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記憶


「忘れないから……」

まきは必死に抵抗する。

「忘れないから」

大切なモノを消さないように

「忘れるもんか」

記憶という名の、宝物を。

「忘れない!」

そして、フォールダウン。意識は闇に落ちる。

『絶対に!』

忘れたくない日々。忘れられない日々、彼と過ごした全ての記憶はこうして封じられた。
完全に上書きしなかったのは、いったい彼の中のどの部分がそうさせたのだろうか。
真相は……いつか明かされるのだろうか。これは、その前の、ほんの短い時間のお話。

                 /*/

記憶 -memory-

                 /*/

「ここでいいんだよな…時間も大丈夫…だよなぁ」
ハンガーへ連なるトンネルの中、呟きが漏れた。
今日こそはきっと先にきている……ハズだ、まきはさっきから何度も時計を確認している。
当然ながら背後にも気を配るのは忘れない。
誰も来ない薄暗いトンネルの中一人歩く
……だけど、その日はきっと忘れたくない日になる、それだけは確信があった。

記憶をたどってばけねこ姿のまきは歩く。時はまさにハロウィン。先に見つけて驚かせなければ意味がない。ある意味出オチみたいな格好をしているのだ。
どれだけ歩いただろう。記憶が教えてくれた前に座った場所まで来ると、消えかけている文字を見つけた。

”エルドラドにて待つ”

待ち人の文字。右肩下がりの特徴的な文字は見間違える訳がない。
心臓が跳ねる。やっぱりこの人の掌の上なのだろうか。
明らかにその消えかけている時限配置の文字はここに来ることを予測して置かれていたものだ。
”エルドラド”――それは、南米アンデスの奥地にあったとされる黄金郷のことである。
そう、小笠原で黄金郷と言えば……

                 /*/

まきの脳裏にシャルルとして過ごした記憶が鮮やかに蘇る。
忘れもしない、あれはまだ春の訪れがきはじめたその頃のことだ。
偵察として本物猫アイドレスを着て向かった初春の小笠原でまきは猫として餓死しかけていた。アイドレスを着用し始めてすでに10日。猫に引きずられるように餓えを感じ、最後の眠りにつこうとするまきはそこで……

――糸目の少年と出会った。

はじめは戸惑いだった。
一生懸命看病をしてくれるこの少年のことを忘れられなくなるまで、数日も要しなかっただろう。二人でいる時はすごく優しかったことを覚えている。みんなから、まきは隠れていたけど、細い目を精一杯細めて笑顔を浮かべていた。
そして、二人で眺めた7日目の夕陽。この頃の小笠原は一年で最も水温が低く、よっぽどでなければ泳ぐ者も少ないといわれる。だから、HI、当時は石塚弘だが、とシャルルとして本物の猫のアイドレスを着ていたまきは本当にこの夕陽に照らされる黄金の海原を二人占めしていたといえよう。10日目に強制的に引き剥がされるまでの短い間だったけど、何よりも充実した日々だった。

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はっ、と現実に立ち返って時計を見る。ほとんど時間はたっていない。そして意を決するとその場を弾かれるように走り始めた。思い当たる場所は一つしかない。
走りながらもまきは最近よく思うようになったことを考える。あの頃は全てが輝いていた、と。だけど、こうも思うのだ。これから積み上げていく未来もこの思い出と同じように輝いていてほしい、と。
だから……記憶に燦然と輝くあの光景、一緒に見た小笠原の海。夕陽に輝くあの黄金こそが黄金郷に相応しい。