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Return ~帰還~


 宰相府藩国、夏の園より沖合いに数キロのところにそれはあった。
一見すれば鯨のようにも見える。
なるほど確かにこの海にも鯨はいる。だがこの鯨は、鋼鉄の肌を持ち400mもの大きさを誇っていた。こんな鯨など、どこの世界を探してもいるわけがあるまい。

ざぶん、と波を引きつれそれは潜航を始める。
その名は……

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「ん~!」
 指を組み思いっきり頭上に両手を伸ばし、固まっていた筋を伸ばす。夏の園の海、照りつける太陽により火照った身体を冷ます気持ちのいい潮風。そしてなによりクリサリスと一緒なのがいい、と思った。
「海ですねーきもちいいです!」
 和子がクリサリスに笑いかけるとクリサリスも頷く。自然に浮かんでくる笑みが止まらない。
「ひさしぶりだな。そういえば」
 水面を割って走るゴムボートに初めての時を重ねる。
「初めてお会いした時は夏の園でしたから、それ以来ですかね」
 クリサリスは苦笑を浮かべると細かい操作を行った。どこかへ向かっているらしい。遠くに、かつて一緒に遊びに行ったあの島が見えた。
「∑そこでなぜ苦笑ですかっ あ、あの島だー」
 あの島にはいろいろな動物がいると聞いて見に行った時のことを思い出す。
(そういえば海鳥さんまだみてなかったなー)
 初めて会った時のことがまざまざと思い出されて笑顔になる。緊張していたのも今やいい思い出だ。
 島を横目にボートは走る。一体、どこへ向かってるのだろう。
「クリサリス、どこへ向かっているの? 夜明けの船?」
「そうだ」
 その応えに和子は目を丸くする。そして、歓喜の声を上げた。
「わー! すごいですね。夜明けの船かー! みんなに会えるとはおもってもみませんでした」
 かつてあの船ですごした日々を思い出す。夜明けの船には色々な人が乗っていた。母として慕ったエリザベス。そして今となりにいるクリサリスもその一人だった。もう、遠い記憶。少しだけ瞼を閉じて思い浮かべてみる。
「いやか?」
 そんな和子にクリサリスは声をかけた。
「ううん、うれしい!けどちょっとドキドキします」
 和子はゴムボートの中バランスを崩さないように慎重に近づいて運転してるクリサリスの腕にぎゅーっと抱きついた。もちろん邪魔にならないようにだ。クリサリスの操縦するボートがスピードを落とす。そして止まった。一瞬、邪魔だったかなと不安になるが、次の瞬間全てがわかった。目の前に船が浮かび上がったのだ。
「わわわ!」
 揺れるボートの中、和子はあわててぎゅーっとクリサリスの腕にしがみついた。
 そしてその全貌を現したその船を見上げた。かつての家族は覚えていてくれるだろうか。
「き、きんちょうしますね……」
 それはまるで鯨のような姿をしており、頭が大きい、巨大な船だった。それは和子が覚えているかつての姿とは大きく違っていた。
「ここは夜明けの船だ」
「おー以前より大きくなったような?」
 しがみついたまま見上げていた和子は揺れが収まった事を確認するとそろそろとはなれてしっかりとその新しい姿を刻み込む。
 クリサリスは立ち上がるとRBの射出口に飛び移った。和子に微笑みかけると手をとり、引き寄せた。想像通りの強い力で引き上げられる和子は真っ赤になりながらそのまま抱きつく形になった。
「うーんRBに乗ってばっかりだったので、多機能になりましたねぇ夜明けの船。」
「そのRB射出口だ」
 射出口が沈んでゆく。メカニカルなその場所はRBにのって通ることはあっても生身で見ることは少ない。新鮮な感覚だった。
 下に着くとそこはどこか見覚えのある場所だった。RB整備ブロック。ここには昔の面影が残っている。いくつものRBが林のように並んでいる。
「わぁー ただいまです!」
 とりあえず和子は誰に向けるともなくそこにいるみんなに挨拶をした。

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「あら、和子じゃないかい」
 クリサリスの手をひきながら歩く和子に後ろから懐かしい声が聞こえてきた。
「ネリ姉さん!」
 振り返るとそこには色黒でオレンジのバンダナをつけた美女が立っている。それは思い出にあるネリ・オマルその人であった。
「ひさしぶりだね。軍服はやめたのかい?」
 そう、かつてこの船にいたときは太陽総軍軍服を着ていたのである。
「えへへ、うん。たまにはいいかなって。タキガワは?」
「ヴィクトリーなら……」
 ネリは視線を斜め上に向ける。そこにはハッチの開いている流星号があった。そこからヴィクトリーが顔を出している。
「ふいー。ん?」
 ヴィクトリーの視線の先にはネリと……私服姿の和子がいた。珍しい来訪者を見て身軽に機体より降りてくる。
「どしたの?」
「ヴィクトリーだ!ひさしぶりだー!」
 和子は再会のハグをしに近づくというよりは駆け寄っていく。
「げー」
「なによ、そのげーは。いつもコーヒーいれてあげたじゃない!」
 ぷんぷんしながらもその言葉に棘はない。
「ネリ姉さんも!うわー」
 ネリにもぎゅーっと抱きつく。
「あははは。母さんも元気だよ。会いに行ってきたら?」
「うん!会ってくる!」
 思わず笑顔になった。何よりもみんなが覚えていてくれたのが何よりも嬉しかった。
「クリサリス、艦長にも挨拶にいきましょう」
「……ああ」
 最後に笑顔で手をぶんぶんふって
「またね!」
 といって歩き出した。

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 RBの射出口は通路にもなっており、その大きさは前の2倍はあるだろう。
「レールは踏むなよ」
「はい、気をつけますー」
 クリサリスは足元を指差しながら注意を促す。このレールはRBを射出するときに使われるものであった。
「ここはRBが射出される出入り口をかねる」
「なるほど、いつもの道を歩いて通るとは、なんだか不思議ですねー」
 二人で手を繋いで歩いていると上を見上げ立ち止まった。

MAKI>おかえりなさい。クリサリス・ミルヒ。

 その音声の後、天井が開いてウインチがおりてきた。
「MAKIだー」
 クリサリスは掴まった。あわてて和子も反対の手で掴まる。ウインチが上がり始めた。艦橋まで案内してくれるらしい。

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 上までたどり着くとアームで浮かぶ椅子が並んでいる広く立体的な空間があった。ここが夜明けの船の中枢、つまり艦橋である。
「おー近未来的。ただいまですー!」
 和子はすごいいい笑顔で手をぶんぶんしながら浮かんでる椅子にあいさつをする。その中でも中央にあるひときわ大きな椅子が降りてくる。そこに座っているのは当然エリザベスである。
「戻ってきたね。おかえり」
「うん!ただいまです!」
 和子は飛びつくようにエリザベスに抱きついた。エリザベスはそれを立ち上がって抱きとめる。
「えへへー」
 久々の再開に嬉しい気持ちで胸が一杯になる。そんな二人の姿をみてクリサリスは微笑みを浮かべ、どこへともなく歩き出した。
「母さん、おかわりありませんか? ってわー」
「相変わらずさ。内臓のデータがわる……なんだい?」
 和子が一瞬目を離した間にクリサリスはいなくなっていた。
「ご、ごめんなさい。着たばっかりですがちょっとクリサリスおいかけてきます」
「なんだい。新入りとつきあいだしたのかい?」
「どうでしょう、私が大好きなだけで」
「なるほどね」
「うーんなごりおしいですがおいかけてきます!母さんお元気で!またきます!」
 名残惜しみながら両頬に音だけのキスをして離れると、和子はクリサリスを追いかけ始めた。しばらく廊下を歩いていると遠目にクリサリスは恵と抱き合っているのが見えた。「おかえりなさい。おとうさん」
「……」
 応えはないが、通じ合っている、そんな感じにも見える。そしてクリサリスは近づいてきた和子の方を見た。
「ただいまー恵ちゃん!」
 走って近づき、抱きしめる。
「? どなた、ですか?」
 恵は抱きつかれたまま首をかしげながら見上げた。その目は疑問符が浮かんでいるようだ。
「あら? ごめん、あー人違いだったかな。」
 笑って離れると、クリサリスを見る。多分、クリサリスなら知っているだろう。
「記憶上では知っているんだな」
「うん。記憶上では恵ちゃんとも、クリサリスとも夜明けの船での戦友でした。彼女にはよく診断をしてもらいました。
 そして、エリザベス艦長が、クリサリスを新入りと。」
 和子が知っている記憶と、ここには微妙な差異がある。だから意を決してたずねた。
「そのへんのこと聞いても、いいですか?」
「時間枝がたくさんあるうちのひとつ。だろうな。NEPをつかいすぎたせいだ。俺たちがきたのは、1年前だ。」
「最近ですね。こちらに来る前は、第五に?」
 和子の言葉にクリサリスはうなずいた。第五世界、つまりガンパレード世界から絢爛世界へ移動したのは一年前ということになる。
「第六ではなく?」
「絢爛の世界が第六だ」
「あーなるほど。」
 第六世界群は幾つも世界があり、その中の一つがこの夜明けの船がいた第六世界であった。
「恵ちゃん、ごめんね久しぶりに会えたのに、もうちょっとだけ質問いいかな?」
「……どうぞ?」
 和子はクリサリスの指に指輪がないことを確認し、言葉を続ける。
「ありがとう。ニーギ・ゴージャスブルーという女性をご存知ですか?」
「? おかあさんがなにか?」
「ニーギちゃんは、恵ちゃんのお母さん。クリサリスは恵ちゃんのお父さん。うん、把握しました」
「おかあさんのことも知ってるんですね。なんか不思議だな」
「彼女は有名だからねぇ」
 うんうんとうなずく和子に恵は微笑んだ。和子も思わず微笑みを返す。

「……猫」
「猫?」
 突如呟いたクリサリスの方を見る。先ほど恵が見せたように首をかしげながらその視線の方向を追ってみる。
「?」
 そこには一匹の猫が歩いていた。
「あら、ごきげんネウ」
 クララ・ド・シラヌ、いわゆる猫先生とも呼ばれるその美しい毛並みの猫知類は毛並みを乱しながら歩いてきた。
「あ、猫先生だ。おひさしぶりです、おかわりありませんか?」
「ひどいネウ、エステルが仕事無視してなでなでするネウ。職務妨害ネウ」
「だって猫先生の毛並みは最高ですからねー」
 和子は猫先生の横にしゃがみ込むとにこにこしながら頭からしっぽにかけてなでた。滑らかな手触りが伝わってくる。エステルがなでなでしたくなるのもわかろうというものだ。

 存分に毛並みを堪能すると和子はすっくとたちあがり、クリサリスに向き直った。
「と、クリサリス、ごめん。確認1つ。ニーギちゃんは、クリサリスの妻で、あってる?」
 その言葉にクリサリスは何も言わずに、帽子をかぶりなおしただけである。その意味ありげな行動は和子の心に抜けない棘のように突き刺さった。

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夜明けの船でみんなと共に戦った日々。
それはかけがえのない記憶だった。その際確認ができた今日はきっといい日に違いない。
そして、また来たいな、そう思いながら和子の意識は闇に沈んだ。