神々の宴事件ファイルNo.2 火車の路・後編 ~坂神の祠~


『白中の怪事 炎上する倉庫街、連続放火事件か』
 朝食のおもちを食べているときに後ろでふと流してた情報番組の中でも年末に起こったその話題は沸騰中だった。原因不明の大火、しかも普通火事が起こるはずがない中央分離帯までが燃えていたというこの怪現象は注目の的であろう。もう1ヶ月近くも立つが、検証は進んでいない。また、この日曜にもあったということで再度話題になっている。

 朝練でもやはり同じだ。着替えてるときの雑談でも年末の火事の話題でもちきりだった。
曰く、炎上した車が突っ込んだんじゃないか、とかはたまた、あれは映画の撮影の途中で起こった事故だとか。早い消防活動のおかげで人的被害が出なかったからこそ言える無責任な噂。
 伯牙はその真相の一端を知っていたが、それを言っても頭を疑われるだけだろうから、何も言わないことにした。

 1月28日月曜日、授業は休み明けらしく非常に眠く、朝練で疲れた体では睡魔に抗うのは難しい。うとうとしながらその噂について考えていた。こんな状態では授業の内容など頭に入るわけも無い。短い冬休み中、年の瀬に起きたその事件は結局年を越して、こうして今も話題になり続けている。概要はこうだ。

12月30日、補習授業がえりのかすみと共に郵便局へプレゼントを取りに行ったその日のことだった。坂神の注意に喚起され火車に轢かれずにすんだものの、それは真っ直ぐと倉庫街へと向かう。その途中にはプレゼントが残る郵便局もあった。
当然のことながらプレゼントや思いを綴ったメッセージは灰燼と帰した。

 ちょっと苦い思い出である。どうにかできるとしたら自分しかなかった、そう思ったからだ。

『そうだ、今日はかすみに会いに行こう』

 心残りを解決するためにも、そして何より純粋にかすみと会いたくて。

/*/

 放課後、剣道部の練習を終えて伯牙は武道場から移動していた。学校の玄関に向かう途中ですれ違う学生達の会話が耳に入るがやはり火事に関するものも多い。同じ様な話題でも検証が進んで混迷の度合いを深めるたびに口の端に上るのであろう。
 この前火事現場を見てきたがシートが掛けられていて、痛々しかった。

 玄関に近づくにつれ、見覚えのある女子バスの部員が伯牙に軽く挨拶をする。
「こんにちは。あ、かすみですか? かすみならもうすぐ来ると思いますよ?」
 ちょっとニヤニヤとしながら玄関の方をさす。無難な受け答えをしているが何か気恥ずかしかった。
「じゃ、頑張ってくださいね」
 意味深な言葉を残して一人取り残される。
 言葉に従い玄関に向かって歩くと丁度昇降口から玄関前を通って帰ろうとするかすみを見かけた。

「おぉーい、かすみー。」

 伯牙の呼びかけに手を振ってかすみが駆け寄ってくる。噂について二人は秘密を共有している。話したくてたまらないといった様相だ。その肘にかけた通学鞄とネットに入ったバスケットボール。それが盛大にゆれていた。

「すごかったねー。この間の騒ぎ」
「うん。しかも、あれを真直に見ちゃったしねぇ。」

 かすみは伯牙の横に並んで歩く。しばらく歩いたところで伯牙は切り出した。

「で、……相談なんだけど……?」

 しばらく表情を伺う。一瞬面食らったふうではあったが、すぐに興味をもったらしくキラキラとした目をしているようにも見える。面白そうなことは逃さない、そういった感じに。

「なになに?」

 かすみのその表情を見て、いい感触をつかんだ伯牙は言葉を続ける。

「いつものごとく。あれが何だったのか、最後まで突き止めてみない? 二人でさッ!」
「いいねっ。実は私もそう思ったところ」
「よしッ!じゃあ、一度最初に会った坂まで行ってみよ!」

 そして、伯牙は笑顔でかすみの手を引いて走り出す。手を引かれてるかすみは最初こそ引かれるままだったが、すぐに並走し始めた。

/*/

 伯牙の竹刀袋にはお守りがついていた。もうこのお守りも去年のもので、納めに言って新しいお守りが欲しいところではあった。だが、去年の厄も祓いきれてないと言う気持ちもある。
『今日こそ、火車にまつわることを解決しよう。』
 並走するかすみの横顔をみながらそう誓うと
 例の坂神に出会った坂間でたどり着いた。

 お守りに入れておいたどんぐりを一粒取り出す。このどんぐりは以前坂の神からもらったものと同じものだ。

「それは?」
「ん?っとね。ちょっとした幸運のアイテム。」
「ジンクスじゃないけどね。もらったんだー。」

 興味津々と言った感じのかすみをしゃがませる。一瞬、無防備な胸元が目に入ってしまう。こんなつもりでしゃがませた訳じゃないんだけど、ドキッとした。
 平静を装い何事もなかったかのようにどんぐりを坂上にセットする。そして手を合わせて目を瞑った。

「よもつひらの神様。少しだけ力を貸してください。」

 よもつひら……黄泉比良坂といえば死者の国である黄泉と現世との境界、いわば黄泉路のことである。そして坂は霊魂が歩くと言われている。平たく言えばあの世とこの世の境界と言えばいいのだろうか、とどのつまり坂の神とはこの世とあの世のものを分ける神でもあると言えるかもしれない。
 坂の神に縁のあるどんぐりを供物に助力を頼む。神々との縁を大切にするのは助力を得る上で有効であるとの考えもあってだ。
 併せた手を解いてかすみに微笑みかける。

「ちょっとしたおまじない。」

 そして何気なくかすみの手を握り、立ち上がった。不思議そうに自分の手を握る伯牙を見つめながらかすみは立ち上がる。

「これもおまじない?」
「そう。ちょっとしたおまじない。」

 何の、とは言わないけど。

 おまじないとは御呪いと書く。いまでこそ気安く使われているが、もともと呪術的な要素を多分に含むものだ。神々が現存するこの世界、それが無効であるわけはないと、伯牙の中には確信があった。
 かすみと手を繋いだまま坂を下る。丁度あの火車とニアミスした場所の近くに今日も坂神は立つ。元々交通の整理をする神でもある坂神はきっとあの火車の通行を教えてくれていたんだろう。その神は目一つ、大鼻の顔を持つ、ざんばら髪の和服のおじさんに見えた。この姿も先日見た姿のままだ。こちらが近寄ると頭を下げて自分を見ることが出来る人族の若者に挨拶をした。
 伯牙はまず、先日のお礼を述べ、質問することにした。

「前にいたあの火の車について、何かご存知ではないですか?」

 坂神からの発音はない。伯牙が通学鞄から取り出した鉛筆と紙を渡すと、それを器用に使って文字を連ね始めた。
『火車とは冬に火厄をもってくる厄神』
 元々冬は乾燥しているため火事が起こりやすい。ここから火の厄をもたらす火車が生まれたのだろう。

「このあたりだと、どの場所が縁が深く、起因するんでしょうか?」

 かすみは神を前にしてもすらすらと聞き出す伯牙に尊敬の混じった視線を送りながら一緒に見ている。そうしている間も坂神の文字は書き連ねられていく。
『どんどや』
 今度は短かった。どんど焼き、またはどんと焼きと呼ばれる小正月に行われる行事がある。正月飾りなどを焼いたりする神社で行われるいわゆる神事だ。最近は冬の夜間に火を扱うのが危険と言うことで廃れている場所もあるとのことだ。
 どんど焼きに縁があると言うことは必然的に神社などがあると言うことだろう。伯牙は地元の人間であるかすみに聞いてみることにした。

「この近くの神社とかで、正月飾り焼いてた場所って。どこかあったっけ?」
「焼かないよ。そんなの。むかしはやってたのかなあ。」
「昔はね、正月飾りとかを神社で焼いてたんだよ。自分が小さい頃に居た場所も、15日くらいにやってた。」
「あ、そうなんだ。この島じゃやってないよ?」

 伯牙はその言葉に困っていた。どんど焼きをやっていないんだとしたら、縁のある場所がない、と言うことになる。仕方が無いので坂神に再度尋ねてみることにした。
『やいてよし』
 坂神はそう書き残すと、すっと姿を消した。

「わ、消えた!」
 かすみはその光景に素っ頓狂な声を上げた。
「∑ うおっと。・・ありがとうございましたッ。」

 伯牙も驚きつつも坂神に礼を言った。今度来るときはお神酒を持ってこようとつぶやきつつ。


/*/

 コンビニのほうに近づくとそこには小さな祠が建っていた。コンビニに比べて古いつくりで元々この祠があったところの横にこのコンビニは建てられたんだろう。ほんとに40cm×40cm程度のちっちゃな神社といった様相だ。鳥居がなければこれが神社であることすらわからなかっただろう。ちっちゃなお賽銭入れと中にある祠は倍ぐらいの差しかないようにも見える。

「あ。あんな所に祠が。・・ちょっとおまいりしていかない? 安全祈願、安全祈願。」
 その言葉にかすみは頷くと、二人で肩を寄せ合ってなんとなく祈願してみた。
「?」

 微妙な表情で考え込むかすみに伯牙は気付いて声をかける。

「どしたの?」
「ここで焼けって?」
「あ。・・うーん。・・そうかな?」

 確かにこの坂の周囲にはほかに神社は無い。そうかも、と頷くと伯牙はコンビニでライターを購入した。どこにでもあるいわゆる100円ライターだ。これ自体に意味はなく、それによって起こす焼くことで厄を祓う、それが主目的だ。
 そして鳥居に腕をくぐらせて中で竹刀袋につけてあったお守りを焼く。これは小さいながらもどんど焼きをやってると言えるだろう。

「どんとって、正月飾り以外にもその年のお守りとかも焼いたんだよ。」
「わー」「コンビニの人が、あ!」

 コンビニの人がその行動に驚いていると坂の上から一直線にこちらに向かう火車が見えた。止まることを忘れた一直線な炎。伯牙は覚悟を決めて木刀を取り出して構えた。

「おあ!・・・よし!禍払いだ。」

 その瞬間横から強い衝撃を受けた。コンビニの駐車場に伯牙の体が転がる。かすみが伯牙をかばって飛んだのだ。あのままでは確かに伯牙は火車に轢かれ焼死していた可能性が高い。

「かすみ!!」

 血の気が引いた。まさか……。
 だが、後ろで感じるだろう巨大な熱量も、生ものが焦げる匂いも何も感じなかった。感じるのはただ先ほど焼いたお守りの匂いのみ。

「いったぁ」

 自分の足元あたりからその声が聞こえたときの情けない表情は誰にも見せたくない。一回深呼吸して、立ち上がると安堵と心配の入り混じった声で伯牙はかすみに声をかけた。

「だ、大丈夫? ゴメンな。」
 かすみは心配そうな顔で差し出す伯牙の手を取りながらかすみは立ち上がる。パンパンとスカートについた埃を払う。
 その視線は今まさに天に昇る火車の方を見ていた。
 どんど焼きの煙は火車の昇る標であったのだ。この島にはどんど焼きをやるところが無い、ということはつまり火車は天へ帰ることが出来ない。それがこの事件の真相であったわけだ。
 天に昇る火車はかすみや伯牙に感謝しているように見えた。そして火の用心と言っているようにも。

「なにあの勝手……」
「あはは。……まぁ、誰もどんとをやってくれなかったから、自分からじゃ空にいけなかったんじゃないかな?」

 かすみのぼやきに伯牙は苦笑する。

「でも、よかったね。あんまり苦しそうじゃなかった。」
「えー。しんじゃうの? なんかかわいそうだね……」
「死んじゃうというよりかは、そのまま悪い運とかを持って行ってくれたんじゃないかな。まぁ、多分上じゃ、いい感じになってると思うよ!」

 消え行く火車を見送った伯牙は意を決して言葉を紡ぐ。目は真っ直ぐとかすみの方を見ていた。かすみの足元に半分燃えた紙が風に飛ばされて来た。

「で。かすみ、ありがとう。助けてくれて。これお礼。」

その言葉を聞きながらも、かすみはその紙を拾った。ピキッと音がするかのようにその内容を見てかすみの顔が凍る。そしてそのまま気が遠くなったのかばたっと倒れこんだ。

そのときの言葉は忘れられない。もちろん伯牙も同じように表情が凍り付いていただろう。

「来年、またねって」