
医師法20条の具体的適用例から,何が見えてくるか。
第1点。判例に現れた事例だけからいうと,根拠のない医療を排して患者の安全を図るという目的のため,対面診療の原則を徹底しているということはなさそうである。それに比べて,社会に悪影響を及ぼす場面では,より積極的な適用が図られているという印象を受ける。
第2点。限られた判例ではあるが,裁判所は,医師法20条違反を私法上の効果と結びつけることには消極的であるように見える。(後略)
http://bit.ly/2eghgzG(スライド9枚目)
(引用ここまで)
と20条の趣旨を再考している。
5. 判例の検討
【20条違反の問題となった事例】
②1913年7月26日に患者を診察し3日分の投薬を処方していたところ,8月18日になって患者の父から患者の病気不良のため往診を求められた医師が,多忙で往診が難しく,父から患者の容態を聞いて散薬3日分を父に与えた。大審院は,有罪判決を破棄し差戻した。
(引用ここまで)
上記4.にて触れたとおり,判例を検討した結果,「根拠のない医療を排して患者の安全を図るという目的のため,対面診療の原則を徹底しているということはなさそうである」との分析が為されており,司法も「患者に対し,対面診療をせずに治療と処方せんの交付を行うこと」について,必ずしも積極的な処罰を想定していない旨が窺われる。
6. 第20条を取り巻く環境の変化
(4) 第20条の評価―「古色蒼然たる遺物」
第20条の規定が「遠隔診療」の円滑な実施の障壁となっており,東京医科歯科大学の岡嶋道夫名誉教授 は,「戦前から戦後に移行したときの古色蒼然たる遺物(第二十条)が現在も残っていて,それが在宅医療に努めようとする医師や患者を苦しめているのです。その弊害たるやハンセン病の法律以上かもしれません。」と評している。
http://www.hi-ho.ne.jp/okajimamic/m411.htm(末尾部分)
7. ネット「医療相談」における第20条の論点
(1) 無診察診療の禁止
第20条は,いわゆる「無診察診療の禁止」を規定した条文であり,「診療」する際に「無診察」であることを禁ずる趣旨である点については,上記1.及び3.(2)にて述べたとおりであるが,近年,情報通信機器の開発・普及に伴って注目を浴びている点については,上記6.(1)にて触れた。
(3) 「遠隔診療」における「自ら診察」の意義について
「遠隔診療」に関する行政解釈において,「基本的考え方」として「診療は、医師又は歯科医師と患者が直接対面して行われることが基本であり」と示した上で,「留意事項」として「初診及び急性期の疾患に対しては、原則として直接の対面診療によること。」と示されており,これらの概念は広く浸透し,医療現場はこの呪縛から逃れられないでいるのが現状である。
(平9.12.24 健政発第1075号)※再掲
http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryou/johoka/dl/h23.pdf(記1,2)
(4) 行政による「質疑応答」の考察
ア 「平成10年度 医療法関係質疑応答集」からの抜粋
以下に,表題の質疑応答から抜粋する。
(以下,抜粋)
「医療相談」について、最近、インターネット上において、有料無料を問わず「医療相談」と称し、メールを媒介とし、相談に応じている診療所がある。
これについては、医師法第20条に基づき、「健康相談」の域にとどまるべきであり、また個別具体的事項について回答することはできないと解釈されるが如何か。
(抜粋ここまで)
イ 質疑応答の検討
a) 許容範囲
質疑から抜粋すると,
「『健康相談』の域にとどまるべきであり、また個別具体的事項について回答することはできない」
とあり,これを認容した応答が為されていることから,この質疑内容がそのままネットにおける医療相談の「許容範囲」ともなろう。
b) 文言の解釈
上記a)の文言を逆に解釈すると,「『個別具体的事項』について回答することはできない」ものの,「『健康相談』の域に留まっていれば問題はない」,と読むことができる。
ウ 免責に関する要件の検討
a) 「個別具体的事項」について
相談者の症状に対し,ネットでの遣り取りのみで「確定診断」を下すことなど現実的でなく,あくまで一般的な見解(その旨の明示・黙示に拘らず)に留まっている限り,「『個別具体的事項』について回答すること」には該当しないと思料する。
b) 「健康相談」の検討
仮にネットで「医療相談」と掲げられたとしても,その内容から「『健康相談』の域」内と判断されるのであれば,法的懸念は生じないと思料する。
そもそも「医療相談」と掲げることを禁止した法令は存在せず,行政解釈においても「看板」の文言には触れておらず,相談に対する回答の内容についてのみ言及されている。
エ 厚労省職員による電話回答
当方は過日,「厚生労働省医政局総務課 企画法令係 」(当時の「健康政策局」から改称)に架電し,当該質疑応答の解釈について質問したところ,ほぼ上記イ及びウに沿う内容の回答が得られた。
ただし,当方からの事前予告なき架電に対する一職員による回答であって,厚労省としての正式な回答ではない点に留意されたい。
オ 質疑応答の背景
a) 当該質疑応答の時期
当該質疑応答が為された時期は平成10年であり,現在より実に20年近くも前のことである。
当時,インターネットこそ存在していたものの,「ブロードバンド」の普及以前であり,ネットが実際の生活面において,どのように利用されるかの見通しが立っていない状況であった。
b) 判例の不存在による「お役所仕事」
当時はインターネット普及後間もない時期であり,ネットの「医療相談」に関連する裁判例は存在せず,旧厚生省の「お役人」特有の「事勿れ主義」に立脚し,応答が為されたのは想像に難くない。
(5) 官憲の対応
上記(4)エの厚労省職員によると,これまで「ネット医療相談」の事例での医師法第20条違反による有罪判決は出されておらず,起訴どころか未だ立件すらされていない(少なくとも把握していない)とのことであった。
(6) 小括
上記(1)乃至(5)を鑑みるに,近年,医師法第20条との兼ね合いで問題となるのは主に「遠隔診療」に関する論点であり,そもそもネットでの「医療相談」について,立法時には想定されていなかったのである。
また上記のごとく,医師法第20条違反による立件の実績が皆無であり,裁判例がないことから行政解釈に頼らざるを得ず,「ネット医療相談」に対する行政解釈の「上書き」が待たれるところである。
8. 医師会の指針
(2) 効果
上記指針は,あくまで倫理規定に過ぎず,いわば業界の自主規制に他ならない。
なお,上記で引用した箇所に続き,「相談内容から必要性があると判断したときは、医師の診察を受けることを勧めるべきである。」との指針も示されているが,その意識はネットでの医療相談における相談者(患者)と回答者(医師)ともに,常に念頭に置かれ共有されている。
(3) ネット医療相談の意義
当該コミュないし他のWebサイトにおいて,医師が一般ユーザーに対し回答する行為について,医師会の指針に反している事実は否めない。
しかし,日本糖尿病学会ないし専門医が旧態依然とした「バランス食」なる高糖質食を強要し,その効果である「高血糖」状態に対し「高インスリン療法」を施術した結果,糖尿病が改善しないのみならず,合併症をも惹起している現状において,糖質制限に詳しい医師がネットで解説する行為は,質問者たる糖尿病患者当人のみならず,広く社会全体にも多大な利益が存在するといえ,断じて非難の対象となるものではないと強く訴える。
9. ネット医療相談における第20条違反の検討
FB当該コミュでの医療相談について,上記各論点を踏まえた上で,第20条につき違法性を検討する。
(1) 医師による投稿
ア 結論
当該コミュでの医療相談に対し医師が投稿した場合,第20条違反は成立しない。
イ 理由
a) 構成要件該当性の検討
上記3.で述べた内容を逆に言えば,
①治療,診断書・処方せんの交付
②出生証明書または死産証書の交付
③検案書の交付
を為さない限り,
①自ら診察
②自ら出産に立ち会い
③自ら検案
する義務は存在しない,と解されることから,当該コミュでの医療相談に対する医師の投稿は,第20条の構成要件に該当しない。
b) 医師によるコメント内容の検討
仮に当該コミュのコメント中,症状に対する所見を述べたり,具体的な薬品名を勧めたとしても,それは「診断書・処方せんの交付」には該当せず,また治療方法に言及したとしても,実際に治療を施すのは当該質問者の主治医であり,「治療」には該当しない。
c) 「対面診療」の考察
当該コミュでの遣り取りが,上記7.(2)で述べた「診察」に該当するかは格別,上記7.(3)に掲げた行政解釈における,「基本的考え方」及び「留意事項」に見られる「直接対面」の概念は,何れも「診療」に対するものであって,「診察」に限定したものではない。
「診療」を一言で述べるのであれば,「診察」及び「治療」を総称したものであると言い得るところ,この場合,上記「第1」3.(2)アg)で「医師にしか認められていない行為」としてまとめた,
「医学上の専門知識を基盤とする経験と技術を用いて診断(病名を特定し,これを患者に伝える)し,処方,投薬,又は注射,外科的手術,放射線照射等による治療を行うこと。採血,採尿,生体組織の顕微鏡検査,電子機器による検査等の検査を行う行為。」
(総務大臣所管―日本予防医学行政審議会)※再掲
http://www.yoboushingikai.com/law/
が想定の範囲と推察されるが,これは取りも直さず上記3.(1)で挙げた①乃至③の医行為に該当するといえ,これについては上記a)及びb)にて述べたとおり,第20条の構成要件に該当しない。
d) 医師会指針に対する違背
上記8.にて述べたとおり,医師会の指針に反している事実は否めないものの,あくまで倫理規定に過ぎず,いわば業界の自主規制に他ならないのであるから,第20条ないし他の法令に反しておらず,処罰の対象とはなり得ない。
(2) 一般メンバーによる投稿
医師免許を保有していない当該コミュの一般ユーザーの投稿につき,以下に論じる。
ア 結論
当該コミュでの医療相談に対し一般メンバーが投稿した場合,第20条違反は成立しない。
イ 理由
a) 構成要件該当性の検討
医師法第20条は,条文の文言に「医師は、~」とあることから「身分犯」の規定であって,医師でなければ構成要件に該当しない。
b) 一般メンバーによるコメント内容の検討
仮に当該コミュにおいて,自らの体験談を述べたり,これまで使用した薬品名を挙げたとしても,医師免許を保持しない一般人によるネットでのコメントの遣り取りに過ぎず,その行為が「治療」ないし「診断書・処方せんの交付」に該当するなど非現実的であって,議論の余地もない。
なお,医師法第17条の論点については,上記「第1」を参照されたい。
(3) 結語
上記で展開した論点を鑑みるに,当該コミュにおけるコメントの遣り取りにつき,医師法第20条違反の構成要件該当性を充たしているとするのは困難であり,少なくとも問擬に値せず,刑事上の処分を課される蓋然性はない(もしくは極めて低い)と思料する(なお,民事上の訴訟リスクについては後述する)。
インターネットを利用した「医療相談」は,ネット上のみで診察から治療に至る過程を完結するものでは断じてなく,単に一般的な所見を述べ助言するに留まる性質のものであり,それ以上でも以下でもないのである。
第3 民事上の訴訟リスクの検討
インターネット上の「医療相談」について,医師法17条ないし20条違反による刑事上の問題はほぼない旨は上記のとおりであるが,以下に民事上の訴訟リスクについて検討する。
(1) 「不法行為」の要件事実の検討
本件における民事上の訴訟リスクとは,具体的には民法第709条「不法行為」による損害賠償請求に関する訴えの提起が為される事を指すが,上記「第1」及び「第2」により違法性は存在しない事から,「不法行為」の要件事実である「権利又は法律上保護される利益の侵害」を充たしておらず,敗訴の可能性は限りなく「0」に近いと思料する。
(2) 判例の検討
刑事上の論点として,「第2」の5.で引用した東京大学公共政策大学院「医事法」講義で取り上げた判例一覧のうち,民事訴訟における判例をここで引用する。
http://bit.ly/2eghgzG(スライド7枚目)
(以下,引用)
【20条違反の問題となった事例】
医師法20条を医療過誤訴訟の中で利用する類型
⑤1975年大阪地裁。この事件では,40度に近い高熱を発した男性がおり,配偶者が歩いて5分以内の医院に往診を依頼する。しかし,医師は診察中であり,夕方なら往診可能と返事をして,解熱剤アセトアミノフェンだけを処方してもたせて帰す。患者との面識はいっさいなく,配偶者から話を聞いただけだった。帰宅した配偶者が解熱剤を飲ませると,患者は熱こそ下がったものの,悪寒を訴えるなど容態が急変し,救急車で大病院に運ばれたもののその日のうちに死亡した。遺族は,医師法20条に違反して処方がなされたことを過失立証の手段としたが,大阪地裁は,一般開業医の医療水準として,副作用を伴なわない安全な解熱・鎮痛剤として今日まで医家一般に広く使用されてきたアセトアミノフェンを処方した点に過失はなかったと判示した。
⑥1984年の大阪高裁判決。交通事故で足の骨を折るなど重傷を負って入院した患者が痛みを訴え,ブスコパンの静脈注射でそれがおさまった翌日,やはり看護師に痛みを取るため同じ注射をしてくれと頼んだ。看護師が前日と異なる医師に相談したところ,医師は,前日の様子を知っており診察することなく看護師に注射を命じた。ところが,患者はショック死したというものである。遺族側は,医師法20条違反を根拠に医師の過失を主張したが,大阪高裁は,「医師の患者に対する診察は,患者個人に対する直接の触診,聴診,打診,問診,望診(視診)の方法に限られるものではなく,現代医学上疾病に対して診断を下し得ると認められる適当な方法によることができるのであるから,医学的知識経験に照らし特別の変化が予想されなかつた本件のような場合には,従前の診察の結果,患者の要望、看護婦の報告等に基づいて治療したとしても,無診治療ではなく,医師法二〇条に反する違法があるということはできない」として,その主張を退けた。
⑦2000年千葉地裁。患者の叔母の相談を受けた精神科医が,妄想型精神分裂病と診断したうえで水薬を処方し,患者から,この行為は医師法20条違反であり不法行為にあたるとして訴えられた事件。判決は,この行為は,形式的に見れば医師法20条に反するように見えるけれども,病識のない精神病患者について家族からの相談に応じて薬を処方することは全国的にも少なくないこと,このような患者に適切な医療を受けさせるための法的,制度的なシステムが十分に整っていないこと,この慣行を否定すれば患者と家族にとって酷な結果を招くとして,不法行為の成立を否定した。
(引用ここまで)
上記⑤乃至⑦全ての判例において,裁判所は不法行為の成立を否定し,原告の請求を棄却している。
これらの判例を鑑みるに,上記「第2」の4.で引用した「【実際の運用から見えてくるもの】」の「第2点」において,「限られた判例ではあるが,裁判所は,医師法20条違反を私法上の効果と結びつけることには消極的であるように見える。」とあるように,医師法20条違反が私法(この場合,「民法」)上の要件事実を直ちには構成しない,ということができよう。
(※この項,加筆予定)
(3) 「スラップ」の可能性
上記(1)及び(2)により,敗訴の可能性は排除されるものの,かつての某「消費者金融」や,近年では某「ファストファッション」大手のごとく,口封じや嫌がらせ目的で「スラップ」(恫喝訴訟)を仕掛けられる可能性は,必ずしも「0」とは言えない。
http://ironna.jp/article/957
その場合,喩え全面勝訴となっても着手金や報酬金等の弁護士費用が発生する事態は避けられず,その他にも訴訟の煩雑さ等に起因する心身の負担,取り分け精神的苦痛は甚大である。
(4) 結語
上記のとおり,当該コミュにおける「医療相談」に対する刑事上の違法性成立の可能性が極めて低いにも拘らず,規制を加えるという措置に仮に一定の意義があるとすれば,民事上の訴訟リスクを完全に排除する名目上においてのみであろう。
※※今後,「第4 総括」の項を加筆予定!!※※
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最終更新:2017年03月24日 20:15