錫杖を地面について遠くを眺める僧形の男に意志の強そうな瞳の美女が声をかけた。

「宗麟坊。戦況はどう?」
「池内王ですか。芳しくありませんな。」
 宗麟坊と呼ばれた僧は苦笑いを浮かべながら応える。

 池内志野。かつて肥後十万石を領土に持ち後には玖珂ほむらに臣従した肥後の女傑。剣が剣なら天下に覇を称えていてもおかしくない大大名だった女性だ。

 この二人、かつては敵同士であった。

 現川早春のもとで現川十剣として、そして東海地方の雄である現川のブレーンとしてその手腕を発揮していた宗麟坊と、玖珂ほむらの元で大大名でありながらほむらの盟友として、本郷とほむらの仲を見守る姉のような存在としてあった池内志野。

 この二人が轡をならべ戦う日が来ようとは当時のだれもが思わなかっただろう。

「お館様。宗鱗坊殿。軍議のお時間でございます。」
 細身の青年が二人に声をかけた。
「わかったわ、椿丸。」
 椿丸は荷物を受け取ると影のように付き添い歩き始めた。

 たとえその先に待つのは絶望だとしても、志野は堂々と歩み続ける。それが池内志乃の揺るがない生き方だった。


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 懐かしい夢。暁の円卓に招聘されてからどれくらいたったのだろう。扶桑より戦にあふれ、貧しいこの国を、かつて仕えた当主を小さくしたような王妃を、どんな気持ちで眺めたのかも今やかすかにしか覚えていない。

 その現当主といえば、10人に1人しか生き残らない過酷な暮らしをする国民が目に付き、強くなる為に全てを捧げたようなこの状況を、弱くせずに変えたいと言う。どうやら今の当主殿は欲張りであられるようだ。強いだけではあきたりないようである。

 豊かな胸を精一杯張り、伸びを一つ打った。

そして騎士勲章の付いた制服に袖を通す。ふんわりとウェーブした髪をかきあげて姿見の前に立つ。歪みを全て直して、顔を鏡に近づけルージュを決める。今日はこの色で。

(でも、そうじゃなきゃおもしろくないわね。)

ペロリと唇にひいたルージュを舐めると、今日もまた戦い続ける。


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池内志野。女性ながら肥後国を支える王で、一国全部を統括する王のことを大名と呼ぶ。つまり、彼女は大名であった。その力の源泉である肥後国とはどんな国であろうか。
 肥後国とはもともと火国とも肥の国とも呼ばれる国が分割によって成立した国である。この国は有明海、不知火海に面しており、東部には阿蘇五岳―つまり阿蘇山がある。阿蘇山とは火の国のシンボル的存在であり、古くから知られる活火山であった。その火山活動によって生まれたカルデラは世界最大の規模を誇るものである。
 つまりは、限りなく火に縁が深い国であり、志野王の能力もそれに対応していることがわかる。

炎の王。
そう呼ばれるのは伊達ではなく、厳然たる事実そのものである。

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